飢饉が確実視される中、PMS作業地では作物の増産
―ミラーン堰は事実上完成、ガンベリ農場も合法的所有

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報127号より
(2016年4月13日)
みなさん、お元気ですか。アフガニスタンは春分を控え、日に日に暖かくなっています。用水路沿いの柳の新緑が鮮やかです。増水が間もなく始まり、河川工事が一息つくことになります。

異常気象と飢饉
ここは冬が雨季で、例年なら高山に雪が積り、低地は湿気を帯びます。積雪は貯水槽で、その年の川の水量を決めると共に、低地の雨は主食の小麦の収穫を保障します。
しかし、今冬は異例の少雨でした。東部では、冬中を通して、わずか1週間前後の雨しか降らず、天水に頼る麦作が全滅しました。河川も異常に水位が下がり、細々と川の水に頼ってきた地域も取水できず、灌水を諦めた地域が沢山ありました。飢饉が確実視されています。

しかし、PMSの作業地では、カマ第T堰で臨時塞き上げを余儀なくされたものの、総じて良く機能しており、渇水を乗り切りました。このため、ナンガラハル州北部ジャララバードは民心が安定し、人口が爆発的に集中しています。北にあるクナール州は飢饉が広がり、土漠と化したナンガラハル州南部、スピンガル山麓では外国から来た武装グループが跋扈、市内に難民が急増しています。

ここ数年の洪水で殆ど壊滅した既存の取水堰と取水口。ミラーン堰上流対岸(2016年2月17日)
この中にあって、PMS作業地周辺では、農業生産が増しただけゆとりがあり、多くの難民に職を与える場にもなっているようです。沿道には所狭しとバザールが広がり、野菜果物などの農産物が売られています。人々が行き交い、降ってわいたような賑わいが到る所で見られるようになりました。「もしここが沙漠地帯のままだったら、大混乱だったろう」と人々は感謝します。このところ、以前のようにパキスタン側へ難民化することさえできない状態が続いているからです。

河から人里を見る視点
完成したミラーン取水口。水量は豊富に取れ、予定の1,100ヘクタール以上を潤せる(2016年2月)
これまで報告したように、「緑の大地計画」は、「2020年までに安定灌漑地域16,500ヘクタール(65万人)」を目標に掲げ、努力が続けられています。現在JICA(国際協力機構)共同事業で建設中のミラーン堰が完成すると、その約90%以上をカバーすることになります。
ミラーン堰は事実上完成し、今年秋に全作業を終えます。着工以来1年半、苦難の連続でしたが、職員・作業員たちの根気と気力で乗り切ろうとしています。

河川は何が起きるか予測がつきません。昨夏の大洪水で上流に大きな支流が発生、対岸村落の数百ヘクタールが耕地を失った上、主流が二分されて建設中の堰に十分な水量が来なくなったのです。このため、低水位の冬を待ち、分流をしめきって水量を回復しました。このしめきり堤建設がまた、泥沼の難工事となりました。上がってくる河の水位に焦りながら、現在約2kmに及ぶ堤防建設が続けられています。

取水堰の建設は、周辺河川の治水、洪水対策と切り離せません。日本では、河川局と農政局が協力し、この種の工事が行われますが、現地では、そういった行政組織そのものがまともにありません。また、この情勢下で、当分実現する見通しはないと思います。いきおい、自分たちで地域行政や自治会と力を併せてやらざるを得ません。
この辺りが、日本側で理解されにくいことの一つです。しかし、逆に言うと、国家間援助が機能しにくいが故に、地域に根ざす私たちの役割があるのでしょう。

今回のミラーン堰建設は、様々な教訓を残しました。技術的には、急流河川の治水=河道整備と適切な護岸です。今まで人里から河を見てきましたが、河から人里を見る視点です。今回の事業で更に鍛えられ、私たちなりに一つの適正技術が確立されたと考えています。

現在進行中のミラーン堰上流のしめきり堤護岸工事で広大な地域に恩恵が及ぼうとしている。ミラーン護岸堤防を加えると4,680mとなり、PMSにとっては記録的/
右下写真:しめきり堤。嵩上げと同時に石出し水制(30基以上)で根固めを施す
広域普及と訓練所設立
コーティ、タラーン、カチャラ、ベラの各村自治会代表らと会議。写真右列奥に中村医師、その隣にはジア医師等PMS職員達(2016年2月18日)
「地元で維持可能」、「現場主義」と口で言うのは簡単ですが、実際に手を染めれば、相手は大自然と、日本人になじみの薄い風土や文化、そう思い通りにはいきません。近代的な都市空間で暮らしていると、ますます自然から遠ざかり、ことばや情報だけで事が進むような錯覚に陥ってしまいます。日本だけでなく、ここアフガニスタンも同じで、「取水堰の重要性」を理屈で納得してもらうのは5分で済み、取水堰を作るのは5年以上かかります。PMS方式の取水技術を他地域へ普及する模索が始まっていますが、技術者らを講義ではなく、現場作業で長期的に育成する方針です。

とはいえ、他の地域では農地荒廃の進行が予想以上に早く、見るに忍びないものがあります。PMSは、これまでの行きがかりを捨てて、心ある全勢力と大同、当面は訓練所設立が課題になっています。その教材の一環として、PMSの灌漑技術を紹介する書籍の出版や、斜め堰の模型製作なども計画されています。

しかし、この動きに関連して、殺人的な渉外・事務処理に追われてきました。それも緊急工事に忙殺される中です。この方面で日本側の協力がなければ長続きしないことを身にしみて痛感、その目的で最近日本側で発足した「現地支援室」(仮称)の充実が、今後のカギを握ると見ています。

第二マルワリード用水路(対岸への展開)
また、今回の事業は、計画地の中で残る聖域であった対岸地帯へのアプローチを容易にしました。この地域を今秋着工の予定地に選び、対岸4ヶ村(約3万名・耕地面積850ヘクタール)の復興を手がけます。おそらく、マルワリード用水路建設に次ぐ大工事になります。同時にカシコート用水路9,8kmの建設、ガンベリ地域の排水路網の建設を進めます。
かくて「緑の大地計画」は、長い仕上げ段階に入ります。詳細は追って紹介します。

マルワリードU計画地域全体図(2016年2月)
無条件に現地の生命を考える
「日本が困っているのに」と批評する声、逆に平和運動の一環と見なして支持する声も聞きます。だが、逃げ場のない現地の人々の生命を無条件に考える評者は、少なかったと思います。この火急の折、つまらない争いや議論に巻き込まれず、着実に歩みたいと考えています。健康な者に医者は要りません。本当に窮している今でこそ、力添えが必要だからです。

殺伐な話が多い中、ここには希望と人間らしい喜びがあります。困った人々を救済するという美談ではありません。私たちもまた、人の温もりに触れ、自然の恵みを知り、生きる気力を養ってきました。
皆様の協力なしに、本事業はありませんでした。変わらぬ温かいご関心に感謝し、引き続き、力を尽くしたいと思います。
平成28年3月 ジャララバードにて

ガンベリ農場 合法的な所有なる
ガンベリ農場の土地貸与契約成立(2016年2月20日)
追伸。
「自立定着村構想」は、行政側の新規定で方針を変え、その第一歩として、「ガンベリ農場の合法的所有」が、この3年間の最大懸案でした。最近、ペシャワール会や大使館初め、各方面の協力を得て、落着いてきました。去る2月20日、カブール政府の土地管理局で署名式が行われました。

これによってPMSは自立と存続の基礎を得ました。ジア先生以下、地元の努力は大変なもので、血のにじむようなやり取りでしたが、220町歩を合法所有、20年間自由に農地として使え、PMSが続く限り20年毎に更新できます。小生はそんなに長く生きませんが、モデル農場は、職員の自活だけでなく、きっと地域の農業振興の上で、大きな働きをすると思います。今後の焦点は、いかにPMSを継続させるかになってきました。
先ずは、感謝を以て、お伝えします。
ガンベリ沙漠に建設したPMS農業事務所。職員と地域の作業員、そして無数の協力によって造られた(2016年3月17日)
主幹排水路着工式の祈り。シギ村(2016年3月1日)