ペシャワールから沖縄へ【3回】
許されない「人命」軽視 〜干ばつ対策と邦人保護〜

中村 哲
沖縄タイムス 寄稿記事
2003年3月23日(日)
井戸からくみ上げた水は農業用水として用水路に流れる(ダラエヌール渓谷・ブディアライ村)
3月19日、アフガン東部の干からびた田園で、本格的な干ばつ対策が始まろうとしていた。新政権の東部地区の要人、長老会のメンバーが集まり、全長12キロの潅漑(かんがい)用水路のくわ入れ式が挙行された。水路の総工費1億2,000万円、これによって2年後には、約700ヘクタールの耕作地が復活して、5万人以上の人々の自給自足が可能となる。干ばつ被害にあえぐ人々にとって、これはまたとない朗報だった。人々は敵や味方、政治的立場を超えて、期待を膨らませた。

新人の日本人ワーカーのうち、漠々たる砂漠がかつて豊かな水田であったことを信じた者は、ほとんどいなかった。砂塵(さじん)のかなたに浮き上がる高山の白雪は、例年よりさらに薄く、土地の人々にとって心もとなく感ぜられた。

干ばつ被害はおそらく、今年も深刻であろう。廃村はますます拡大している。上空では米軍のヘリコプターがものものしく駆け抜けていく。一年前のアフガン空爆、そして明るい復興ムードの報道を裏切る光景は、ついに日本で伝えられることがなかった。

地方はもちろん、援助団体が殺到した首都カブールでさえ、先行きの見えぬみじめな現状に人々が不安を抱いている。現在、アフガニスタンでは、「米軍が去れば新政権は数日と持たない」と皆信じている。カブール市民を守るはずのISAF(国際治安支援部隊)は、米国によるイラク攻撃が必至とみられた時点から、自分を守ることに忙しい。カブールの治安は著しく乱れており、官庁街で強盗事件が連日起きていると伝えられる。

私たちが農民の生存をかけて、砂漠化した耕作地の回復に躍起になっているころ、奇妙な指示がカブールの日本大使館から伝えられた。水路の着工式の3日前、「万一の場合の邦人避難場所、連絡網の確認」が行われ、「事業規模の縮小」が勧められた。大使館としては邦人保護が使命なので、やむを得ない通達であったろうが、筋違いに聞こえた。「田舎は反政府勢力の巣窟(そうくつ)で、危険だ」という認識があったのだろう。

「いざという時は山奥の診療所に退避する」と伝えると、いぶかられた。最も危険なのは、実は、人の顔が見えない大都市なのである。それに、大方のEU(欧州連合)諸国に反して、日本が米英のイラク攻撃を支持したからこそ、邦人が危なくなったのである。親日感情は確かに陰りを帯びている。
しかし、アフガン東部の農村地帯に根を張る私たちにとって、これほど安全な場所はない。ペシャワール会の診療所や水源事業の行われている地域では、ジルガ(長老会)が絶対の支持と保護を表明していた。アフガン農村を律する掟(おきて)は、この「地区長老会」の決定の徹底した順守である。中央の権力交代は、ほとんど影響がない。

彼らは自らの固有の宇宙が保障される限りにおいて、どんな権力とも付き合うことができる。逆に、彼らの宇宙を脅かす外来者は容赦しない。米国政府の音頭による「タリバン非難」の大合唱は、このタブーに触れてしまった。人権思想が異なるのである。 それは善悪の問題ではなく、文化の相違であることが忘れ去られた。空爆はもちろん、「復興支援」もまた、利用されこそすれ、受け入れられることはないだろう。

私たちもまた、土着化している。どんな政権が生まれようと、仕事の邪魔さえしなければ関係ない。地元が守ってくれるのである。この共同体のあり方を「危険だ」と取るのは、やはり認識不足で、自分たちの方が異物であることを忘れている。

私たちが強調する「人としての一致点」とは、この辺りの問題が絡んでくる。人の命を粗末にする者は嫌われる。戦争に協力してまで「進歩」や「人権」を述べるのは説得力がない。あげくが報復に慄(おのの)くのでは、日本人としてやり切れない。