マグサイサイ賞表彰決定を受けて

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このたび、「マグサイサイ賞・平和国際理解部門」で表彰が決定しましたことに対して、過分な評価に恐縮すると共に、アジアの同胞からの熱い共感として、感銘を受けます。

この表彰は、決して私一人の業績ではなく、身命を惜しまず任務を尽くした現地PMS(ペシャワール会医療サービス)300の職員、そしてこれを20年間、物心両面で支えてきたペシャワール会事務局員、1万2千名の会員たちに与えられた栄誉であります。

PMSはハンセン病診療に始まり、アフガン山村部の無医地区診療モデルの確立を目指し、2000年夏以降、アフガニスタンを襲った未曾有の大旱魃に際しては、餓死線上の者が100万人(WHO)という中、飲料水源の確保を行い、現在その数は1,000箇所を超えました。また、米国のアフガン報復爆撃に際しては「いのちの基金」を呼びかけ、空爆下に餓死に直面する約20万人分の食糧を大量輸送しました。現在、平和な農村の回復を目指し、沙漠化した農地を緑化すべく、用水路などの灌漑事業に力を注いでいます。

その後のめまぐるしい政治的変化と移ろう国際的関心をよそに、私たちの現地事業は何事もなかったかのように続けられています。旱魃は治まる気配がなく、アフガニスタンは混乱を残して再び忘れ去られようとしています。しかし、私たちは今後も変わらずに人々と苦楽を分かち合い、一人の証言者として事実を訴え続けたいと思います。

戦乱のアフガニスタンとペシャワールでの20年の活動は、国境や宗教を超え、政治的立場を超え、実に多くの人々の協力によって行われました。それは必ずしも容易な道のりではありませんでした。時には大きな忍耐が必要でした。

現地職員の国籍や民族、宗教もまちまちです。宗教的対立、国家の壁、多数派民族と他の民族との対立、部族対立、農村と都市の矛盾、急激な近代化と伝統社会との軋轢、拡大する貧富の差、そして「近代的先進国」を自負する日本・欧米諸国と途上国との矛盾―、 凡そ全てのアジア世界の対立と苦悩の構図を、私たち自身が引きずってきました。

この中で、異なる人々が互いに協力し合えたのは、おそらく私たちが「いのち」を尊び、人としての一致点を探る努力を怠らなかったからでありましょう。
私たちのささやかな確信と結論は、多様なアジア世界にあって、相互の相違を認め合いながら、人として共有できるものがあるという事実です。

昨今、日本で見られるように、国家的暴力行使が平然と是認される国際社会の風潮の中で、弱い立場のアジアの同胞は言葉を奪われ、心ある者は沈黙を余儀なくされております。自らのアイデンティティを喪失し、人としての誇りと平和な生活を奪われることは耐え難いものがあります。しかし、暴力によって立つ者が暴力によって倒されるのもまた、人類史の鉄則であります。

アジアの片隅で行われた私たちの小さな努力が、いかなる既成の立場も先入観も超え、共生と融和の新しい時代の流れを切り開く、一つの捨石となることを祈ります。
2003年7月30日
ペシャワール会現地代表
中村 哲



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