「緑の大地計画」の最大懸案に見通し
――たびたびの大洪水の中、事業は多様かつ大規模に

PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
ペシャワール会報117号より
(2013年10月9日)

皆さん、お元気でしょうか。
今夏の帰国は長く、暑い2ヵ月が過ぎようとしています。留守中、現地では大洪水の後始末が黙々と続けられていました。
今秋も例年のごとく、河周りの工事が目白押しです。最大のものは、何といっても「マルワリード=カシコート連続堰」の完成です。昨冬基礎工事を終えたものの、今夏の大洪水の影響で、かなりの修正を迫られそうです。これは良いことで、洪水通過を十分に考慮し、丈夫で長持ちするものが出来ると思います。
この半年を振り返ると、仕事は更に多様かつ大規模になっています(表参照)。上半期を見ると、カシコート、ベスードの護岸工事(改修)、カマ第一取水堰のかさ上げ、ベスード第一堰改修が洪水後に行われています。こうして、堰や護岸も年々強靭になっていきます。

シギ地域の安定灌漑
2012年3月に始められたシギ分水路(洪水路横断サイフォン260mを含む約2km)が去る7月に開通、約1年半の小さからぬ仕事となりました。同工事区間は鉄砲水の通過地点が至る所にあり、最終的に大小7ヵ所のサイフォン建設を含む難工事となりました。(写真シギ・サイフォン)

シギサイフォン。小さいが手間がかかる。しかし恵みは大きい

これは事実上、「マルワリード用水路延長」と呼べるもので、シギ村落群下流域約1000町歩を潤し、不安定な灌水を解消し、安定した農業生産を約束しました。
これまで同地方は、既存のシギ用水路の取水量を調整できず、過剰送水で上流側の湿害が起こるため、農家は途方に暮れていました。今秋にシギ取水堰改修と水門の基礎が成れば、上流側の悩みも解決、シギ地方全域で安定灌漑を保障、シェイワ郡全域の灌漑計画が終局に向かいます。

「連続堰」とカシコート用水路
カシコートでは連続堰の基礎を終え、6月には既存水路への送水を実現しています。
今冬には一気に堰を完成させ、「緑の大地計画」の最大懸案に見通しをつけたいと思っています。2010年を超える今夏の大洪水で、小さな変更はありますが、ほぼ予想通り機能することが分かりました。8月下旬、増水時の山田堰を日本でつぶさに観察でき、確信を深めました。
連続堰の基本構造は、ちょうど旧大石堰・山田堰をつなげたような平面形状です。堰長505m、堰中央に2本の「舟通し」を造れば、完成します。
主幹水路(約1.8km)の上段施工も進み、今秋から用水路沿いの植樹が始まります。調節池は七月に完成し、まもなく既存水路との連結部(サイフォンなど)の本格的な施工が行われます。

数年をかけ幅を広げる予定のカシコート既存用水路

安定灌漑と稲作事情
問題になったのは、既存水路の送水可能量が小さいことです。取水量毎秒4〜5立方メートルに対し、1.5立方メートル以下です。順番制で小麦や野菜は何とかなりますが、稲作は上流の村で終わってしまいます。
麦作だけでは土地が荒れるので、連作できる水稲栽培を何とか全域で実現したいところです。現地の人々はコメが大好きですが、これまで不安定な灌漑で思うように作れませんでした。単に水不足だけでなく、必要な時に必要な水量が得られなかったのです。コメは初秋まで田圃に十分な水を張っておかねばなりません。それが今まで不可能でした。小麦もそうで、雨の少ない現地では、熟成前の数週間に降雨がないと、収穫は一撃でダメになってしまいます。
しかし、安定灌漑で必要な時に十分灌水し、稲作ができるようになると、事態は一変します。コメは連作が可能で、栄養価も高い上、水田は土地を肥やします。小麦に使う肥料も著しく減らすことができます。
現地の食糧事情を考えると、これは大きな出来事です。農業生産は、飛躍的に増加します。同じ面積の耕地で、何倍もの人々を養うことができるのです。
また日本と違って、普通の農家は化学肥料や殺虫剤をほとんど使いません。買うカネがないこともありますが、現地品種は発育が旺盛で、強烈な日光の殺菌力も手伝ってか、思ったより病害虫に強いのです。

既存水路の拡張計画
このような事情で、PMSは現在、住民と協力して既存水路の拡張、水稲栽培の拡大を計画しています。測量では、主幹水路約1.8kmに加え、約9.5kmを拡張すれば、カシコートの人口が集中する大半の地域を豊かにできると考えています。 こちらの事業は、PMS=ペシャワール会単独事業で数年をかけて進め、せっかく難工事で得た取水設備を生かしたいと考えています。これについては、十分な立案の後、次号でお伝えしたいと思います。

揚水水車設置
これも長い宿題でしたが、マルワリード用水路沿いで1号機が今秋、設置されます。先ず1ヵ所・1基で実現し、有効であれば2連、3連水車を検討します。
6月に行った試験では、直径4mの水車で、水面から3m高い土地を潤せ、1基で1日約300トンを汲み上げることができます。水稲はさすがに無理ですが、小麦や野菜なら1基で数十町歩を潤せます。
現地では木材が高価なうえ、耐久性に劣ります。そこで、木製水車と重量を同じにし、全て鉄とジュラルミンを使用、PMS事務所が制作しました。腕の良い溶接職人と修理工に作らせたものです。ここまで半年、本体はできましたが、周辺の堰上りによる影響、水路の洗掘を考え、軸受けや水受けのしっかりしたものを置かねばなりません。今秋は用水路内に基礎を施し、やっと設置できます。
これは、用水路保全に村人を協力させる意義もあります。水の恩恵を受けぬ村は、当然協力しないからです。技術的には、改良を重ねながら、次第に優れたものになってゆくと考えています。
こうして、まるで賽の河原のようですが、大小の努力を積み重ね、少しずつ緑が増えていきます。

試験設置した水車。設計は朝倉の水車に基づいている

今、世を見渡せば、「収穫は多いが、働き人が少ない」というのが現実です。意外に思われるかもしれませんが、恵みは溢れているのに、それが見えにくい世界になっている。そんな気がしています。
確かにアフガン報道を見る限り、爆破事件や欧米軍の撤退、政治的かけひきなどの話ばかりで、絶望的にさえ思われます。しかし、少なくとも私たちは、希望を以て歩んでいます。
30年もの長きにわたる支えに感謝し、今後も「働き人」であり続け、喜びを分かちたいと思います。
皆さんもどうぞお元気で。