ペシャワールから沖縄へ【2回】
「いのちの源泉」確保へ 〜灌漑と治水に挑む〜

中村 哲
沖縄タイムス 寄稿記事
2003年2月23日(日)
アフガニスタンでは潅漑用水を確保するため、井戸を掘る作業が続けられている/2002年10月
カイバル峠を越え、アフガニスタンに入ると、懐かしい光景が展開する。砂漠は美しい。一木一草も寄せつけぬ岩石砂漠には、一切の人為を寄せつけぬ確固たる意思表示がある。茶褐色の岩壁の巨大な地層のうねりが、太古からの地球の歴史を語る。川沿いに点在する緑の村落は、この厳しい自然にひれ伏して、つつましく生きる人間の生を象徴するようだ。

抜けるような紺碧(こんぺき)の空、純白の雪の峰々、強烈な陽光、ここには天・地・人の壮大な構図を一望させる啓示がある。

わがPMS(ペシャワール会医療サービス)の診療所は、さらに深いヒンズークッシュ山脈の山懐にある。2月初旬、建築中の「沖縄・ピース・クリニック」を訪れようとしたが、米軍の活動で予定を延期した。現在、同診療所のあるクナール州には米兵が続々と集結している。「アルカイダ狩り」は住民の不興を買い、軍事介入は次第に泥沼化している。

地元の話によると、最近、上流で医療チームを装った米軍が、容疑者を捕らえようとして失敗、爆撃で関係のない者を殺傷して地元民を敵に回してしまった。米兵や協力者12人が人質にとられたという。


人間同士の関係は相も変わらず騒々しいが、現在人々を本当に困らせているのは、数年前からの大干ばつである。ちょうど1年前、国際機関は明るい「復興ムード」を受け、パキスタン200万人の「アフガン難民帰還計画」を進め、昨年3月から12月まで、170万人が戻ったと報告、計画を今年1月で停止した。

だが、「いまだに難民150万人が残っている」と、不思議な数字を出した。理由は、現地を見ると一目瞭然(りょうぜん)である。かつて豊かな緑が広がっていた田園地帯が砂漠化し、廃村が急速に広がっている。大半の帰還難民がUターンしてきたのだ。

アフガニスタンは農業国である。二千数百万人の9割以上が農民・遊牧民である。各地域の自給自足する農村こそが、国家の底力を支えてきた。現地のことわざに「アフガニスタンではカネがなくとも生きられるが、雪がなくては生きられない」というのがある。純白の雪は、外来の勢力に屈せぬ独立不屈の精神をはぐくむとともに、いのちの源泉でもある。

乾燥地帯である現地で、夏に溶け落ちる氷雪が幾万年も生き物たちの生命を支えてきた。いわば天然の巨大な貯水槽である。しかし、この白雪が現在急速に消えつつある。これは明らかに地球温暖化によるもので、せっかくの積雪が春になると、鉄砲水として一挙になくなってしまうのである。
ペシャワール会は、「せめて東部一帯の干ばつ地帯だけでも」と、3年前から飲料水源(井戸・カレーズ)を手掛け、現在作業地は900カ所を超えた。しかし、飲み水だけでは食ってゆけない。そこで、大規模な潅漑(かんがい)用水確保に本格的に乗り出そうとしている。

今年3月からは、沖縄・ピース・クリニックの下流、クナール川沿いに、1億円を投じて全長12キロの用水路を造り、ため池、井堰(いせき)の建設を開始し、約10万人が居住できる沃野(よくや)を回復する。これを嚆矢(こうし)に、10年をかけて東部一帯の中小河川の治水を行い、50万人以上の生存を可能にする計画である。

今やわが会は、医療NGO(非政府組織)というよりは、1,000人以上の職員・労働者を抱える土木公団の様相を呈してきたが、決して誇張ではない。生存にかかわる深刻な問題なのに話題にならず、誰も「危険な農村地帯」に入らないからである。

「平和」とは何か、心の中で反すうする。平和の基礎は相互扶助による生存の保証である。首都カブールでの政治的動きや華やかな「復興支援」の報道は、土と一体に生きる農民たちにはあまりに遠い。それは蜃気楼(しんきろう)のごとく別世界である。そして日本がそれ以上に、はるか遠くに感じられた。