アフガンいのちの基金No.87
「第二期計画(緑の大地)の概要」

PMS院長 中村哲
2002年02月24日(日)


1.一般情勢とペシャワール会当面の方針

2月16日現在、ペシャワール会=PMSの8ヶ所の診療所は、完全に無傷で運営されている。東部山岳地域の3診療所は、月例の職員交代も遅滞なく行われたし、カブール5診療所に至っては、空爆下も敢然と業務が遂行された。幸い一人の死傷者も出さなかったが、2001年10月に始まったカブール食糧供給計画とあいまって、多くの貧困な市民層に安心感を与えた影響は大きかった。

 東京会議の開催は現地でも大きく報ぜられたが、現在のところ一般市民層の状態はほとんど改善されていない。カブール市内では多くのNGOや国連団体の事務所が軒を連ねているが、目だった動きは今のところない。本格的活動が始動するまで、なお時間がかかるものと思われる。現在のところ、総論があって各論がないのが現実である。カブールへの援助ラッシュの兆しはあるが、本格的に始まったものはほとんどない状態。当たった限りの外国人関係者によれば、どうすべきか模索中であるのが実情。また、たとえ始まったにしても、膨大かつ極貧の人口をケアできるとは思えない。巨額をつぎ込んで不発に終わった1988年のペシャワールの「難民帰還・復興援助ラッシュ」の時代に酷似している。この中において、ある程度の実力を発揮できるのは日本のODA(政府開発援助)をおいて他にないと判断される。

 しかし窮状からくる一般市民の焦りは覆いがたく、各地で国際治安支援部隊との衝突が発生している。市民の間で反英米感情は極めて根強い。また同時に、これまでの経緯から、国連組織やNGOへの不信は覆いがたい。ただ表面に知られないだけである。国家再建の中核たるべきカブール中産階級の大半がペシャワールに留まって、パキスタン側の安全圏で様子を見ており、未だに動く気配がない。

 カブールへの飢餓避難民は明らかに急増しており、社会不安を増す要因となっている。東北部のクナール州やニングラハル州の山岳地帯では、かなり大量のロシア製の武器(小火器)が出回り始めているし、麻薬栽培も公然と行われ始めた。アフガニスタンは1992年の振り出しに戻った。各地に地方勢力が割拠している。援助のタイミングを逸すれば、確実に混乱に拍車をかける。

 この中にあって、ペシャワール会=PMSは、事態は依然として「緊急期」だと判断し、当分(数ヶ月間)現在規模の活動を維持または増強させ、国際援助が本格化するのを見届けて、次の段階に進む予定である。但し、これまでの基本方針、
 1)アフガン東部・山村無医地区の診療
 2)ハンセン病および類似障害の診療
を崩すことはない。むしろ、これを機に強化発展させる。


2.医療関係プロジェクト

1.既設診療所の強化
 パキスタンとアフガニスタンの国交が回復するため、トルハム国境を越えることは容易になり職員の交代はスムースとなる見込み。国際援助がカブールへ集中すれば、ケアが行き届かない極貧地帯の診療所を残して、東部山岳地帯へ主力を注ぐ。
1)ダラエ・ヌール
 ダラエ・ヌール渓谷は旱魃対策と併せて、第二期計画のモデル地域となる。農業・医療・教育はもちろん、地域復興のインフラ整備に至るまで、かなりの規模を投入する予定(詳細別紙)。現診療所には、この復興センターの役目をも果たすため、日本から派遣される農業指導員や水関係者らも常駐し、更に手狭となる。増築工事を3月から開始する。診療患者数は、1日250名規模のこともあり、十分なケアができない。しばらく観察した後、2チーム駐留を検討している。

2)ダラエ・ピーチ
 ダラエ・ピーチ渓谷は長大で、人口も多い。数時間をかけて来る重症患者も珍しくない。このため、重症の者を一時置くスペースが必要。借家では今後が不安定であり、不便も多いので、約200メートル下流に移転予定。土地は地域の自治長老会が買い上げて、PMS(ペシャワール会医療サービス)に永久貸与を決定(広さ30x40メートル)。3月から工事開始予定。

3)ヌーリスタン・ワマ
 事情はダラエ・ピーチ診療所と同様。急斜面のため、普通の民家では補修など、維持が困難。これもワマの長老会が土地移譲を決定。3月から建築開始。

2.カブール診療所再編
 カブールの下層民衆の半数以上が、旱魃地帯からの避難民と考えられる。少なくともスラム地区において、彼らが現在、実質的に頼れるのはペシャワール会=PMSの5診療所のみだとして過言ではない。また、昨年3月以来、空爆をものともせず活動してきた実績によって、市民の間では絶大な信頼感があるが、ペシャワール会=PMSが単独でニーズを満たすことは不可能である。家賃の異常な高騰など、却って困難に直面している。
従って、元来のペシャワール会の目的を貫くために以下の方針をとる。
 
●今後数ヶ月間は緊急期の継続とし、現状維持か、薬品などの補給を増やして、診療数をむしろ増やす。
●中長期的には、組織的な医療支援が徐々に確立される可能性が強いので、一部診療所を安定継続してケアできる団体または日本のODAに手渡し、PMSは国際援助の届かぬ極貧地帯(ハザラ族居住地が多い)に集中。管理を容易にするため、事務所兼診療所機能を一本化して建設、今後に備える。バーミヤンへの道は自然に開かれると思われる。

1)公営診療所(ラフマン・ミナ、チェヘルストン)
 職員の士気は高いが、PMSと新政府の二重管理状態にあるため、管理上の困難に直面している。旧政権下ではPMSの希望によって人事が自由に采配できたが、それが出来ない。むしろ行政と交渉能力があって信頼できる第三者に任せ、その「パイロット・ケース」として運営する方が、市民にとってはるかに実りがあり、新たに援助に乗り出す側の「各論的な試み」としても十分質の良い支援が期待される。

2)PMS直轄診療所(ダシュテバルチー、カルガ、カラエザマンハーン)
 極貧の住民たちが十分楽に来れる地区にPMS所有の土地を得、新診療所を建設、直轄診療所の第二次施設とする。即ち、二次診療ケアを集中して行える中規模多科診療所(内科、小児科、特別皮膚診療科)とし、3診療所で手に負えぬ患者ケア、検査など診療設備を一括管理すると共に、事務所や薬品倉庫、派遣職員の滞在場所をも備える。

こうすれば、従来の目的に適う展望を得ることが出来、安定した長期の維持管理が可能である。つまり、
a)ペシャワールからの派遣職員滞在が困難でなくなる。家賃不要。
b)カブールで買い付ける薬品の安定供給・管理が容易。
c)ハンセン病診療をわざわざ掲げなくとも、かなりの患者のケアが可能。
d)カブールという地理的条件の良さ。行政側と連絡がとりやすく、バダクシャン、ワハン回廊へ将来進みやすい。バーミヤンからの患者も自然に集まる。今後も広大なハザラジャート山岳地帯に散開するのは無理がある。
土地はコシャール・ミナ地区付近に約2000平方メートルを購入、3月から設計をはじめ、四月に着工する予定。

3.東部の新診療所

 急がない。候補地はニングラハル州、クナール州のいずこかに置く。2002年度末までに一、二ヶ所を決定する。それまで、他団体の動き、政治動向を見ながら、頻回にフィールドワークを実施、偵察診療を行う。

3.農業関係プロジェクト

ニングラハル州・ダラエ・ヌール渓谷をモデル地区とし、試験農場(pilot farm)を置く。ペシャワール会から派遣される農業指導員が常駐して、住民の自給自足を目指して可能な限りの試みを行う。

 なお、同地区は1992年以来、ペシャワール会=PMSが早くから活動していた地域であり、旱魃被害が最も甚だしかった。人口約4万、ほとんどがパシャイー部族である。これまで多くの戦乱にもさらされたが、いかなる悪条件下でも活動を停止したことがないため、住民との絆が深い。我々にとって治安上最も安全であり、最貧困の農村地域の復興モデルには最適。これを「特別地域」とし、農業だけでなく、医療、教育など総合的支援を集中的に実施、アフガン農村復興のテストケースとする。

所在地 既に以下の土地を入手。2月14日、地域の長老会が決定。
カラヒシャイ村:約8000u、比較的水を得やすいが、水田は無理。
ブディアライ村:約8000u、甚だしい旱魃。現在緑化計画が進行中。
期間 2002年4月から実施。一期5年とし、それ以上もありうる。
内容 乾燥に強い作物の作付け、小麦など主要穀類の増産、その他必要なら家畜増産と配給、農業指導学級など。現場に即して責任者が自在に行う。土地所有=耕作者が行えるようになれば返還して、場所を変えても良い。
原則として維持不可能な機械力を投入せず、灌漑計画と連動して、自然に近辺の農民が模倣できるものが理想的。
その他 試験農場本部をPMS診療所に併設する。麻薬栽培は農場では禁止する。


4.水源確保計画プロジェクト

概ね、従来どおり。但し、以下の方針をとる。

1. ダラエ・ヌールを「特別区」とし、灌漑や井戸掘りを可能な限り地域内で独立して賄うが、ハンドポンプなどの機材搬送と据付などは優先的に速やかに行う。
2. 飲料水(井戸)の確保は、現在の守備範囲を拡大しない。ニングラハル州に限定する。3年間で同州全域で2,000ケ所目標とし、灌漑用水にも力を入れる。
3. 大口径ボーリング機械を導入し、公共性の強い地域(トルハム国境など)は積極的に給水事業まで拡大する。
4. ジャララバード事務所はPMS総合事務所とし、水・医療・農業関係の全てのPMS事業の連絡場所とする。各責任者は月報を送って事業の進捗をPMS統合事務所に定期報告、職員給与は全て事務所が直接支払う。事務所責任者は、ペシャワールから交代で派遣する。

PMSジャララバード統合事務所の機能
1)PMS病院直接雇用以外の、被雇用職員の給与支払い
2)PMS病院への連絡・報告
3)他団体・政府関係との交渉
4)不正の監視


5.緊急食糧配給の停止と代替プロジェクト

冬季の食糧配給計画は、PMS職員が空爆下でカブールに小麦1400トン、食用油2万リットルを配給し、5つのPMS診療所と共に、飢餓の市民たちに大きな励ましを与えた。しかし、タリバン政権崩壊と共に治安が悪化して、頓挫した。ニングラハル州全域で2月10日まで、食糧配給チームは危険を冒しながら村から村へと配給を続けたが、軍民の略奪に遭遇することが日常茶飯事となり、これを断念した。代替え案として以下を検討している。

1.女性のためのワークショップ (カブール)
 カブールは女性や子供の乞食があふれている。その多くは、1)内戦と空爆で夫や男手を失った家庭、2)旱魃による地方からの避難民で自活手段のない者で、多くは内心屈辱的であろう。

 国際的に非難が集中した「ブルカ」を脱ぐ女性はほとんどいない。彼女らにとっては、「女性の人権」や「自由とデモクラシー」よりも、その日の胃袋を満たす方が、はるかに緊急なのである。物乞いをするブルカの女性たちの傍らでは、欧米・日本のNGO、国連機関の豪勢な事務所が立ち並び、ま新しい車が往来し、銃座に砲口を備えた国際治安支援部隊の装甲車がパトロールしている。白人の兵士たちが警戒とも恐怖ともつかぬ、異様に鋭い目つきで群集を眺めている。何かが狂っている。緊急支援を掲げる団体でさえ、なぜ動きがつかないのか疑問である。
 PMSでは、主にこれら寡婦たちを対象に、手に職を与えて自活の道を開かせる試みを直ちに行う。
実施期間 2002年3月初旬から2年間。成功の兆しあれば、さらに拡大。
訓練期間 各被訓練者3ヶ月
方法 市内にワークショップの場所を設け、
1)ミシンを使って日常生活に必要な衣類、布団、カーテンなどの生産
2)手織りカーペット生産
3)庶民の使うベッドの生産
4)手作り石鹸の生産、などを行わせ、日当を給付する。これらはカブールの主婦たちが日常的に行っているので、多少の技術指導を行えば容易である。卸販売ルートはPMSが準備確保して、品質を選び、利潤があれば生産者に還元する。これは直ちに実行できる。貸与されたミシンなどの道具は、訓練後に供与して自活を図らせる。
初期投資
維持費用
衣類やカーペット、布団などの生産は容易である。訓練所1ヶ所につき、投資を含めて年間350万円
約200名前後の女性たちが手に職をつけることができる。
数ヶ所で始めて徐々に拡大する。生産品の多くは庶民の必需品であるから、規模が拡大すれば、国際NGOのラッシュで異常に高騰した物価をダンピングさせうる。二重の効用が期待される。残りの食糧配給予算(約5,000万円)をこれに投入する。


2.食糧配給計画ストックの整理
 「いのちの基金」呼びかけで、4,500トンを買い付け、1,400トンを空爆下のカブールに搬送、カブール陥落の寸前(11月13日)までに約1,300トンを配給。その後東部の飢餓地帯へ残余の配給を行った。しかし、治安の悪化で2月9日に計画を中止、最終的に余った約20トンと食用油については、多少の豆類やミルクを混ぜて約1万パックを作り、PMS診療所にやってくる栄養失調の児童や妊婦に「薬品」として与える。


3.道路整備−公共的事業による失業者の救済
 ジャララバード=ダラエ・ヌール間の道路は最悪。将来的に換金作物が都市部に速やかに届かねば、貧困地帯の麻薬栽培はなくならない。タリバン政権下では、麻薬栽培が禁止され、同渓谷から一時完全に消滅した(1996−2001)。しかし、タリバン政権消滅に伴う「自由」によって、大手を振って復活しつつある。PMSの農業計画は、麻薬問題とも無関係ではない。
  そこで、PMSは、ダラエ・ヌール=ジャララバード間の40キロメートルを舗装し、飢餓に悩む住民から労働力を募り、日当として食糧を与えることも考慮している。現在市場に小麦が出回り始めたため、現金で支払い得る。
 尤も、カブール=ジャララバード間約100キロメートル前後がアフガニスタン中、最も重要な大動脈で、この舗装が完成すれば、6時間を2時間半に短縮、通商上でも治安上でもその価値は計り知れない。これを手がけたかったが、予算上手が出ない。これは既に国家事業である。
 タールの入手が直ぐには困難であるから、完全な舗装はできないが、救貧事業としては適切である。やるなら早めに目途をつけて実施、食糧予算から支出する。但し、業務上余裕がなければ中止、1.と2.で述べたカブール救貧事業と栄養失調児童のケアに限定する。

以上


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