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―アフガニスタンの現状とPMSの今(3)―

2021年11月1日
ペシャワール会会員・支援者の皆様へ

真の人類共通の文化遺産は、平和と相互扶助の精神である。
─ 中村哲
8月15日にタリバン政権が復活して2カ月が過ぎました。多くの報道がなされている一方で、本当のアフガニスタンの現状──治安が回復し、人々が普通に移動している姿、タリバン政権復活を多くの国民が受け入れていること──は伝わっていません。外国のメディアやアフガニスタンに実際に関与した方々からは、「タリバンを含めた国づくり」という包摂的な視点も出てはいますが、多くの報道や意見は女性の人権や恐怖政治への懸念ばかりが突出しているのも事実です。 ペシャワール会と現地PMS(平和医療団・日本)の近況をご報告いたします。
ペシャワール会会長/PMS総院長 村上優

ペシャワール会の基本理念
ペシャワール会とPMSは、中村先生がそうされていたように、政権の動きの如何を問わず命を支える事業を第一としてきました。40年間の戦乱と地球温暖化による干ばつ=飢饉・飢餓の危機の中で、他所に逃れようのない人々の姿を目の当たりにしている今、なすべきことは中村先生がされていた事業の継続と信じています。

全てのPMS事業の再開
PMSの活動は、8月21日に医療が、9月2日に農業が、そして灌漑用水路事業は10月7日に再開しました。再開に至るまで慎重に治安、タリバン政権の動向、地域住民や長老会の意向、行政機能の回復と協議などを手さぐりで確認してきました。事業再開は現地では朗報として歓迎され、バルカシコート取水堰の工事に着手した際に、当地の長老からジア副院長に「NGOに限らず、様々な事業が止まっている中での再開は他にはない」と感謝の連絡が入りました。

経済封鎖とアフガニスタン経済の混乱
米国にあるアフガニスタン中央銀行資産90億ドルが凍結され、世界銀行のアフガニスタン復興基金やIMFのアフガニスタン供与金も凍結されています。日本からの送金やアフガニスタンにある銀行からの現金引き出しも困難になっています。9月20日になっても、企業やNGOなどは月2.5万ドルまで、それもアフガニ(現地通貨)でしか引き出せません。それすらも10月からは引き出しが困難となっています。物価は高騰し、経済活動自体ができなくなってきています。PMSは9月に2.5万ドル分をアフガニで引き出して、作業員の8月分の賃金支払いと3カ月分の医薬品の購入にあてました。薬品は9月末で備蓄が底をつくところでした。PMSスタッフへの給与はドル建てのために未払いです。用水路事業では重機のレンタルもドル建て依頼ができない状態でした。
国連もこの事態を憂慮し、干ばつで飢餓が迫っていると人道支援を呼びかけています。経済封鎖と人道支援。なんという矛盾でしょうか。農業を復興し食糧自給率を上げるなど、国としての最低限度の自立を支援するという発想はありません。

顔の見える関係──ペシャワール会(日本)とPMS(アフガニスタン)
8月15日以降、現地PMSとは電話連絡に拠っていましたが、ようやく10月13日にオンライン会議が実施できました。PMS側は医療、農業、灌漑用水路、渉外、会計や総務などに携わるメンバー10名です。久しぶりに相互に顔を合わせ、メンバーが言葉では言い表せない困難を超えて揃っていることに感謝しました。職員には少数民族の出身者もおり、警戒を全て解くには至っていませんが、タリバンへの恐れは減じてきたようです。カブールでの様子を報告し、経済封鎖のために失業者が増えている現実、パン(ナン)を買いに行くと子供たちが寄ってきて「ナンを」と手を差し伸べるのが切なく悲しいと話していました。 以下、会議の概要です。

◎まずジア副院長が、給与が8月・9月と払えていない中でも何一つ要求もせずに、事業再開への道筋を模索していたPMS職員を誇りに思うと話されました。職員104名の全員が事業継続のためにPMSに留まっていたのです。当初、タリバンによる政変に不安を持つ職員がいたのは事実ですが、この2カ月の間、事業再開に向けてのタリバンとの交渉や、クリニックに患者として訪れるタリバン政府メンバーと交流する中で(中村先生への敬意やPMS事業への賞賛の声もあった)、徐々に安心が得られてきたようです。

◎医師より、他のクリニックは供給できる薬がなくなり、遠方からPMSのダラエヌール診療所に来る患者が急激に増えてきたとの報告。8月までは多かった新型コロナ患者は減ってきたとのこと。中村先生と長年共に働いてきた看護師は、訪れたタリバンの役人にPMSの35年にわたる活動の歴史を話してきかせ、理解を得ました。

◎総務担当者は、タリバン中央政府からのPMS活動に対する安全保証のレターを求めていますが、それはまだ発行されていないこと。州レベルと異なり、旧政権の幹部の多くが逃亡した中央の行政機能は停滞している様子であるとの報告をしました。

◎タリバンは灌漑事業への関心も高く、ジャララバードのPMS事務所を訪れ、「PMSのような仕事をしていたらもっとこの国は良くなっていた」と評価していました。バルカシコート堰の2期工事は10月7日にPMS所有の重機(エスカベーター2台、ブルドーザー2台、ダンプ4台)を活用して再開しました。重機の燃料代がなくて困っていたのですが、農業収入を充てることができて燃料8,000リットルを購入、再開に踏み切りました。担当者はバルカシコート堰と用水路を冬期に完成させると意気込みを語っていました。

◎農業は医療の次に事業再開を果たし、いまではフル稼働しています。2万本の柑橘類が植えられたガンベリ農園で収穫したレモン、搾乳したミルク、小牛、膨大な植林から得られる薪を販売するなどして1.6万ドルの収入があり、今後も期待されています。PMSの事業費の一端を自前で賄うことは中村先生の計画ですが、実際に用水路事業再開の資金を作ったことは画期的で、報告を聞いた人たちから拍手が起きました。

最後に、経済封鎖で困窮したタリバンがバーミアンの仏跡を破壊し、国際的な非難が起きた2001年に語られた中村先生のことば(『医者井戸を掘る』より)を紹介します。

「今世界中で仏跡破壊の議論が盛んであるが、我々は非難の合唱に加わらない。私たちの信仰は大切だが、アフガニスタンの国情を尊重する。暴に対して暴を以て報いるのは、我々のやり方ではない。餓死者百万と言われるこの状態の中で、今石仏の議論をする暇はないと思う。平和が日本の国是である。少なくともペシャワール会=PMSは、建設的な人道的支援を、忍耐を以て継続する。(略)我々はアフガニスタンを見捨てない。人類の文化とは何か。文明とは何であるか。考える機会を与えてくれた神に感謝する。真の人類共通の文化遺産は、平和と相互扶助の精神である。それは我々の心の中に築かれるべきものである。」