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―アフガニスタンの現状とPMSの今(6)―

2022年5月29日
ペシャワール会会員・支援者の皆様へ

記念号について
 会員・ご支援者の皆様にはペシャワール会の会報記念号151号を4月上旬にお届けいたしました。アフガニスタン現地PMSの幹部(ドクター・ナカムラ・コミッティーメンバー)から直接届けられた、食糧配給、医療、農業、灌漑用水路事業の報告を掲載しています。今号は通常の会報より多い48ページで構成され、故佐藤雄二初代事務局長を偲ぶ兄誠氏の随想、JICA専門員で当会の理事でもある永田謙二氏や長年中村哲先生の映像を取り続けてきた谷津賢二氏によるエッセイ・活動記録などを掲載しています。中村医師と共に働いた元ワーカーの皆さんの座談会もあり、ペシャワール会/PMSのこれまでと今をお伝えしています。

深刻な干ばつ被害
 アフガニスタンの干ばつは昨年に引き続き深刻な様相です。この冬は雨期にもかかわらず雨が少なく、雪も少なく、またジャララバードでは4月中旬に37度をこえる気温で雪解けも進み、用水路から見えるケシュマンド山脈には雪がほとんど残っていません。3月より上昇する川の水位も例年より低く、干ばつの深刻さを物語っています。

 昨年はアフガニスタンの多くの地域で、春の麦の収穫、夏の作物(稲やトウモロコシ)の植え付け、さらには冬の麦の種播きもできないありさまで、この春の麦の収穫は激減しています。1年以上農作物が収穫できない事態で、昨年以上の飢餓が懸念され、支援に頼るほかはない深刻な状況が予想されています。

 私たちPMSが灌漑しているベスード、シェイワ、カマ郡では順調に作物が育ち、青々とした麦が穂をつけて、麦刈りを終えたばかりです。ただし、ガンベリ農園ではバッタが大量に発生して、州政府が対策に乗り出しています。このバッタは前年アフリカやインド、パキスタンなどで大量発生して農作物に大きな被害を出していますが、アフガニスタンは高い山に阻まれて移動ができないために、これまでは被害を免れていました。まだ大きな被害が出たとの報告はありませんが、警戒は必要です。

医療の状況
 相変わらずアフガニスタンの公営の医療機関は人件費を払えない、薬品が買えないなどで、診療機能が著しく低下しています。そのために、ダラエヌール診療所に多くの患者が集まってきています。ダラエヌール診療所は1月に3か月分以上の薬品を確保して対策をとり、患者増に対応しています。4月にも薬品をさらに確保することができました。

 新型コロナ感染症の確定診断はできませんが、増えているとのことです。重症者は少なく、コロナ専用病院へ紹介しています。栄養障害の子どもの受診が多く、これからマラリアや腸チフスなどの重症患者も増えてくると考えられるため、予断は許しません。

農業事業
 中村哲先生/PMSが建設した用水路によって灌漑ができている地域では、小麦は通常通りの収穫が予想されています。アフガニスタン全土では干ばつ被害が広がる中での収穫ですので、PMSの農場では有効に使用したいところです。このほか野菜の植え付け種類を増やし、以前に中村先生が導入されたサツマイモなどの飢餓対策用の作物栽培も試みています。また、日本大使館からの草の根無償資金で、中村先生が500本ほど植付けをしたナツメヤシの交配も行なっています。養蜂は改善点はありながらも、ダラエヌール渓谷やガンベリ農園を移動しながら採蜜しています。

バルカシコート堰の斜め堰完成
 2月28日に、2020年12月より着工していたバルカシコート堰の斜め堰が完成して、住民やPMSの作業員が共に祝いました。中村先生亡き後の初めての斜め堰工事でした。前年、取水門が出来て水が用水路に入った時は涙々の報告だったPMSスタッフたちは、今回も大喜び、笑顔を爆発させていました。

 前年に取水門や土砂吐きなどの基本工事を終え、斜め堰と接続する砂洲の補強、さらには堰の上下流での土砂の堆積を除去するなどして、河道を整える作業が行われていました。今後は9月までに用水路両壁の蛇籠積みや沈砂池等を作って完成します。

 堰の工事と同時に、この用水路周辺の山々の谷あいからの土石流の防御や、緩流化を目指して、谷の岩盤のある所に砂防ダム(PMSではcheck damと呼んでいます)を作る試みをしています。その構造に関して、まだ工夫や検討を要すると日本側の技術支援チームがアドバイスしていますが、PMS技術者の発案には敬意を表しています。

今後の事業展開
 食糧配給を実施した地域は、干ばつ被害の深刻なナンガラハル州の南部、スピンガル山脈麓のアチンやロダット郡などで、政変の前までは治安が悪くて近づけず、事情が把握できなかった所でした。その地の住民から、谷あいの雪解け水がすぐに干上がって水なし川になっていると、灌漑についての相談がありました。PMSスタッフは、谷に伏流している水を地下で堰き止めて水を得て、小規模でも畑を潤すことはできないかと検討に入りました。日本では離島や海沿い山間部などで試みられている通称「地下ダム」で、地中に遮蔽(しゃへい)壁を設けて水を地中で貯める灌漑方式があります。まだ検討段階ですが、地球温暖化に伴う干ばつの中、大きな河川からだけではなく、小河川からも水を得られるように努力・工夫をしていきたいと考えています。PMSと日本側技術支援チームがお互いに知恵を出し合う姿を中村先生は喜んでおられることでしょう。

 バルカシコート堰完成後のクナール河におけるPMS方式の最適地を検討しています。いくつかの候補地があがりました。PMS方式を広げるモデル事業として、PMSが実施する取水堰工事を他地域の技術者や関係者の研修の場として活用することを、前政権時代にJICAや国連機関も計画していました。この計画を、形を変えてでも実現できないかと検討に入りました。中村先生が「PMS方式の普及」と位置づけた事業です。PMSにも日本側にも「中村先生の希望を引き継ぐ」という精神が息づいています。

 この秋にはマルワード用水路取水口の大規模改修が始まり、灌漑用水路事業は活発な活動が予定されています。アフガニスタンの干ばつの苛烈さを想うと、はやる気持ちを抑えながらも着実にこの事業を進めようというエネルギーが湧いてきます。

食糧支援の今後
 緊急食糧支援は、給与を遅配しても実現したいというPMSの熱意のもと、本年1月末から2月に実施されました。ナンガラハル州の最も干ばつ飢餓の被害が重大な6地区で各300家族、約18,000人に1か月分の小麦や米、豆などを配給しました。栄養失調症の子供や妊産婦がいる家族を郡保健局の職員と共同で調査して配給しました。十分な資金がなく限られた支援でしたが、医療団体としての特徴を生かした活動です。

 さらに支援地域を拡大して食糧配給をする意向はありますが、郡を統括する州保健局職員の交代で打ち合わせが十分にできていません。一方、WFP(国連世界食糧計画)やインドからの食糧支援も入ってきたこと、春が過ぎ温暖な時期を迎えたこともあり、現在PMSの食糧配給は休止しています。しかし今後一層の干ばつ被害が予想されますので、再開の準備は怠ることなく進めるべきと判断しています。

支援者の熱意を現地へ
 これらの事業を円滑にできたのは、日本でのペシャワール会会員の増加と支援のおかげです。ご支援者の皆さまの声は私たちを支え、後押しをしてくれます。その熱意を現地に届け、PMSの活動につなげていきます。

 現在、事業に必要な経費を送金するためには大きな困難と努力が必要です。アメリカによる経済制裁は金融制裁の形を取っており、アフガニスタン中央銀行の資産凍結は現在も解除されておりません。アフガニスタンは圧倒的に国家資産がないままです。またこの資金の半分を9.11被害者に配布する、半分を人道支援に使用するという声明が出されましたが、まだ何も具体的な動きはなく、混沌としています。

 銀行によるドル送金停止に対しては、国連機関や欧米のNGOからも批判が高まり、アメリカ財務省も昨年12月に人道支援に関しては送金可能との決定を下しましたが、銀行側の対応は変わっておりません。ただ、こうした状況も私たちの働きかけを通して変化の兆しがあります。ペシャワール会も昨年8月以降は銀行送金ができませんでしたが、今年3月下旬の送金からさまざまに工夫をしてアフガニスタンに届くようになりました。しかしながらアフガニスタンでの取引銀行からの引出しには制限がかかっており、まだ正常化には程遠い段階です。このためにPMS事業費の送金は未だ人力で──ペシャワール会PMS支援室や協力者の手で──細々と回を重ね、何とか事業費の満額を送ることができました。その結果、これまで述べてきた現地活動が可能となっています。

 私たちは諦めることも、絶望することもなく前に歩むだけです。何度も引用させていただいている「水が善人・悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようもない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くします。内外で暗い争いが頻発する今でこそ、この灯りを絶やしてならぬと思います。」(中村哲)がいつでも道標です。皆様のご支援に感謝いたします。
ペシャワール会会長/PMS総院長 村上優