Top» 出版物・資料» 沖縄タイムス寄稿記事» ペシャワールから沖縄へ【9】

ペシャワールから沖縄へ【9】
国際正義という暴力

中村 哲
沖縄タイムス 寄稿記事 2003年11月23日(日)

11月2日、私たちPMS(ペシャワール会医療サービス)が用水路建設中、突然米軍ヘリ2機が旋回してきたかと思うと、機銃掃射を加えた。岩盤掘削の発破作業をロケット砲発射とでも誤認したらしい。作業地の平和は吹き飛ばされた。作業地のクナール州に現在、米軍兵力が続々と集結している。

われわれも殺気立っていた。取水口付近にある大河は、幅約1.5キロ、冬場に水位が低下する。数カ月後には、再び高さ3メートル以上の雪解け水の洪水で、河川敷一面が濁流に覆われる。それまでに、何とか取水口および初めの3キロまでを完了していないと、大変なことになるからだ。PMS職員と近隣農村の作業員、計600人は、必死の突貫工事を続けていたその矢先である。

ダイナマイトの不発弾の導火線に着火しようとした職員が至近距離にいて、タオルを振り、作業現場であることを知らせると、誤爆であることを知ったのか、山向こうへと飛び去った。誰もが怒りを隠さなかった。皆にソ連侵攻時の記憶が鮮やかによみがえった。
▲C地区での作業風景 2003年11月13日)

だが今騒ぎを起こせば、工事が遅れる。なにせ、この水路完成で十数万人が生きれるか否かの瀬戸際だ。怒りを胸に収めて、さらに工事のピッチを上げねばならなかった。
アフガン人の9割が農民である。今彼らが欲するのは食糧と平和な村々の回復である。東部アフガンは未曾有の旱魃で耕地が砂漠化し、大量の難民が発生している。流民化した人々が大都市に流れ、治安悪化の背景をなしている。建設中の用水路は人々の帰農を促し、少なからず復興に寄与するだろう。

にもかかわらず、このところ現地では、米軍による誤爆が頻繁に起こり、住民の敵意は高まっている。米軍の行くところ、血なまぐさい事件が絶えない。治安が悪いから米軍が行くのか、米軍がいるから治安が悪くなるのか、おそらくその両方だろう。だが、2001年10月の米軍の空爆と占領があるまで、アフガニスタンは世界屈指の治安の良さを保っていたということは述べておかねばならない。

私たちが米軍から攻撃を受けたとき、日本の関係者は一様に「タリバンの襲撃かと思った。まさか…」と当惑した。折からカブールの国連やNGOの間では外国軍の地方展開が主張されていた。「治安が悪く、復興支援できないから」という主張が横行している。確かに現在、イラクでもアフガニスタンでも、米軍に対してだけでなく、国連組織や国際赤十字、外国NGOへの襲撃事件が盛んに伝えられている。地元民から襲撃を受け、すでに撤退した国際団体も少なくない。「人道支援に赴いたのになぜ?」といぶかる日本国民も多い。

だが、その背景が分かりにくいのは、現地の実情と圧倒的多数の民衆の声が届かないからである。現地住民が反発するのは、そもそも復興援助が軍事介入と不分離で、民意をくまぬ支援が外国人を満足させるアイデアで行われるからだ。「タリバン政権は問題もあったが、アメリカはもっと嫌だ。援助なら爆弾でなくまずパンをよこせ」というのが大方の本音だろう。一部の大都市住民を除けば、パン代わりに石が、魚の代わりに蛇が与えられたといっても過言ではない。

地元民は「タリバンの代わりにデモクラシーがきた」と述べている。しかし、大っぴらにそんなことを言うと、「タリバン=アルカイダ協力者」と烙印を押されて葬り去られる。デモクラシーと称する一種の恐怖政治である。アフガン人はアラブ人と異なって率直に表明しないが、米軍が来年夏ごろ撤退するのを見越して、黙っている。このままでは収まらないと誰もが感じ始めている。

結局、米英などの外国軍の軍事的干渉は、ろくな結果を生まなかった。純粋に人々が生きるための支援なら、軍隊など要るはずがない。皆がこぞって守ってくれる。これまで、PMSは少なくとも地上で、一度も攻撃を受けたことがない。私たちは「テロリスト」からでなく、ほかならぬ「国際社会の正義」から襲撃されたのだ。

その上、日本がこの「正義」に同調し「軍隊」まで派遣するとなれば、今度は地元からも敵視され、私たちが攻撃の的になりかねない。既にPMSでは日章旗とJAPANの文字を消し、「日本政府とは関係ない」と明言して活動せざるを得ないありさまである。

それでも、私たちは用水路を掘り続ける。日本人の誇りというものがある。国旗を引き裂いても、人の命は守られるべきだ。平和は軍事力以上に積極的な力である。日本には独自の道がある。「平和国家・日本」は、私たちの祖先が血を流して得た結論のはずである。

今、国是たる平和主義を非現実的だと疎んじて、米国の軍事力行使だけでなく、自衛隊の派遣すら是認する内外の風潮は、過去の戦争で犠牲になった人々を愚弄するとともに、米国と没落を共有する危険極まりない選択だと言わねばならない。