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―アフガニスタンの現状とPMSの今―

2021年8月25日
ペシャワール会会員・支援者の皆様へ

ペシャワール会会長/PMS総院長 村上優

 アフガニスタン情勢は2021年8月15日のカブールの無血開城以降、多くの報道に取り上げられ、ペシャワール会の会員や支援いただいている方々も固唾をのんで見守っておられると思います。現在までの経過をご報告します。

1. PMS現地事業を一時休止(2021年8月15日)
 8月15日カブールの無血開城の報道は、あまりにも急な事態の変化で戸惑われる方も多かったのではないでしょうか。
 この間の動きはPMS幹部よりPMS支援室に逐一報告があり、関連した海外ニュースの要約を交えて情勢の把握をしております。急な変化で一時、無政府状態となりましたのでPMSと打ち合わせて、8月15日より医療・農業・用水路事業の休止を決定しました。多くのPMS職員はそれぞれの自宅に家族と留まり注意深く推移を見ていました。その後は現地スタッフ全員の安全が確認され、周辺での治安上の問題はありませんでした。カブールもジャララバードも静かで、8月21日ごろにはバザールが日常化してきました。一般的な治安は保たれ、政変が起きる際に繰り返して見られた略奪や混乱はありませんでした。カブール空港は人が集まり混乱がみられていますが、出国を待つ人々だけでなく職を求める人々なども多く混じっているようです。

2. 事業再開へ向けて ダラエヌール診療所の再開(2021年8月21日より)
 安全を確認し、まずは医療など一刻も待てない事業から再開しました。
(1) 1991年に開設したダラエヌール診療所は農村無医地区医療計画の要でした。また水事業が始まった原点でもあります。8月15日に診療所を休止していましたが、以前より新型コロナ、特にデルタ株の流行が広がり呼吸困難を訴え酸素吸入を要する患者が急速に増えていました。診療にあたる医療職員の感染防御のためにN-95などの医療用の特殊マスクを急遽日本から送るなどの対応をしました。またマラリアや腸チフスの流行期にもあたり診療所は繁忙期でしたので、住民からの再開を求める声も多く、医療スタッフも戻り、安全を確認して診療所を8月21日より再開しました。

(2) 農業事業は農作物や用水路周辺での植樹への水やりは地域の住民や作業員の手で継続されております。再開については用水路事業と共に、政府の基本的な体制(展望)を確認した上で再開します。旱魃の進行や食糧の大幅な不足=飢饉の懸念から、州政府の段階で動き出す兆候がありますが、今は安全保障を優先して見守っています。この事態で地元の住民の意向や声が最も大切で、この声が政権に届くことが重要です。ジルガやシューラという長老会の自治組織が大切な意味を持ち、中村哲先生もその自治組織の意向を尊重して事業をここまで継続されてきました。

3. 過去のタリバン政権時代から
 前回1990年代にタリバン支配下でも中村哲先生は事業を継続しており、農村部では治安が改善して事業を進める上では支障がないばかりか、安全であったと述べられています。当時はソ連の撤退後、軍閥どうしの闘いの後ラバニ政権が樹立しましたが内戦は収まりませんでした。内戦は同じアフガニスタン人同士が戦い、凄惨を極めるもので、当時のペシャワール会報にも中村哲先生が報告をされています。それをイスラム法の支配というアフガニスタンの伝統的な価値観でまとめて政権を取ったのがタリバンでした。「戦争を回避する」「戦闘という手段を回避する」という中村哲先生の基本の信念はここに基礎があります。今回はガニ大統領がタリバンの攻勢を前にカブールの無血開城を選択しました。多くの批判がありますが、「戦闘を回避した」決断は大きく評価してよいと思います。憎しみの連鎖が生まれて国が荒れ果てる、その戦争の歴史をアフガニスタンの人々は40年以上経験し続けてきました。中村哲先生は「タリバンを復古運動体と考えるなら、軍事力で潰せるものではない。誰が政権を担う場合でもアフガン人自身の政権であることが重要」と述べていました。アフガニスタンを舞台に大国や周辺国が代理戦争をしていることが不幸の始まりと考えるアフガニスタンの人々も多くいます。

 20年ぶりのタリバン政権ですが、中村哲先生がこれまでそうされていたように、「水が善人・悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようのない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くします。内外で暗い争いが頻発する今でこそ、この灯りを絶やしてはならぬと思います。」の言葉を胸に現地の事業を続けてまいります。

4. 今、アフガニスタンで求められていること
 「緑の大地計画」は2000年の大旱魃を前にして始まりました。当時のWHOは全人口2400万人、飢餓線上400万人、餓死線上100万人と予測していました。その後も大規模な旱魃は繰り返し、最近の2018年大旱魃は国連機関の発表で全人口3700万人、飢餓線上830万人、餓死線上330万人とされています。そして2021年前政権は今年の旱魃は2018年と同等かそれ以上を予測して、全国民が被災し、30%が餓死線上、50%が飢餓線上にあると警告を発しました。2021年PMSが行っているクナール川での水位測定は2018年の水位と同様の低いパターンで経過しています。だからこそ前政権は農地復旧に力を入れ、水事業の一つとしてPMS方式で進める計画を立てました。これらの政策が踏襲されるか否かはタリバン政権の判断を待たねばなりませんが、多くの民衆の求めるものは「家族一緒に三度の食事がとれる」ことが基本とすれば、おのずと選択は決まるでしょう。また新型コロナ・デルタ株が猛威を振るう中で栄養が足りず免疫力が弱いものから倒れていく事実を思う時に、いまアフガニスタンが必要なことは戦闘ではなく、命をつなぐ行動であることは明白です。今、PMS事業の猶予はありません。現地の人々の求めに呼応して事業を継続いたします。

 日本でも多くの地域で新型コロナ・デルタ株が猛威を振るう中でも、PMS/ペシャワール会をこころに留め、支援していただいていることに心からの感謝を申し上げます。