Top» 事務局からのお知らせ» 掲載日:2025.9.12

【配給開始❷】
9月8日ソウケイ郡調査と
9日ディワガルダラでの配給について

 9月8日、ダラエヌール郡で食糧の配給をする一方で2チームはクナール州ソウケイ郡の被災家族の調査と配給カードの受け渡し作業をした。

 9月2日の初回調査で同地のアンダラチャックカラとアミライカラの両集落合わせて73人が被災して死亡していた。PMSは集落で最も被害を受けた家族に支援をすることで調査を進めた所、死亡者を出した多くの家族がディワガルの谷の下流側に設けられたチャンベルキャンプに移動していた。ここで被災家族の代表に配給カードを手渡した。

 ディワガルの谷上流では同集落の殆どの家屋にひび割れが見られ、余震が続いているため住民たちは家屋の倒壊を恐れて畑でテント暮らしをしている。

 その後出会った村人が、「谷の最上流のチャラス村にはパシャ―イ族が住む3つの集落(600以上の家族が居住)があるが、そこにはある貿易商がブルーシートと2,000アフガニの支援をしたのみだ」と話した。チャラスは遠く既に正午を過ぎていた。しかしチームの一人が「今からチャラスに向かうには遅い時間だけど、ドクターサーブは、誰も行かないならPMSが行こう、誰もしないならPMSがしよう、といつも言っていた」と口にした途端に全員が立ち上がって上流へ向かった。

 途中から車の通行は出来ず歩いて上流へと進んだ。

 チャラスの一番目の集落に到着したが、家には女性が大勢いるためチームは家の中まで入れず外から観察をした。更に2つの集落への道を尋ねると当地にいたタリバンの役人2名が、「そこに行くには数日かかる、自分たちは地震直後に調査に行ったが村に寝泊まりをしながら4~5日かかって調査を終えた」と、道の険しさと調査が困難だったことを話した。結果、彼らが調査した書類から負傷者、死亡者、家屋や家畜の被災状況の情報から独自で配給の対象になる家族のリストを作成した。そして家族の代表に山から下って来てもらうことにした。これが最適な方法だった。山の民の足の強さは想像を超える。集まった2つの集落の村長たちの立ち合いのもと名前、被災状況を本人から聞き取り、情報が一致していることを確認して配給カードが配られた。

 ある家族の代表は9歳の男の子であった。大人は?とチームが尋ねてもうつむいて答えない。村長が、「彼の父親はきこりで、山で仕事をしている時にドローンに撃たれて死んだ。前ガニ大統領時代の事だ。そして今回の地震で兄弟が全員亡くなって母親と二人になった」と話した。

 調査を終えチャラスの3集落の127家族とアンダラチャックカラとアミライカラの73家族に配給カードを手渡し、調査チームは夜遅く憔悴しきった様相でジャララバード事務所に戻ってきた。

 調査チームの連絡を待ち、事務所職員たちにより配給物資がバザールからトラック3台に積み込まれ翌日9日にディワガルの谷の下流部チャンベルと谷の中央よりやや上流の場所で配給が実施された。チャンベルではPMSの配給物資の陰にしょんぼりと項垂れてしゃがみこんでいる8歳の子どもがいた。聞くと、両親と兄弟姉妹を亡くし彼と妹弟たちの5人になり、8歳のこの子が家族の責任者になったとのこと。まだ一週間ほど前の出来事である。彼にかける言葉もなく抱きしめるしかなかった。この子のために私たちは何ができるのだろうかと、頭の中で何度も何度も考えるが思考が先に進まない。

 配給時も余震があり、一度はドンと音がしたかと思うと下から突き上げるような振動を感じた。これ以上大きな地震が起きないことを祈るばかり。

明日13日は、ヌールガルの避難所に下ってきたアレクとシェマッシュの600家族に支援物資を配給するため準備が進められています。