ペシャワールから沖縄へ【5回】
最前線の中の診療所

中村 哲
沖縄タイムス 寄稿記事
2003年6月22日(日)
アフガン東部の山岳地帯に建設中の「沖縄ピースクリニック」
「沖縄ピースクリニック」建設中のダラエ・ピーチ渓谷は、アフガニスタン東部山岳地帯、クナール州の山奥にある。ペシャワールからジープで3日、ひどい自動車道が一応あるが、慣れてないと、でこぼこ道を車が激しくゆれて大変だ。

PMS(ペシャワール会医療サービス)では、この渓谷に1992年以来診療所を開き、住民たちの診療に当たってきた。アフガニスタンの山村部はほとんどが無医地区と言ってさしつかえない。かつて病気になった住民たちは、はるばる下手のジャララバードやペシャワールまで降りていた。外国人はほとんど入らず、たまに国連、赤十字、米軍の車両を見かけるが、大抵は何か事が起きたときだけである。

診療所の存在は、人々に安心感を与え続けてきた。同州南部のニングラハル州では干ばつが猛威を振るっているのに、この地域はヒンズークッシュ山脈最高峰から流れ出る雪解け水が豊富に潤し、一見豊かに見える。しかし、完結した自給自足を営む農民たちは現金収入が乏しく、病気になっても下流の都市に行くバス賃や薬代を払うゆとりがない者が多い。半日、1日かけて徒歩で診療所にくる患者は珍しくない。

最近、この地域で厄介なのが、ケシ栽培の爆発的増加と、米軍の無意味な活動である。1996年から2001年まで続いたタリバン政権の統治は、ケシ栽培を全滅に追い込んでいたが、米軍の「アフガン解放」とともに盛大に復活した。春ともなれば、豊かな小麦畑の半分以上が妖(あや)しく色鮮やかなお花畑で埋め尽くされる。麻薬の生産は、この1年で14倍に増加、アフガニスタンは不名誉な「世界最大の麻薬供給国」に転落してしまった。

国連が「刈り取り報奨金」を出すと、それを当てにする農民がますますケシを作る。最近では米軍が除草剤らしきものをヘリコプターから散布し、それで死亡者が出るありさまである(米軍当局は否定)。また、米軍はクナール州をタリバン=反米活動の温床地と見なし、このところ軍事活動を強めている。
だが米兵襲撃、駐屯基地へのロケット砲攻撃が後を絶たず、米軍は地上移動をほとんどしなくなった。敵を識別できず、米兵は疑心暗鬼にさいなまれている。「悪のタリバン」とは、実は大半が普通の真面目なアフガン農民そのものである。

強引な「捜索活動」や、検問を通過した農民が射殺されたり、誤爆による殺傷で住民のひんしゅくを買った。それに、最近では、味方であるはずの「反タリバン」の山岳民族・ヌーリスタン族まで敵に回して収拾がつかなくなり、とうとうクナール州は「危険地帯」に指定されてしまった。
今年5月から下手の方でペシャワール会=PMSの灌漑(かんがい)用水路建設が始まったが、数百名の農民が掘削していたところ、塹壕掘りとでも思ったらしい。盛んに米軍ヘリコプターが超低空で通過していた。おまけに、道路脇の岩盤の破砕に1日数十発の爆破が行われるので、米兵は怖がって通らない。

PMSの活動は何事もなく続けられている。まず生きることだ。実際、沖縄ピース・クリニックのあるシンザイ村ではケシ栽培を控えているし、用水路建設には反タリバン兵、元タリバン兵、新旧の政府関係者らが、政治的立場や敵対を超えて協力している。これは、最低限の福祉と生活が保障されれば、ケシ栽培も内紛も避け得ることを実証している。

野蛮な軍事活動に沖縄県民の「平和のメッセージ」を対置すべく、ピース・クリニック建設が計画されたのだが、意に反して、奥地で我々の車両の日の丸を見ると米兵はほっとするのだという。診療所から帰る途中、すれ違った米兵が笑顔で挨拶をした。帰国して、米兵の暴行事件を聞き、何だか複雑な気分でいる。確かに、沖縄では米兵が襲撃されることはない。