マルワリード=カシコート連続堰、完成の目途
――推定65万人が安心して暮らせる土地に

PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
ペシャワール会報115号より
(2013年4月3日)

三郡の安定灌漑
再び春がめぐり、柳の新緑が輝く季節となりました。皆さん、お元気でしょうか。
昨年12月の会報で報告したように、今冬はこの10年で最大の山場を迎えました。「緑の大地計画」が重要な段階に差しかかったのです。
ジャララバード北部の穀倉地帯、シェイワ・カマ・ベスード三郡の安定灌漑によって、16,500ヘクタール(推定人口65万人)が安心して暮らせる土地になる――夢のような話ですが、実現に向けて確実な歩を進めました。
最難関と見られたマルワリード=カシコート連続堰は、完成の目途が立ち、ひと夏を経てから最後の詰めの工事が行われます。これによって、マルワリード用水路側3,500、カシコート側2,500、計6千ヘクタールが安定灌漑の恩恵に浴し、同時に悩まされ続けてきた洪水の恐怖からも解放されます。
しかし、皆の協力と天運がなければ、この仕事は成り立たなかったと、この1年をしみじみと振り返っています。クナール河は聞きしに勝る暴れ川で、水量が筑後川の数倍、大規模な流れです。

シギサイフォン開通の日(2013年2月2日)


連続堰に精力を傾注
昨年2月に行政と住民を集めて工事宣言した直後、後悔の念が起きないではありませんでした。調査を進めれば進めるほど、容易な工事でないことを悟りました。主要河道が大きく村へ蛇行して進入、主幹水路となる土地が川底に沈み、灌漑だけでなく洪水対策をも同時に行わなければならなかったのです。
このため、ペシャワール会に頼んで緊急予算を組み、大掛かりな河道変更工事が1年前に行われました。昨秋に本格的な連続堰建設が始められ、同時に取水門=主幹水路=調節池と、一連の取水設備が間もなく完成いたします。
連続堰に最大の精力が費やされました。堰長505m、石張り面積は約2万5千m2(約7,500坪)、今回ばかりはモデルであった山田堰(福岡県朝倉市)の資料を丹念に読み、工法もそれを踏襲しました。
予算の大半が堰造成につぎこまれました。石材の量が半端でないのです。今でこそ、ダンプカーやショベルカーを駆使して仕事ができますが、それでも大変です。220年前、牛馬と人力だけで仕上げた先人は、どんなだったでしょう。それも渇水期の限られた期間で仕上げるのは、相当の覚悟と努力が要ったことでしょう。改めて、日本の先達の偉業を想い、その延長に現在の私たちの生活があることを知りました。

去る12月中旬、河の水を流し、この巨大な堰の全貌が見えた時、皆がしばし作業の手を休め、うっとりと眺め入りました。敷きつめた巨礫を流れる水が余りに美しいのです。説明抜きに、誰にでも分る美しさです。それは人と自然が和解した瞬間でもあったでしょう。また、命に直結する清らかな美です。「これで生きていける!」。多くの村民は、そう思ったと言います。以後、安堵感が地域に拡がり、難民となっていた人々が続々と帰郷し始めました。

完成したカシコート取水門を用水路内から見る(2013年1月26日)


これまで手がけた中で最長のカシコート主幹水路。1,100mを既に仕上げた(2013年3月7日)


「護岸」とは人の安全確保
その後も河との戦いは続きました。渇水期の間に、必要な護岸を進めねばなりません。この2カ月間は洪水浸入部の処置が焦点でした。詳細は割愛しますが、結局護岸線を総計4kmに伸ばし、堰き上がり地点の水位上昇を抑える工事を行い、1年にわたる激闘に終止符を打ちました。
「護岸」と言っても、壁を高くすれば済むことではありません。人の安全を確保することです。万一浸水があっても、最低限の犠牲で済むよう、努力が払われました。先ずは危険な場所を遊水地として耕作だけを許し、人が住まぬことです。強力な護岸といえども過信せぬことを徹底しました。
技術的には、洪水の抜け道を大きく取って堰き上がりを最低限に抑え、予想を超える水位に対しては力ずくで守らず、越流を許すことです。洪水浸入部に長さ200mにわたり、堤防というよりは長い小山を築き、河の表法にヤナギ、裏法にユーカリの樹林帯を厚く造成します。何れも根が深くて水になじみ、激流でもさらわれることがありません。万一洪水が来ても、流水が林をくぐる間に速度が落ち、破壊力を減らすことができます。

マルワリード=カシコート連続堰(点線部)。
ひと夏を観察してから、10月に最終的な仕上げに入る(2013年3月17日)


自然への畏敬忘れず
この手法は、古くから九州でも治水に広く用いられてきました。ガンベリ沙漠を襲う洪水対策でPmSが採用、見事な有効性を確認しています。
自然を制御できると思うのは錯覚であり、破局への道です。ただ与えられた恩恵に浴すべく、人の分限を見極めることです。最近の日本の世相を見るにつけ、ますます自然から遠ざかっているように思えてなりません。足りないのは、敵意を煽る寸土の領有や目先のカネ回りではありません。自然に対する謙虚さと祈り、先人たちが営々と汗で築いた国土への愛惜、そこに息づく多様な生命との共生です。

カシコート上流の洪水流入地の護岸工事(柳の挿し木中)。
河の表法に緩傾斜をつけ、巨礫間に柳の密植をする(2013年3月8日)


PMS方式の「植樹帯堤防」


私たちには時間がある
同時に進行していたシギ地域の灌漑計画は、去る2月2日、長さ260mの洪水路横断サイフォンが完成、シギ分水路1.8kmのうち、半ばを造成、何とか稲作に間に合うよう、努力が続けられています。
更に、開拓団の居住地の確保、開墾地の合法的な所有などが進められ、マルワリード用水路沿いの保全態勢も大きく前進しました。外国軍の謀略や犯罪集団の横行で治安が乱れる中、開拓地は最も安全な場所として、地域行政側も認めるようになっています。また、農業計画が質量ともに拡大する中、新たにチームが再編され、開拓・農産物の管理・作付け計画などを一括して実施する態勢が整いつつあります。

先はまだ長いですが、「緑の大地計画」の悲願実現に向けて確実な動きがあった1年間でした。アフガンのニュースと言えば、外国軍の撤退時期、軍規や治安の乱れ、汚職、危険情報ばかりが伝わります。しかし、焦ることはありません。私たちには時間があります。どこから何を見ようとするかで、ずいぶん印象が異なります。騒々しい情報世界を離れ、悠久の自然と人の営みに焦点を当て、今後も歩いて行きたいと思っています。

詳しくは次回の会報でお伝えしますが、各方面の協力を得てここまで来れたことを、感謝を以て報告いたします。
どうも有難うございました。

完成したシギサイフォン260mの埋立作業。
9ヶ月の苦労が、見えなくなるのは寂しいと作業員の弁(2013年1月31日)


平成25年3月14日
ジャララバードにて