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マルワリード II 取水口建設を開始
~ジャララバード周辺、帰還難民であふれる、
異常少雨、2000年に次ぐ記録、ダラエヌール下流は壊滅状態~

異常少雨で、河川水は勢いを急速に落としている。水量は激減なのに、マルワリード堰の水位が例年より高いのは、堰の改良による。好機到来と見る。水門、砂吐きらの構造物は年内に仕上げ、堰は12月中に仮工事を終える。

取水口付近の主な地形 (別文書参照) 川幅(河川敷)は約1㎞で、主要河道がこのB1岩盤に集中する。

現場の整理に力があった一枚。少し雑で、川向こうの岩盤の位置は正確ではないが、取水口付近は分かりやすい。

兵どもが夢の跡。石板には「PRT(米軍・地方復興チーム)寄贈。2006年」とある。岩盤側の小水路はFAO(国連食糧農業機構)が手掛けたと、灌漑局は述べている。何れも河床低下と土砂流入で、建設後一年で機能を停止している。2016年10月1日

B1岩盤から対岸(シェイワ)を望む。ガンベリ排水路の真向かいに近い。河川敷を入れると、クナール河の幅約1㎞、手前の河道①以外に、深い流れはなく、冬期には涸れる。河道①は、浅瀬をはさんで分かれている。2016年10月1日

旧取水口の撤去作業。コンクリートは比較的しっかりしていたが、基礎が弱く、基部が洗掘されて倒壊したもの。2016年10月1日

ここで40年以上渡しを営む船頭。生まれた時からここを離れたことがない。各場所の水深は、彼が全てチェックした。河道の動きや洪水高など、河の生き証人で、河については信頼できる。現在、見張り番としてPMSに雇用されている。西遊記のカッパの沙悟浄は、クナール河辺りではないかとの説は信ぜられる。玄奘法師がカブール経由で帰途についたのは定説で、クナール河を渡ったのは確かだ。2016年10月1日

取水口から500?は、捨て石工で護岸が施してあるが、直下が洗掘され、堤防線に沿って新河道が発生している。しかし、河川敷全体が広いので、派手な洪水流入は起きていない。沙悟浄船頭の証言と一致する。2016年10月1日

B1岩盤の頂から取水口を望む。河道①が主流で深く、岩盤を離れて間もなく河道②と再び合流する。河道③は突堤型の堰と連続堤防に沿って、工事後に発生した可能性が強い。河道③も、約1㎞下流で再び河道①に戻る。2016年10月1日

10月1日から一週間、ひたすら砂利の埋立て地を張り出し、それを掘削してコンクリート構造物の基礎を作る。矢板はここでは使えない。苦肉の策。ただし、近傍の地層を確認してから施工している。河床は一般に大粒径の玉石で、その層は巨礫→岩盤に連続している。岩盤近傍では、ほぼ例外がない。2016年10月8日

取水口から500mは、頑丈な護岸が捨て石工で施されている。しかし、下流端で洪水流入を許し、荒蕪地が広がっている。石材は切り出した角石を使っている。計画では、PMS方式で流方向を河道中心へ向け、侵食・溢水を避ける。2016年10月8日

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