一通の嘆願書
水利計画担当・ジャララバード事務所
目黒 丞
ペシャワール会報75号より
(2003年04月16日)
掘削中の灌漑用井戸からあふれ出た水
井戸の給水方法をめぐって
日本でご支援くださっている皆様、いかがお過ごしでしょうか。

先日、ダラエヌールの5本目の灌漑井戸の周囲の住民から1通の嘆願書が届けられました。その内容はペシャワール会の掘った井戸からの水の配給方法をペシャワール会自身ではっきり決めてほしい、というものでした。

この5本目の井戸だけは二つ以上の地域にまたがる中間地点にあり、他の4本の井戸は問題ないのですが、この場所では水を巡って地域間の争いが起こる可能性を持っていました。この時点ではまだポンプなども完成しておらず、完成後にきちんとした配水システムを作るつもりでしたが、その前に水争いを避けたいと申し出てきたのです。

驚いたのは嘆願書にはそれぞれの地域の責任者の名前と署名があり、一部の人間が他の者を誹謗中傷するために書かれた物ではない事でした。ダラエヌールに限らず、アフガニスタンでは隣の村と殺し合いをすることさえあるほど、独立性が強く、血縁と地縁を重視し、排他性の強い人々がほとんどです。署名者の中には私が知っているだけでも仲の悪い村同士の責任者も含まれていました。

灌漑用井戸からの水で水浴びをする子供達
水は財産
アフガニスタンでは水は財産です。
カレーズ(地下水路)を個人的に所有しているものは地主以上の収入と権力を手にすることすらできる社会です。彼らがペシャワール会の我々に判断を委ねたという事は、我々を中立かつ公平な第三者として認識したという事です。我々は完成後に住民自身によるジルガ(長老会議)を開催し、ペシャワール会の代表者が立会人として出席することを提案し、長老や住民も承諾してくれました。この事はペシャワール会と住民の間の信頼関係を示す良い例だといえると思います。

しかしながら楽観的に「絶対の信頼関係がある」と考えているわけではありません。アメリカによるアフガニスタンへの空爆の際、ペシャワール会以外の国連関係や他のNGOのほとんどが住民による略奪を受けました。数年前にクリントン前大統領がアフガニスタンとスーダンに巡航ミサイルを撃ち込んだ際にも、略奪がありました。ほとんどのNGOや外国人が逃げ出し、「どうせ戻らないのであれば・・・」と貧しい人々が備品を奪って生活のために売り払ってしまったのです。我々の事務所が略奪されなかったのは、何があっても活動を継続するという姿勢を示し続けたためでした。

うすれゆく親日感情の中で
現在、アチン郡では作業終了が近づき規模が縮小されつつある事と、パキスタンより戻ったばかりの元難民だった住民がペシャワール会の活動を知らないため、日本人スタッフを派遣しないようにしています。さらにイラク攻撃が始まってしまい、また活動地域以外の住民は我々の活動を知らないため、安全を考えて日本人の派遣を控えています。アチン郡、ロダット郡など、活動の歴史の浅い地域はしばらく様子を見ようと考えています。

信頼関係と人々の生活の利害は表裏一体だと思います。援助団体が活動を終了すれば、彼らアフガニスタン人にとっては、ただの通りすがりの外国人と変わりがなくなることすらありえるのです。

ダラエ・ヌールの井堰建設予定地に立つ中村医師(右)と橋本ワーカ(2003年02月)
日本のニュース、ラジオで既報
ただ、ダラエヌールに関しては中村先生とペシャワール会が10年以上もの間、どんなことがあっても医療活動を続けてきたという実績が信頼関係の根本にあると感じています。今のジャララバード周辺の状況を見て、略奪や暴動などが起こる気配はまったくと言っていいほどありませんが、最悪の場合として、治安が悪化して陸路でパキスタン側への避難が不可能になったとしたら全日本人をダラエヌールに避難させる事を考えています。ダラエヌールの住民ならば命がけで我々を守ってくれると信じうるからです。

信頼関係を築くには想像以上の時間がかかります。20年近くかけて皆さんのご支援により築き上げた信頼関係が、我々現地の日本人スタッフを守ってくれています。

アフガニスタンではラジオのBBC放送が普及しており日本政府や首相の発言まで私より早く知っています。日本政府がアメリカの武力行使についてすぐに支持した事すら有名です。

それでも我々が変わらず活動を続けることによって、ダラエヌールの住民や現地スタッフのように「日本の国民は戦争を望んでいない、同じ人類の平和を望んでいる」と、いつかすべてのアフガニスタン人に知ってもらいたいと願っています。

今後も変わらぬご支援と、罪もなく苦しむ人々の平和への祈りをよろしくお願い致します。