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―アフガニスタンの現状とPMSの今(7)―

ペシャワール会会長/PMS総院長 村上優
2022年8月23日
ペシャワール会会員・支援者の皆様

1. 報道されない「不都合な真実」
タリバン政権が復活して1年、世界に、そして日本に流布した報道はどのようなものだったでしょうか。再びめぐってきた8月15日、報道各社は濃淡に違いはあるものの、1年前と変わらぬ画一的な「タリバン政権の悪」を強調する論調に終始していました。曰く「アフガンは再びテロの温床に」「ビン・ラディンの右腕だったザワヒリ容疑者をカブールで殺害」「女性への抑圧」などです。アフガニスタンの悲惨な現実─多数の飢餓線上の人々、二人に一人の貧困、栄養失調の子ども、臓器売買など─は全てタリバン政権によってもたらされたと報じていると言っても過言ではないでしょう。報道の全てを検証することはできませんが、少なくともPMSが活動している地域の現状は報道とは異なっています。

この間の報道には重大な欠落があります。アフガニスタンを襲っている未曾有の干ばつについてほとんど言及していないことです。2000年、大干ばつに気づいた中村医師は、医療活動を犠牲にしてまで、命を支えるには「水しかない」と灌漑事業に舵を切りました。干ばつはその後も波状的に進行し、2021年春には、WFP(世界食糧計画)などは、アフガニスタン国民の半数2000万人が飢餓に襲われると警鐘を鳴らし、当時のガニ大統領も6月には危機感を表明していました。2022年現在、大河クナールの水位はこれまでの最低限で推移しています。干ばつと洪水が同時に起こる現象は今や世界各地で起きていますが、急峻な山々が連なるアフガニスタンでは、それがより荒々しく激しく現れているのです。

「不都合な真実」(アル・ゴア)として知られたはずの地球温暖化は、今でも「不都合な真実」として隠されたままなのです。アフガニスタンは一人当たり、米国の70分の1、日本の40分の1の二酸化炭素しか排出していない最貧国です。その国が地球温暖化の影響を最も強く受けて干ばつが拡がって飢饉が起こり、飢餓が生じているという「真実」は不都合なこととして無視されています。 中村医師が医療・農業・灌漑用水路事業に邁進していた35年間にアフガニスタンでは6回の政権交代がありました。1979年の旧ソ連軍侵攻以降、アフガニスタンは戦火に包まれていました。中村医師の背後には常に戦乱があったのです。昨年8月、兵力7万のタリバンが米欧の支援を受ける30万の政府軍を無力化したということは、国民の90%を占める貧しい農民たちが、戦乱よりも治安を求めたということです。この事実を直視せずにアフガンを語ることは出来ないと思います。
中村が支えていたのは困窮する農民・遊牧民たちでした。今、干ばつと経済制裁によって彼らの命が脅かされています。人類の普遍的な価値は命の尊さです。彼らの命をつなぐ支援を続けていくことが私たちの役割だと改めて肝に銘じています。

2. 経済制裁と貧困化
2021年8月より経済制裁のために現地への銀行送金ができなくなりました。10月からは人海戦術でなんとか送金していましたが、今年の4月からは銀行送金が可能となったものの、7月には一時送金できなくなるなど安定しているわけではありません。米財務省は人道支援のNGOからの送金は可能と述べていますが、一筋縄ではいかないようです。

アフガニスタンでは経済制裁やウクライナの戦争によって石油が高騰しています。そのため、用水路工事用の重機のレンタル会社より値上げを通告されました。一方では急速な円安のために日本円の送金額を増やさなければなりません。アフガニスタン国内の銀行からドルで引き出す際の制限は緩和されましたが、まだ十分とはいえません。とはいえ、PMSはよいほうなのです。アフガン経済は悪化し、公務員の給与も円滑には支払われておらず、失業者は増加、物価は高騰するなど、貧困化が進んでいます。

3. PMSの活動報告
① 医療
他の医療機関の機能不全が進んでいるためか、患者は増加しています。コロナもまだ蔓延している状況です。治安が改善したために、病院職員たちが、以前PMSが運営し手放さざるを得なかったオキナワ・ピース・クリニック(旧ダラエ・ピーチ)を訪問、映像が送られてきました。政府による診療所となっていました。

② 農業
PMSの灌漑地域では順調です。昨年はレモンなどの柑橘類の収穫、秋の稲刈り、今春は麦の収穫やコメの作付け、トウモロコシ収穫など予定通りでした。サツマイモにも再挑戦しています。酪農は牛が50頭に増えてミルクは収入になっています。一方、灌漑ができていないダラエヌール渓谷の干ばつはひどく、井戸も涸れて村人が村を離れざるを得ない事態が迫っています。灌漑が生命線なのです。 

③ 灌漑用水路工事
今年2月に斜め堰が完成したバルカシコートの工事が今年9月に全て終了、その後は5年間の経過を見て完全譲渡となります。マルワリードⅠの取水口の拡張工事が10月より始まります。この間これまでに作られた堰や用水路の補修工事が行われ、地域の農民による自発的な用水路の浚渫作業も行われました。平和な農村の風景に心が和みます。
バルカシコート堰の完成に伴い、新しいPMS方式灌漑事業の候補地を絞りつつあります。JICA(日本)、FAO(国連機関)との共同事業です。9月には候補地が内定、来春のゴーサインを待ちます。

バルカシコート地区で新しく砂防堤27基が完成しました。谷間の安定を図り、雪解け水や洪水の緩流をはかる試みが始まります。また、南部のコット郡に地下遮水壁や谷間の用水路など小規模な灌漑事業の取り組みを検討しました。干ばつがなかった何十年も前は、山々の雪融け水の小川や、時に降る天水で小規模な灌漑をして農作業に励んでいたことでしょう。そんなのどかな光景を想像しています。

アフガンの治安は我々の活動地域では安定し、自由に行き来することができます。このことがナンガラハル州だけでなく、クナール州やヌーリスタン州でも灌漑事業ができると判断する根拠となりました。

4. おわりに
今年1月にはナンガラハル州の南部で緊急食糧配給をしました。今後は冬に向けて再び食糧危機が増していく可能性が高いと予測しています。必要に応じて食糧支援を検討します。
この夏には松島恵利子さんの児童向け伝記「中村哲物語」(汐文社)が上梓されました。これを読んだ子どもたちが成長していくのが楽しみです。大人が読んでも面白く、子どもに戻って、素朴さと優しい心を取り戻した気持ちになります。どんなに苦しい時でも、中村医師のまわりには素朴さと優しさがあったことを知っていただける本です。

中村医師が亡くなってやがて3年になります。ペシャワール会/PMSは中村医師の希望を引き継いで活動しております。危機を力に変えることができたのは、多くの人々が支援して下さったからです。厚く感謝申し上げます。