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ペシャワールから沖縄へ【6】
新たな世界観の芽生え

中村 哲
沖縄タイムス 寄稿記事 2003年7月27日(日)

午前4時半、眠い目をこすりながら、日本人ワーカーと現地職員のリーダー格約50人が作業場に向かう。アフガン東部の山岳地帯、ダラエ・ヌール渓谷の診療所には「水源事業事務所」が併設され、ニングラハル州北部の農村復興の根拠地となっている。ここから繰り出した一行は、作業地の中ほどにある倉庫兼ワークショップに行き、そそくさと朝食を取る。
▲倉庫兼ワークショップで朝食を取る。手前右から鈴木学、宮路、馬場ワーカ

集まってくる近隣の農民600人を分け、つるはしやシャベルを渡し、ダンプカーにそれぞれ満載して6カ所の地区に送り出す。爆破班5チームは岩盤や巨石の処理に向かう。今年3月に始まった用水路の掘削事業である。

今年も干ばつが依然として深刻だ。このため、わがPMS(ペシャワール会医療サービス)では、医療団体であるにもかかわらず、飲料水源確保や灌漑事業に力を入れていることを度々述べた。今作業中の水路は、クナール川という大河から水を引き、干ばつ地域数千ヘクタールの砂漠化した耕地を潤そうとしている。
▲飲料水確保や潅漑事業用の水源、クナール川

5月11日に作業が始まって以来、7月初旬まで従事した農民は延べ1万5千人を超え、ダイナマイト爆破1,400回、全長16キロのうち、3.5キロの掘削を完了した。計7キロが岩盤沿いの工事で、小さなトンネル21カ所、水道橋1、サイフォン1が含まれる。私たちにしては大工事だ。

午前5時半、作業が開始される。50度を超える炎天下、10時の休憩まで休みなく皆働く。山の農民たちは屈強で、まさかと思えるくらいの巨石もハンマーで粉砕してしまう。取水口から1キロ地点の岩山は、爆破・掘削で形が変わってしまった。

農民たちは、伝えられる政治的動きとは無縁である。作業現場を見ているとよく分かる。ここには表層の報道とは無縁に、アフガン社会の巌のごとき動かぬ構図がある。元タリバン政権下の者が現場監督をし、新政権の要人・関係者が激励にくる。旧タリバン兵、元北部同盟兵、果ては元米軍傭兵に至るまで和気あいあい、共に汗を流す。この複雑怪奇な人間関係を読み取るのは至難の業で、米軍は敵・味方の識別ができず、ジャーナリストも困惑する。

しかし、一歩彼らの中に入れば、ことは非常に簡明だ。まず自ら生きることなのである。政治スローガンなど、傭兵にでもならぬ限り食えない身には、どうでもいいことである。外国人は適当にあしらって、頼りにしない。村を侵す者には一致して戦い、心からの協力者なら、外国人であっても、客人として命懸けで守る。

このような世界に触れる日本人ワーカーたちは、水路関係が11人、すべて20代の若者である。医療関係は4人、沖縄出身の仲地医師が2年目の長期ワーカーとして、すっかり現地になじんで、指導的な役割を果たしている。
▲現場で現地職員と打ち合わせをする鈴木学ワーカ(左)

最近感ぜられるのは、これら若者たちの間で胎動する新しい動きである。本人たちには失礼だが、日本社会で満たされず、自分の生き方に行き詰まりを感じ、現地で生きがいを見いだそうとする者が少なくない。適切な場所を得れば、別人のように生き生きとなってゆく。一世代前のような野心や功名心、欲望は薄いが、まるで何かに飢えた者のように、現地に惹かれてゆく。

「アフガニスタン」を通して、彼らの心に人として大切なものが刻まれてゆくのだろう。そして、それこそが日本で失われたものなのである。
日本の状況は。宮沢賢治が70年前に書いた「注文の多い料理店」である。西洋かぶれした紳士が山中で迷い、立派な西洋館に遭遇して喜ぶ。中に入ると、厳かな金文字で、金物を取ってください、服を脱いで体を洗ってください、体中にクリームを塗ってください、と次々と注文が出される。土壇場になって、自分がとって食われる準備だったと気付く。恐怖で狼狽したところに、地元の者が現れて、犬がほえ、猟師が「だんなあ、だんなあ」と呼び掛ける。実は立派な西洋料理店は幻で、林の中で勝手に金文字に躍らされて、裸になって震えていただけなのだ。

今、「文明の辺境」たる現地から見れば、このさまがはっきりと分かるのである。ニューヨーク・多発テロ以降、「文明」は凶暴化した。「遅れて貧しい」者を力で圧服し、人間を解放すると称して人間を殺す、奇怪な論理が横行している。だが、これはより複雑な形で先進国内部をむしばむものと軌を一にしている。だがそれもまた、しばしば実体のない亡霊におびえているにすぎない。

多感な青年たちは心のどこかで、それに敏感に気付き始めているのだ。たとえ反戦を叫ばなくとも、それこそが貴重なものである。私たちの現地事業が若者たちを触発して、真に根源的な世界観が芽生え始めている。それは単なる過去への郷愁ではなく、新しい世界を切り開くための模索である。