シギ堰取水口消失、カマ第二堰全壊
〜恐怖と重圧の中で黙々と作業 窮乏は依然として進行〜

PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
ペシャワール会報118号より
(2013年12月11日)

過去最大の洪水
皆さん、お元気でしょうか。
当地は寒くなり、河の水位が急に落ちました。つい最近まで洪水の濁流と格闘していたのに、今度は渇水との戦いです。
しかし、河川工事は今が黄金のタイミングです。例年のことながら、11月になって、俄かにめまぐるしい日々が続いています。今年は過去最大の洪水に見舞われ、その後始末と共に、新たな取水堰の完成をめざし、多忙な毎日です。
洪水の爪痕が水位の低下と共に明らかになり、さすがに戦慄しました。今冬予定したシギ堰・取水口が基礎地盤もろとも消え、力を注いできたカマ第二堰が全壊に近い打撃を受けました(会報116号8頁参照)。一時は住民が不穏、村落同士の水争いが頻発し、これを鎮めるためにも、PMSは復旧作業に全力を傾けました。

カマ郡は今や30万人以上を擁する東部最大の穀倉地帯、修復に全力を投入しました。シギ地方は気の毒で、取水口から流域約5kmにわたり、耕地幅数百メートルが河の藻屑と消えました。従って、今冬の「シギ堰・取水口建設」の予定はなくなり、住民の動揺は大変なものでした。でも良くしたもので、マルワリード用水路の延長(シギ分水路・約2km)が完成しており、これが命綱となりました。用水路全体の保全と管理を強化して全開で送水、何とか安定灌漑を維持しています。現在、小麦の播種は、以前よりもスムースに全域で行われ、住民は胸をなでおろしています。

用水路を造るのは簡単ではないが、維持はもっと努力が要ると力説(定例浚渫行事)2013年10月

30数万農民の自活保障
こうして、現地と日本側の並々ならぬ協力で、少しずつ回復してきています。
11月中にはカマ堰が二ヵ月の難工事の末に復旧、マルワリード=カシコート連続堰は決壊部分を修復・強化し、今冬中の完成が確実となりました。この連続堰が、「緑の大地計画」の大きな山だと再々述べてきた通りです。カシコート側だけでなく、マルワリード側の安定灌漑が実現すれば、渇水の恐怖から免れるからです。一昨年10月からの気の長い努力で、全力が注がれてきました。成れば、両岸約五千ヘクタール以上、三十数万農民の自活が保障されます。シギ地方が同用水路に全面依存するに及び、重要性を更に帯びています。

(クズカシコート灌漑)既存水路との連結ルート


年々崩壊が進んでいたマルワリード堰先端

川との折合い
11月下旬、同連続堰の河道整備が進み、最後の難所に差しかかりました。崩壊したマルワリード堰の先端です。詳細は別に報告しますが、その時の喜びと興奮は、例えようのないものでした。
幅50メートルの河道の直下が滝壺のようにえぐれ、年々崩壊が進んでいました。ここを失えば、心血を注いだ用水路全体が干上がり、再沙漠化する――これが長年の恐怖と重圧でありました。それが今、各河道の流量を調整し、カシコート側からの交通路を確保、悠々と巨礫を大量輸送、抜本的な改修ができる。当面の不安にとどめを刺し、河との折り合いがつきます。
冬の清流が落差3メートルの急流を作り、巨礫に激突して真っ白な水しぶきを上げる。それは暴れる巨大な白鯨のようです。河を宥め、人々に安堵をもたらす。これほどの緊迫は最近あまりないことです。

シギ地方の命綱となった分水路

畏れるのは天と良心のみ
現場は気を引き締め、ジャララバード事務所は、ジア先生を筆頭に現場を頻繁に訪れて激励、悪路をものともせず、遅滞なく資機材を送ります。
カシコート自治会は、対岸の戦闘地に神経をとがらせ、「作業地に着弾すればカシコート30万家族を敵に回す」と檄をとばし、両軍の戦闘員に圧力をかけます(実際は数千家族ですが、多数を「30万」と表現します。また、貧しい寒村は、両軍に出稼ぎ傭兵を送って生計を立てざるを得ない事情があります。戦の圧倒的犠牲は、貧困にあえぐ者同士が戦わされることによります。「故郷で耕して生きられるなら、兵隊や警官にはならない。」みな、そう言います)。
この事情で、天と良心以外に、何を畏れるものがありましょう。数百名の作業員は迷いなく、みな心をひとつに、黙々と作業が進められています。
連続堰完成後は、カシコート全域(2700ヘクタール)の安定灌漑を目指し、PMSは9.5kmの主幹水路延長と拡幅を決定、去る11月20日、PMS=ペシャワール会の仕事として、6年がかりで実施することが住民との間で話し合われました。

窮乏は依然として進行
最近、日本の皆さんから「用水路ができて緑がよみがえり、多くの人が帰農して良かったですね。まだやることがあるのですか」と、しばしば尋ねられます。
実はアフガン全土で農地の乾燥化と農村の窮乏は、依然として進行しています。政治的混乱も、収まる気配がありません。報道が消えただけなのです。
PMSは現在、マルワリード用水路建設に一応の区切りをつけ、新たな挑戦を続けており、東部の穀倉地帯・ナンガラハル州北部三郡(65万人)全体の安定灌漑をめざしています。取水堰の新設や改修がその最大のカギです。
この数年、大半の時間を川辺で費やしているのはこのためで、貧しい農村にとって、近年の気候変化に対応して生き延びる道は、これ以外に考えられないからです。
確かに政情は絶望的で、ニュースを追う限りは、元気の出ないことばかりです。アフガンと言わず、日本国内、いや身の回りでもそうでしょう。でも、現地に居て確かなことは、地味とも思われがちな相互の思いやりこそが、辛うじて世界の破局を食い止めているのだと思い当たります。
明日の糧も分からぬ人々にとって、無数の議論より、一片のパンを与える行為の方が、どれだけ温かい励みになるか計り知れません。
私たちの活動は、更に規模を広げながら、営々と続けられています。みなさんの心ある支えで30年を経過、かくも長く希望を分かち合えたことに感謝し、今後も更に大きな実りと平和を目指して、変わらぬお支えを切にお願い申し上げます。
良いクリスマスと新年をお迎えください。
2013年12月
ジャララバードにて


マルワリード=カシコート連続堰と河道の最終位置

6月から洪水が頻発し決壊した既存用水路。ナンガラハル州南部農業にとって壊滅的打撃となった/2013年8月