予期せぬ洪水に、迷いなく全力投入
―技術を絶対視せず、忍耐を重ねて自然と共存

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報126号より
(2015年12月2日)
皆さん、お元気でしょうか。
現在、マルワリード用水路の更に下流にある「ミラーン堰」(灌漑面積1,100ヘクタール、約4万人)の建設に忙殺されています。着工から1年、今春までに、取水口近傍の村落を保護する堤防をかろうじて築き、臨時の取水堰を作りましたが、予期せぬ洪水で地形が変わり、大幅に設計を変えています(* 会報掲載のカラーページ参照。HPには未掲載です)

今年2月の「真冬の大洪水」の突発、7月の熱波に続く集中豪雨で堰が機能を停止、予想を超える大きな工事になっています。他方で干ばつはなお進行中、飢餓人口が増え続け、国民の4分の1の760万人以上が飢餓線上にあると言われています。
PMSでは、「戦より食料自給」を掲げ、灌漑設備の充実による飢餓対策を各方面に訴え続けていることは、これまで報告してきた通りです。

大洪水と地形変化
ミラーン護岸溢水寸前。7月16日夜半から17日未明にかけて突然集中豪雨が各地を襲い、クナール河流域で氾濫が発生した。
しかし、大河を相手の仕事は、計画通りに進まないことの方が多く、自然は制御できないことを思い知りました。
クナール河沿いの作業地は、急流の大河です。問題になってきた新局面は、洪水流に伴う砂州移動や河道の変化でした。

技術的には、昨年度に竣工したマルワリード=カシコート連続堰の完成度が高く、「現状では適正技術」と宣言し、「PMS方式(斜め堰)の拡大による農村救済」を提唱した矢先でした。そこに今回の災害です。一筋縄ではいかぬことが分かり、出ばなをくじかれた思いでした。これでは「緑の大地計画」が掲げるモデル地域が、モデルでなくなってしまいます。
8月の第二波の大洪水で3km上流に分流が発生すると、作業地では、7月の第一波で溢水寸前まで迫った河の水位が一転、今度は異常に低くなり、一時は流域の渇水さえ危惧されたのです。

1年前の着工時は、浸食される村落を目前にしつつ、堤防約3kmの護岸工事で精力を使い果たし、堰造成を楽観視していました。そこに来た大洪水と地形変化は、さすがに絶望的で、まるで底なし沼に引き込まれたようでした。ミラーン堰をめぐる一連の建設過程で、世界観が変わってしまったようにさえ思われました。
だが川の流れは、そんな人間の感情など頓着しません。次々と新たな対応を迫ってきます。既設の取水口や護岸線も、あちこちで緊急の改修を余儀なくされました。営々と築いてきた取水堰の、流域60万農民はどうなるのか。どの思いと気迫だけが皆の胸の内に生きていました。

ミラーン堰平面図―土砂堆積を軽減するため3ヵ所(2ヵ所はコンクリート仕様)に土砂吐きを設け、交通路も確保する
不思議なほど迷いなし
そうするうちに秋が来ました。水が引いた状態で、濁流に覆われていた河川敷が露わになると、変化した河道や砂州がくっきりと見えます。やっと再設計の測量が始められたのは、9月も下旬のことでした。
その結果、堰造成は、予定した堰幅200mから450mに延長、3つの砂州にまたがる大工事となりました。その上に、上流の措置、既設の各取水口の改修、マルワリード用水路・沈砂池の再建などを余儀なくされています。

それでも、果たして出来るのかという迷いは、不思議なほど現地にはありません。
「他に方法がなければやる。それで失敗すれば神の思し召し」という達観があるからで、全地域農民が祈る中、粛々と仕事が進められています。

ミラーン護岸始点から上流側に石出し水制を5基造成した。洪水後、水制間に膨大な砂が堆積し樹木の後ろを走る国道を保護している。
山田堰の土砂吐き(余水吐き)
自治性の伝統
なかなか伝わりにくいのは、アフガン農村に国家管理を拒む自治性が強く、政府の側でも公共事業をまともに執行できる予算や組織がないことです。支配も受けつけない代わりに、地域のことは地域自ら行うという体質です。

職員たちを工事現場を見回る中村医師
取水堰は日本の近世に完成した「斜め堰(福岡県朝倉市)」の構造を取り入れ、現地風に焼き直したものですが、おそらく200年以上の昔、飢饉や一揆が日常であった時代、わが国の農村も似たような状態であったろうと想像しています。知れば知るほど、先人たちの知恵と忍耐に驚かされます。
その偉さは、堰の設計と工事を自ら行ったというだけではありません。改修を村民自らが行い、用水路という自らの生命線を200年以上、維持してきたことです。

とすれば、私たちも似たような苦労をたどっていることになります。一時帰国時に、山田堰土地改良区や河川・灌漑方面の厚意で、改めて土砂吐きの構造を見学できました。細かい点は割愛しますが、見事です。土砂堆積を避け、上下流に影響を与えない工夫がきちんと凝らされています。

しかし、それ以上に、「壊れなければ強くならない」という、地域に遺された言葉は、胸を刺すものがあります。技術を絶対視せず、自然の中で人間の分を弁え、忍耐を重ねて共存していくことです。近代で置き去りにされた先人の謙虚な逞しさが、ここにあります。この点こそが、はるかアフガニスタン東部の農村事情と直結し、水利施設を維持して郷土を護る力になるのだと思いました。

生きるための戦い
かくて川沿いの寒風を衝き、工事は続けられています。私たちが掲げるのは、生きるための戦いです。巷ではテロや空爆、難民の噂が絶えませんが、私たちは「対テロ戦争」などという、おぞましい戦列には加わりません。それこそが果てしない暴力の応酬を生み出してきたからです。

水が善人・悪人を区別しないように、誰とでも協力し、世界がどうなろうと、他所に逃れようのない人々が人間らしく生きられるよう、ここで力を尽くします。内外で暗い争いが頻発する今でこそ、この灯りを絶やしてはならぬと思います。

今年もいろんなことがありましたが、変わらぬ温かい祈りと支援に支えられ、現地は希望をもって歩んでいます。困難な事情にもかかわらず、ここまで来れたことを感謝します。日本も大変ですが、どうぞ工事の成功をお祈り下さい。
良いクリスマスと正月をお迎えください。
2015年12月 ジャララバードにて