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ペシャワールから沖縄へ【13】
年金制度ないアフガン

中村 哲
沖縄タイムス 寄稿記事 2004年6月27日(日)

現地は最も数の当てにならぬ国である。人口はもちろん、自分の年齢も分からぬ人が多い。アフガニスタンの人口が2,400万人というが、これも怪しい。戸籍がないし、「家族」といっても親戚一同が1つ屋根の下で暮らしている場合もあるし、都市では核家族もある。

農村部では1家族が「カライ」と呼ばれる家の中に住んでいる。家といっても、日干し煉瓦の高い塀に囲まれて四隅に物見の塔があり、全体がまるで要塞である。この「要塞」の中に入ると、塀の内側を背にして、長屋のように部屋が並んでいる。

女性と男性の区画は厳格に分けられ、客は女性を見ることができない。たまに水壺を頭に載せて運んでいる女性を見かけるが、挨拶でもしようものなら大変なことになる。見知らぬものが女性に声をかけるのは大変よくないことで、一族を侮辱することになるからだ。

したがって、家族数を知りたいときは男性の陳述によらねばならない。ところが困るのは、男性たちの言うことが各人各様、異なるのだ。明らかに50人は居るはずだと思えるのに、30人くらいだ、いや60人だ、と一挙に倍に跳ね上がる。男女比を1対1にして、目に付く男を数えて倍にすればおよそ正しいが、案外これが難しい。

さらにややこしいのは、「家族」というとき、自分の妻子の数を指すこともあれば、従兄妹はとこを含めた、家長の血縁すべてのこともある。そこで、苦肉の策、砦の大きさで見当をつける方が、案外正確なのである。現地語のパシュトー語で人々が量や数を述べるとき、「少し」「沢山」「非常に沢山」という表現がやたらに多い。

ある村で、人口を尋ねたら、「いっぱい居る」という。「どのくらい沢山なのか」とさらに問えば、「数千家族だ」という。さらに問い詰めて、「1,000か、2,000か、3,000か4,000か」と聞くと、「お前さん、家がいーっぱい、見えるじゃないか」と笑い始め、カップに茶を注いでくれた。万事正確さを重宝するわれわれ日本人には、耐え難い世界である。

年齢もそうで、赴任の初期、カルテをまじめに記載しようと、悪戦苦闘した。おかしなことに、10歳くらいを境に、「だいたい…」と間をおいて、15、20、25、30と、5年刻みに年齢を述べる。誰も正確な生年月日を知らないのだ。かなり高齢の女性になると、「見りゃ分かるから、それを書け」と笑う。

そこで、最近はカルテに年齢をきまじめに記載せぬようにしている。そんな人々の中で暮らしていると、不思議なもので、確かに「少し・沢山・いーっぱい」で事足りるようになってくる。自分の年齢もどうでもよくなって、気がついたら「確か50半ばを過ぎたはずだが…」とくらいにしか思えない。

最近日本に戻ったら、年金問題が沸騰していた。未払いの国会議員が次々と辞職する大騒ぎになっていたらしい。何だかもう、大変な世界に戻ってきたような気がして、つい身がすくむ。

現在、東部アフガンの山地で水路作業の指揮を執っていて、日本を思い出すとおかしくなる。道路を勝手に切る、発破作業はやり放題、砕石は手近な所でとりまくる、600人の作業員全員が武装した農民なので、いつでも1個中隊くらいは編成できる。

現地では「年金制度」などもちろんないが、長老を大切にするので、「老人問題」が存在しない。年をとることに脅える必要がない。私は結構居心地が良いと思っているが、「たいそう危険な所で立派なお仕事を」と称賛されると、返答に困ってしまう。最近、アフガニスタンも「民主化」されたそうで、80億ドルを使って選挙人登録名簿を作成していると聞いた。

私たちの水路の総工費が200万ドル程度で、10万人が飢餓を免れる。現地からすれば、この大干ばつの最中、額の大きさにも目が飛び出るが、本当に「選挙」ができるのか怪しいし、年金制度でお年寄りたちが困るような世界が来るのがさらに不安である。そのために外国が軍隊をくりだすのは首をかしげる。