散歩とオヤジと焼きたての味
PMS会計担当 中山博喜
2003.10.15
ペシャワールの住宅街
9月7日、日曜日、午後18時55分。
最近、日が沈む頃になると涼しく感じるようになった。いい季節ですね。
6月、7月の頃は日が長かった。20時を過ぎても明るかった。

こちらの暑さは日照時間に比例しているのかいないのか、それはよく分からないが、真夏と言われる時期は暑かったし日も長かった。これは確かである。
で、そんな季節も一段落、夕方になると涼しく感じる今日この頃、いい季節ですよ。
こんな日は散歩に限る。それでもって9月7日の日曜日もいわゆるこんな日だった。
夕方になると涼しく感じるわけだから、散歩をするのは夕方がよい。買い物もかねて近くのバザールまで、往復で1時間ほどの道のりである。

宿舎の近くに線路がある。この線路はイギリス植民地時代に造られたもので、カイバル峠の中ほど、ランディコータルまで通っている。私がペシャワールへ来た頃は、週に一度日曜日に汽車が走っていた。人によっては今も走っているというが、このすこぶる元気に育っている雑草を見るに、う〜ん、たぶん走ってないですね。

線路の上をてくてくと歩き、バザールで買い物をして、それでもって再び線路の上をてくてく、と歩いていたところでいつものオヤジにばったり出会った。

焼きとうもろこし(ダラエ・ヌールの試験農場で収穫されたとうもろこし)
このオヤジは何者かというと、道路脇で焼きトウモロコシを売っている人で、夕方頃になると何処からともなく現れて、道端のいつも決まった場所で商売を始める。
所持品はトウモロコシと炭、それから炭を入れる容器、それだけ。それらを大きな布に包んでやってくる。

道端にドカッと腰を下ろし、その場で炭に火をいれてトウモロコシを焼き始める。きわめて簡潔的合理的無法的いらっしゃーいな商売法だ。もちろん雨の日は休業である。
私は彼の焼くトウモロコシが結構お気に入りで、仕事の帰りに時々寄ったりしていた。

でもって9月7日のこの日であるが、てくてく歩いているうちに、なんだか無性に例のトウモロコシを食べたくなってしまったわけで、もうそうなると後には引けない。頭の中はこんがり焼けたトウモロコシの画像がへばりついている。この状態を正常に戻すには、その画像と同じ物を食べるより他に方法がない。
 そんなわけで先に「ばったり出会った」なんて表現をしてしまったのだが、実のところは完全に計画的な行動による出会いだった。

日はずいぶんと傾き、あたりは暗闇に包まれつつあった。オヤジ的商売法でいくと、そろそろ閉店の頃合である。
「オヤジ!トウモロコシ2本くれ」
とオヤジに勢いよく詰め寄ったわけだが…
「にいちゃん、3本いかが?」
オヤジのそばにある風呂敷の中に、すでに焼きあがったトウモロコシが数本みえた。
今日はよほど売れ行きが悪かったようだ。オヤジの辞書に“余る”という文字はないはずなのだが。

ふと横を見ると数メートル向こうの道端に新手のトウモロコシ屋が出現していた。あちらはどうやら茹でトウモロコシのようだ。
住民の気分としては“焼き”より“茹で”のようで、あちらにはけっこう人が集まっている。
どうやらオヤジ、“茹で”にやられたようである。
ま、それはともかく、めずらしくトウモロコシが余っていたということで、オヤジは3本買わないかと言ってきたわけである。

いいですね3本、買いましょう。私は彼に20ルピー(40円程度)を渡した。ちなみに焼きトウモロコシ1本の値段は5ルピー。
オヤジはニコニコしながら続けてこう言ってきた、
「にいちゃん、4本いかが?」

やはりか。私は20ルピーを出した時点でこうなることを予測していた。きっとお釣りじゃなくて商品がくるに違いないと。
はじめから予測をしていたわけだからそうなることは覚悟していたわけで、4本購入を快く了承した。オヤジは軽快な手つきでトウモロコシをビニールの袋に入れる。
1本、2本、3本、・・・4本、5本、ご、ごほん、5本ですか。
いやいやちょっと待ってください。話の上では確か4本なはずではうんぬんかんぬんゴホンゴホンなんて思っていると、オヤジはニヤニヤしながら「おまけ」と言って1本余分にくれた。
ああ、いいですねこういうの。行動の一つ一つに、人と人との出会いやかかわりがある。土くさいというか人間くさいというか、こういうのって大切なんだな。こちらに来てからよく感じることである。

夕暮れ時のペシャワール
これはその「おまけ」が大切なんだなといっているわけではなく、いやしかし「おまけ」もあるとさらに嬉しいわけだが、この場合はそうでなくてこういう会話が、さらにいうと会話をする相手の、良くも悪くも彼のような人間くささって大切なんだなと思うわけである。

少なくとも私は彼らのそんな部分に、というかそんな表情を見せてくれる彼らと共に生活できていることをとても幸せに思う。
「また来るから」と言い残し、笑顔いっぱいでオヤジと別れる。

時計の針は午後18時55分をさしている。とても大きな満月が、ポカ〜ンと東の空にあらわれた。袋いっぱいのトウモロコシを片手に、その日の散歩に大満足なわけであった。