用水路建設は命運を賭けた最終局面へ
今冬の作付けを決する緊急送水に目途

PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
ペシャワール会報90号より
(2006年12月06日)
過去最低の水位
用水路建設の陣頭に立つ中村医師
お元気でしょうか。
今、アフガニスタン全体で深刻な旱魃が一般化していることは、度々訴えてきました。それが、更に悪化し続けている事実はあまり知られていません。私たちの用水路があるクナール河でも、晩秋から過去最低の水位を記録しました。

農民たちは不安に脅えています。取水口の底よりも川の水位が下がると、当然水が入ってきません。このため、クナール河沿いの他の地域では、既に10月、稲の熟成期に必要な水がなく、多くの地域でコメやトウモロコシの収穫ができませんでした。その上、間もなく主食である小麦の作付け期にさしかかっています。川の水位は、通年よりも約1メートル下降、膨大な畑が渇水で春の収穫を期待できなくなります。

私たちの「真珠川」用水路のやや下流に、数百年間、広大な農地を潤してきた古い水路が2つあります。シェイワ用水路、シギ用水路と呼ばれ、ニングラハル州北部で併せて約1万町歩(1万ヘクタール)、旱魃のさなかにあっても安定した穀倉地帯を成してきました。そこが壊滅の危機に瀕しているというのですから、相当危うい状態です。

この中にあって、私たちは作業を急ぎ、できる限りの水を他の用水路にも供給できるよう、日夜努力が続けられています。10キロメートル地点から分水路2.5キロメートルを大急ぎで完成、これによって、ブディアライ村下流域の約500ヘクタール以上、これまでの灌漑面積を加えると、最低一千町歩が直接私たちの水で潤うことになります。夏の土石流の浚渫もやっと完了、取水口の改修が山場を迎えています。

通水は「生死の分かれ目」
11月22日、分水路の試験通水が行われ、多少の補修と延長を加えれば、1週間後には送水できる見通しとなりました。取水口では大規模な改修で、少なくとも冬の渇水期は他の用水路に十分量が送水可能となりました。人々の喜び方は尋常ではありません。クナール河の低水位で、多くの農家が絶望的な気持ちに陥っていたからです。これで春の収穫を期待して、希望をもって冬を越せます。かれらが、「ありがとう、ありがとう」を連発するのは、決してお世辞ではありません。命拾いに近いものがあるのです。職員や作業員たちも、顔を輝かせ、はつらつと仕事を進めています。

主水路は、現在最も難しいダラエ・ヌール渓谷下流域を横切りつつあります。同渓谷は、途方もない土石流が夏に多発する場所です。今冬に計約300メートルのサイフォンを完成せねば、最後の3キロメートルを通過できません。10月に「突貫工事態勢」を指示、文字通り「やるか、やられるか」の緊迫感の中で必死の作業が進行中です。

私はと言えば、この数週間、マルワリード用水路の取水口に張りつき、ともかく大量の送水を可能にするよう、ない知恵をふりしぼり、相変わらず水との戦いを続けています。何十万人分かの小麦収穫が、取水堰にかかっているかと思えば、まさに多くの人々の生死の分かれ目、真剣にならざるを得ません。

民心つかめぬ外国軍
もう3年間以上、川と睨めっこをしていると、不思議なもので、あれだけ格闘した流水に対して、敵愾心よりも親近感を覚えるようになります。晩秋の大河は澄み切った空の青を映し、急流の水が真っ白なしぶきを上げ、「まだ性懲りもなく、付き合うのか」と苦笑いしているようにも思えます。堰の長さ250メートル、幅40メートル、敷かれた巨石群は壮観ですが、自然にとってはちっぽけな人の知恵に見えます。白鯨を追うモービー・ディック船長の心境であります。

一方、アフガニスタンの政情は、大きく動き始めました。人々は「外国に擁立された政権は続かない」と信じており、ここ東部アフガンでも、民心は日一日と外国軍に対する敵意があらわになっているようです。長くPMS(ペシャワール会医療サービス)の水路工事を阻んできた米軍傘下の道路工事会社は、さんざん襲撃に会い、来年1月に引き上げを決定しました。モスクや学校の爆撃で「テロリスト」が掃討できるはずがありません。それに、報道される「タリバーン兵」とは、たいていが農民そのものです。4万人の外国兵は、公称1万人の「タリバーン兵」と戦っているのではなく、「4万人の外国兵対2千万人アフガン農民」と考えた方が正確でしょう。

ともあれ、いのちを尊び、愛しむ気持ちに国境はありません。私たちが安全に戦乱の地で働けるのは、このためです。飢えた農民たちにとって、「国際支援」も、「テロ掃討作戦」も、空ろに思えます。上空をけたたましく通過する米軍ヘリが、何だか面白くない茶番劇のように感ぜられます。

対照的に、人々と乾いた大地が緑を取り戻す喜びを分かつのは、楽しいものです。多くの日本の人々の善意に感謝し、着実に「緑の大地」計画が進んでいることを伝えたいと思います。良い年をお迎えください。