Top» トピックス» 掲載日:2024.2.14

―アフガニスタンの現状と
PMSの今(14)―

ペシャワール会会長/PMS総院長 村上優

はじめに
 2024年が始まったその日、能登半島地震が起きました。亡くなられた方、被災された方々を思うと言葉もありません。心からのお見舞いを申し上げますとともに、一日も早い復旧をお祈りいたします。
 私は現在、福岡のペシャワール会と勤務先の新潟県上越市の病院を行き来しています。上越の病院は、富山湾をはさんで対岸が能登です。大津波警報が出された直後、海抜6mにある病院では自力歩行ができない入院患者を必死で2階にあげる作業をしました。応援に駆けつけた職員が見たのは、近くの川を遡(さかのぼ)る津波でした。地震直後、能登からの情報が乏しかったのは、助けを求めることすらできない状況だったのでしょう。被害の深刻さを物語っています。

阪神淡路大震災、新潟中越沖地震、東日本大震災、熊本地震を経て、日本の緊急災害医療支援体制は整えられ、私の専門である精神科領域でもDPAT(災害派遣精神医療チーム)が結成されています。発災直後に院内では若い医師・看護師らで派遣準備が始まりました。派遣要請が正式に出たのは1月3日で、もどかしさを感じましたが、それだけ厳しい状況だったと思われます。
彼らに思いを委ねて、予定していたアフガニスタン訪問に出立したのは1月15日です。

深刻な3年続きの干ばつ
2022年12月に12年ぶりのアフガン訪問を果たしましたが、その後5回の訪問が実現しました。PMS支援室メンバーは通算して、1年間のうち6カ月近くを現地での活動に従事したことになります。タリバン政権が2021年に復活し、戦闘が無くなり、治安が安定したことが、訪問できるようになった背景にはあります。これが日本で報道されるアフガニスタンと実際に訪問して感じるアフガニスタンとの差異です。

 雨期であるはずのアフガニスタンですが、昨年11月中旬より2カ月近く雨は一滴も降っていませんでした。大気は乾燥し、リキシャ(三輪タクシー)や車の排ガスで、遠くの山は霞んで見えない状態です。降雪も例年よりはるかに少ないと報じられ、実際、山には雪がありません。3年続きの干ばつの深刻さは、容易に想像されます。
そのアフガニスタンにあって、ジャララバード周辺だけは麦の緑に溢れ、人々が行きかい、バザールは活気づき、物乞いも少ないように見受けられました。用水路がめぐっている地域は農業が安定しているためか、人々の生活もゆとりがあるように感じられます。

堰・用水路の現状
2022年春に完成したバルカシコート堰は、2度の夏を経て安定した様子でした。クナール河の本流も堰のある岸のほうに流れており、斜め堰、洪水吐き、土砂吐きが機能している様は、もう何年も経過したように見えて頼もしい限りです。

▼完成後2年目のバルカシコート堰


 マルワリードⅠ用水路の取水口は中村先生が生前計画していたように、3門から5門に拡張、コンクリート製の土砂吐きに改修されていました。会報119号(2014年)»で、中村先生はマルワリード=カシコート連続堰が完成した時のことを次のように記しています。
「現場職員は涙を流し、抱き合って喜び、互いに苦労をねぎらいました。みながこの連続堰の大切さを知り、一丸となって仕事に当たったということです。この瞬間に垣間見た輝きは、どんな対立も忘れさせる圧倒的なものでありました」
 ひとり静かに連続堰を見入っていると、中村先生が今ここに存在しているかのように感じられ、熱いものがこみ上げてきました。

▼3門から5門に拡張されたマルワリード用水路取水口


バラコットの小規模河川の灌漑工事も完工していました。ただ、川の水は少なく、たまに来る鉄砲水の土石流にどう対応するかなど、今後の課題はあります。水が運ばれてきた台地には大きな溜池ができて、これから耕作するエリアには区画の石が置かれ、試験的に流した水を頼りに播いた麦の新芽が出ていました。水番小屋の屋上から、これから緑となるエリアを見渡すと、夢がひろがります。

▼バラコット末端 貯水池
▼バラコット 溜池から灌漑予定地の台地へ水を導く
 ガンベリ沙漠を車で20分ほど奥に入った、ケシュマンド地域のイスラムダラ(渓谷)の灌漑に関しては、地元の長老3名と共に下見をし、堰堤や溜池の場所について意見交換や簡単な測量をしてきました。長老の一人は、麦播きをしたのは6年前が最後だったと語っていました。ガンベリ沙漠は比較的水平にひろがる大地です。山裾には巨礫きょれきがたくさんあり、いずれも水の流れで丸みを帯びていて、その昔は大きな流れがあったことが分かります。バラコットに比べて小規模な工事になる予定ですが、問題は山の雪がなく、今後いつまで水を得られるのかは予測不能で、時にくる鉄砲水に頼るしかありません。その意味では溜池(現地ではチェックダム=砂防堰堤)への期待が大きくなっています。

▼イスラムダラ 溜池の建設予定地を測量中
 一方、JICA(国際協力機構)がFAO(国連食糧農業機関)に出資しておこなうPMS方式普及事業は、FAOとPMSの意見の隔たりが大きく、工事の進め方への基本合意が作成できないままの状態が続いています。国連の常識、自立したNGOから見れば非常識という隔たりは、中村先生もしばしば言及されていました。

将来への希望
 ナンガラハル州政府を訪問した際に、州の経済局長(保健局・難民局なども併任)や知事からハンセン病対策への協力要請の話が出ました。ハンセン病根絶計画から中村先生の事業が始まったことを考えると、ジア医師や我々にとってもハンセン病対策への思いは大きく、対話は盛り上がりました。大規模に始めることは現実的ではありませんが、検討に値する事案で、将来への希望が私たちを暖かく励ましてくれました。

 1月28日、ジャララバードを出発する朝から、雨がシトシトと2カ月ぶりに降りはじめました。カブールでは雪に変わり、その後大雪が降ったそうです。2022年12月の訪問時も、帰国するその日に雨と雪が降り始めたのを思い出しました。アフガニスタンでは少雨や雪は「良い天気」というようです。