迫る“終末”、今こそ25年の成果を
用水路第三期工事とともに砂漠の開拓村と寺子屋建設に着手

PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
ペシャワール会報98号より
(2008年12月17日)
戦争・旱魃・冬将軍…それでも人々は明るく
クナール河水位の異常低下にもかかわらず、せきあげられて水を取水できている
みなさん、お元気でしょうか。日本は師走のただ中で慌しい時期かと思います。こちらも、12月6日にイーデ・クルバーン(犠牲祭)を控え、ちょっぴり師走の雰囲気を味わえます。アフガン中の家庭で親族が集まり、最大の祝日です。旧約聖書に出てくるイスラエル民族の始祖イブラヒーム(アブラハム)が、最愛の息子イサクを神の命に従って、生贄に捧げようとした故事があります。神は実は彼の忠誠を試したのであって、結局、イサクを捧げることを止めさせ、代わりに羊を屠らせたというものです。

 この日ばかりは皆着飾り、年始回りに似た挨拶を交わす行事があり、羊を屠って貧者への施しをします。メッカ巡礼、信心を守る勇者になるのが勧められるのもこの時です。イスラム教徒ではない小生も、御馳走にありつけます。

 最近、アフガン全土とパキスタン北西辺境州が無政府状態となり、連日欧米軍の空爆で多数の人々が死に、それに対抗する外国人襲撃が日常化しています。毎回の報告になりますが、これに加えて大旱魃の進行です。東部で最も豊かな穀倉地帯であったスピンガル山麓は、今やほぼ完全に沙漠化し、鬼気迫るものがあります。農民たちは、やむなく職を求めて町に下りて来ますが、失業者を吸収する程のゆとりがありません。多くの人が出稼ぎ難民として国外(主にパキスタンとイラン)に出たり、報酬を求めて仕方なく国軍や警察に入る者、米軍関係の仕事に就く者、さらには反乱勢力に入る者が後を絶ちません。

 追い討ちをかけるのが冬将軍です。ジャララバードにも突然冬がやってきました。11月20日、初雪が降りました。ダラエヌールから見上げるケシュマンド山脈が真っ白な雪をいただいています。普段なら人々は、白雪を見て小躍りします。しかし、とどまる所を知らぬ河川の水位の低下、地下水位の下降が、人々の間に絶望的な雰囲気を拡大しています。何かの終末さえ感じさせます。

 私たちの作業現場(クズクナール地方)は、今や数少ない残されたオアシス地帯となるに至りました。水路工事を始めた頃さえ、こんなに周囲がひどくなるとは、夢にも思っていなかったのです。
 2000年に始めたPMS飲料水源確保事業、約1500の井戸のうち、今半分以上が涸れ、農地に至っては、壊滅状態です。この冬をどうやって生き延びるか、人々は必死なのです。
 時々日本のニュースが届きますが、遠い遠いお伽の世界のように思えます。

 事件だけを羅列すれば、暗いことばかりですが、現地に居れば不思議と、悲壮な気分が湧いてきません。周りが余りに楽天的だからです。空腹を抱えたイード(祝日)であっても、暗い顔がほとんど見られないのです。いや普段よりもいっそう楽しそうに、祝日を迎えます。まるで何事もなかったかのように、羊を売買する市が立ち、貧富や貴賎を問わず、無一物のテント生活者から富豪に至るまで、それぞれの家の事情に応じて準備に余念がありません。

沙漠開墾を射程に第3期工事間もなく開始
肝心の事業の方は、8月の事件以後、日本人ワーカーの退去によって、一時的に大きな影響を受けました。特に、ペシャワールのPMS基地病院は打撃を受けました。しかし、医療関係を除けば、アフガン人職員100数十名、作業員400名、はつらつと仕事を進めています。
 用水路は間もなく第二期工事を終えて、ガンベーリー沙漠横断の第3期工事が始まります。11月には既に分水路が沙漠の一部を潤し始め、人々は驚喜しました。第3期工事は事実上、農業計画と一体化した開墾事業です。これに備え、沙漠の砂防林の植樹が始まりました。幅100メートル、延々3キロメートルに及んで15万本が植えられます。マドラサ(伝統的な寺子屋)の建設も、「来春開校」を地域に伝え、イードと共に、「良き知らせ」となりました。ここでは、信心は食物と同じように人々の糧なのです。

 今年も目まぐるしい年となり、多くの出来事がありました。詳しくは上半期の年度報告をご覧ください。おそらく、来夏は今年を上回る混乱が予測されますが、事業に時あり、助けるに時あり、今を除いて役に立つ機会はないでありましょう。おそらく今冬がPMSの史上最大規模の挑戦、かつ用水路事業の最終段階となります。

 今年の餓死・凍死者は数10万人を超えると噂されています。暗ければこそ明かりを灯し、寒ければこそ暖をとる価値があります。全ての人を助けるのは不可能ですが、せめて目前にある人々の生命を保証し、以て平和の何たるかを証したいと存じます。
 日本にあって祈りをあわせ、変わらぬ暖かい関心を抱いてくれる皆さんに、心から感謝します。良いクリスマスとお正月をお迎えください。
平成20年12月
ジャララバードにて