2009年度の医療事業報告
及び2010年度の計画

ペシャワール会現地代表・PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
中村哲
ペシャワール会報104号より
(2010年07月07日)
2009年度について

1.基地病院譲渡

 ペシャワールPMS病院は、1998年4月、「恒久的な活動基地」と定めて困難の中で建設された。その後の展開―山間部診療所の維持、飲料水源確保、空爆下の食糧配給、用水路事業―などは、同病院の存在なしには考えられない。

 しかし、2007年頃から次第に情勢が悪化、爆破・誘拐事件と米軍の越境爆撃が急速に日常化する中、2009年7月、遂に地元団体への譲渡を決定した。この背景には、パキスタン側のアフガン難民強制帰還政策に加え、米軍とパキスタン軍の「テロ掃討作戦」拡大があった。一時は一週間の滞在許可しか貰えず、日本人職員はビザを取るため何度もカイバル峠を越えてジャララバードのパキスタン領事館とを往来した。周辺地域では、しばしば市街戦が展開、まともな診療ができない上、身の危険が迫ったと判断、11年3ヶ月間の歴史的な役割を終えた。日本には伝わらなかったが、あの情勢下で継続されたのは奇跡的だったというべきである。

 それでも、残るパキスタン人職員たちの士気は高く、イクラムラ事務長ら有志の必死の努力で現地組織を結成(TMS=Town Medical Services)、無事に移譲を終えた。2009年、裕福な市民たちがペシャワールを空けて次々と逃亡する中、留まった職員たちの覚悟は称賛に値する。2009年12月まで、ペシャワール会が運営費を出し、2010年1月から、完全に自主運営態勢となった。

2.ジャララバードの本部化

 これによって、PMSの活動はアフガニスタン一国に限定され、ダラエヌール診療所を守るのみとなった。らい(ハンセン病)診療が中断し、患者たちは行き場を失った。このため、特に東部アフガンから来る患者のために、小さな診療施設をジャララバードに置く予定であったが、用水路工事に忙殺され、09年度中は手がつけられなかった。

 09年度は、ダラエ・ヌール診療所で約40,000名が診療された。(下記表)。



2010年度について

 年度報告に述べた通り。農地開拓、用水路保全、排水路整備、浸透水処理、植樹、果樹園造成ら、まだまだ手が抜けない状態である。医療面ではハンセン病診療の場の確保が遅れているが、政情の変化を考慮し、急がない。


各診療所の診療数と検査数の内訳
国名 パキスタン アフガニスタン
地域名 ペシャワール市内 チトラール地域 ニングラハル州
病院・診療所名 PMS病院 ラシュト診療所 ダラエ・ヌール
診療所
総数
診療総数 25,587 - 41,495 67,082
外来総数 19,531 - 37,510 57,041
【内訳】
一般
18,743 - 37,510 56,253
ハンセン病 18 - 0 18
てんかん 11 - 523 534
結核 83 - 403 486
マラリア 676 - 1,258 1,934
入院患者総数 14 - - 14
【内訳】
ハンセン病
13 - - 13
ハンセン病以外 1 - - 1
外傷治療総数 1,158 - 2,237 3,395
手術実施数 0 - - 0
サンダル・ワークショップ供給 0 - - 0
検査総数 4,884 - 1,748 6,632
【内訳】
血液一般
1,590 - 0 1,590
尿 855 - 22 877
便 329 - 36 365
らい菌塗沫検査 14 - - 14
抗酸性桿菌 143 - 449 592
マラリア 529 - 1,211 1,740
リーシュマニア 50 - 30 80
生化学 227 - - 227
レントゲン 79 - - 79
心電図 15 - - 15
超音波検査 429 - - 429
心エコー 0 - - 0
病理組織検査 0 - - 0
体液(髄液・胸腹水等) 0 - - 0
その他 624 - - 624

※PMS病院は9ヶ月間の実績
※ラシュト診療所は、治安情勢の悪化のため診療活動停止

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