ペシャワールから沖縄へ【12回】
現地民から見た米軍

中村 哲
沖縄タイムス 寄稿記事
2004年5月30日(日)
ヒンズークッシュ山脈の万年雪(左上)と用水路
かなたの高山を見上げることが日課になってしまった。茶褐色の荒涼たる岩石砂漠、紺ぺきの空、そしてヒンズークッシュ山脈の銀白の万年雪、点在するオアシスの村々の緑、これらがアフガニスタンの原色の光景である。

だが、何も知らぬ外国人が感激する壮大な自然の美しさも、そこで生活する人々の立場から見れば一変する。酷暑が近いというのに残雪が少なく、今年も大干ばつが予測されるからである。

自分はと言えば、このところアフガンの山中にこもって、用水路の建設に全力を傾けている。「水」以外のことが、まるで頭に浮かんでこない。もう何カ月たったのかも、分からなくなる。日本どころか、私たちPMS(ペシャワール会医療サービス)の根拠地であるペシャワールでさえ別世界のように感ぜられる。

作業現場の地域には電気もテレビもない。ラジオは皆聴いているが、国際ニュースは一種の気晴らし以上のものではない。首都カブールでさえ別世界である。ひたすら宿舎と工事現場を往復し、「情報」なるものから無縁に過ごしていると、「国際社会」はバイアスの掛かったデジタル信号で合成される蜃気楼のような気がしてくる。

そして今、干ばつ問題こそ、本当に人々を脅かす元凶であるのに、これに触れた報道はほとんどない。人々が安心して働き、生活を安定させることが急務であり、それこそが復興のはずである。
ところが、「対テロ戦争」だの、「民主化」だの、空論ばかりが横行したあげく、軍による「人道支援」なるものまでねつ造される。
事実の歪曲から軍事行動が生まれ、誤爆と称して身近な人々に犠牲が及ぶ。米兵によるイラク人虐待事件の報は人々に「敵意」を醸成する。さらに、三年前の「アフガン空爆」、タリバン兵捕虜の大量虐殺、キューバのグアンタナモ基地に連行された同胞、そして血で血を洗うアフガン内戦の記憶がよみがえるのである。

かつて、旧ソ連は「人権・平等と民主化」を掲げ、性急な改革で人々の反感を買い、アフガン戦争を引き起こして二百万人以上の犠牲者を出した。だが、その大義名分と方針は、現在の米軍とほとんど変わりないものであった。

今、現地では、「復興支援」を含めた「外国の干渉」に不信感と反感が深く根を張りつつある。米軍機が上空を通過するたびに、人々は屈辱感と怒りをつのらせてゆく。
「爆弾の雨を降らせといて、『軍隊による人道支援』があるか」というのが、多くの現地民の思いである。その思いは軍だけではなく国連組織やNGOにも向けられ、襲撃事件が相次いでいる。

翻って日本を見れば、戦前の偏狭な国家主義が幅を利かせる「不自由な時代」でさえ、「テロリストの悲しき心」を詠む歌人がおり、堂々と非戦論を唱える知識人もいた。

しかし今、明治人のようなはつらつたる感性が退化したのはなぜだろう。確かに今は言論の自由があり、人権尊重が声高に叫ばれる。特高や拷問もない。
それを考えると、過去の戦争を国家国民挙げて可能にしたのは、「自粛」という名の自己規制と時流への迎合、扇情的な情報操作による国民意識の変容ではなかったろうか。世論と世情はいつの時代でも容易に変化する。そのことが不気味である。
今また、一部新聞の報道によると「アメリカの要請でアフガンに陸自派遣検討」と聞き、心穏やかになれぬ。それが現実化すれば、日本人たる私たちは「米軍の同盟者」として、確実に危険にさらされる。
先人(政府ではない)の努力によって築かれた「親日感情」は危機にひんし、私たちのプロジェクトも崩壊しかねない。だが、国民の命すら左右しかねない「アフガン派兵」は、ほとんどニュース価値がないようだ。

われわれは不偏不党を鉄則とするが、降りかかる火の粉は払わねばならぬ。営々と築いてきた信頼関係がつまらぬ政治的思惑や利害で一挙に崩され、日本人が内外で、「テロ」の標的にされかねない。

政治家たちが断固として「テロと戦う」と称し、浅慮によって派兵を決めるなら、私たちもまた「日本人の名誉といのちを守るため」、身をもってその流れに抗せざるを得ない。