甦る緑の大地
PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
中村 哲
ペシャワール会報86号より
(2005年12月07日)
変わらぬ「アフガン問題」
水路沿いの柳並木は緑が鮮やかです(2005年8月23日撮影)
みなさん、お元気でしょうか。
今年もいろんなことがありましたが、アフガニスタンは相変わらず、波乱含みです。

偶に日本に帰ると、「もう現地はおちついたんですか」と、よく訊かれます。私がびっくりして、「とんでもない。ますます悪くなっている」と答えると、相手も驚きます。「4年前までのタリバン政権時代のほうがマシだった」と言えば、もっと驚かれます。果ては「テロリストのシンパ」などと怪しまれても困るので、それ以上は話さなくなりました。

世の話題は移ろいやすく、ニューヨークのテロ事件直後、あれほど官民上げて騒がれた大事なことも、まるで嘘のように水に流されてしまったようです。しかも、誤解や偏見を残したまま、漠然とした不安と危機感だけが残り、猛々しい防衛論や、平和憲法の改正論がもっともらしく横行するのを観るにつけ、寒々と致します。世の中には変えない方が良いものも沢山あり、やたらに改革すれば幸せになるとは思えません。

地元民により整地が進み、砂漠化していた。600ヘクタールのうちが復活しつつある。(2006年1月4日撮影)
さて現地では、米軍や外国駐屯軍への襲撃は増える、難民の数が減らない、治安は悪い、旱魃は続く、対日感情は悪くなる、人々の暮らしはちっとも良くならない。事実を述べれば余り明るいことは少ないです。おまけに、今年は大洪水と地震が加わり、踏んだりけったりです。

4年前、タリバン政権が崩壊して「アフガン復興」が話題になったとき、「アフガン問題は忘れ去られるだろう。しかし、われわれの方針はこれまで変わらなかったし、今後も変わらないだろう」と述べました。事実、パキスタン在住のアフガン難民の数は当時200万人、このうち百数十万人がその後1年で帰還したと伝えられたにもかかわらず、今年の報告では、「今なお300万人がいる」(UNHCR=国連難民高等弁務官事務所)と、不思議な数が報告されています。

「アフガン問題とは、政治や軍事問題でなく、パンと水の問題である」。アフガン空爆の折、私たちは声を大にして叫び続けてきましたが、遂に大きな問題としては知らされませんでした。
旱魃は、明らかに年々悪化の兆しを見せています。国土の8割以上を占める農村地帯で、自給自足の村々が確実に消えてゆく。村に住めなくなった人々が職を求めて大都市にあふれ、さらにパキスタンに難民化する。この構図は少しも変わっていません。

実は「アフガン再建」はこれからなのです。しかし最早、議論に厭きました。この中で、「誠実に救援活動を継続するだけではダメだ」という意見も耳にします。確かに、現場にいて様々な現実を目の当たりにすれば、一種の焦燥感と悲憤に駆られます。おそらく、「テロリスト」たちも、この現実から無数に生まれてきます。偏見のない報道や、「貧困キャンペーン」など、正しく現実を伝えることも大切でしょう。でも、せめて手の届く範囲くらいは力を尽くして周りを明るくすることは出来ます。私たちPMS(ペシャワール会医療サービス)は、無い知恵をふりしぼり、変わらずに活動を続けています。

600ヘクタールの灌漑を達成

H2地点の作業風景(2005年11月28日撮影)
今年の大きな出来事は、予定14キロメートルの用水路のうち、9キロ地点までを仕上げ、5月までに600ヘクタールの灌漑を達成したことでした。
起工式以来2年、それも予定送水量、毎秒8〜10トンのうち、約8分の1の量で出来たので、数千ヘクタールの灌漑は現実の目標となりました。地元民、現地職員、日本からの有志が一体となり、文字通り泥まみれ、汗まみれで行われ、目前で砂漠化した田畑がよみがえってゆくのは、誰にとっても大きな喜びでした。
一草一木もなかった所に、生命が躍動する。帰ってきた難民たちの家々が水路沿いに建ち並び、子供たちや家畜が仲良く水浴びをし、主婦が洗濯をします。鳥やトンボが舞い、アメンボが水面を歩く。小魚が群れて泳ぎ、水辺には自然の水草と、4、5メートル以上にも成長した柳並木が陽に映えて鮮やかです。

一同大いに励まされ、工事は急速に進展しました。植樹は水辺に柳の木約5万本以上、確実に根を下ろしています。冬に向けて、今年はさらに桑の木が数千本、乾燥した斜面にオリーブの木が予定されています。土地を肥やすためにレンゲの野草化も試みられます。

対照的に、米軍のヘリコプターや装甲車がけたたましく通過するのも日常になってしまいました。学校や道路建設などの「復興資金」をめぐって、醜いことがたくさん起きていることも見聞きしました。暴力とカネが虚構を以って世を圧する世界にあり、実のある自然の恩恵を以って対するのは、心ある者にとって1つの希望でもあります。

I3区間の作業風景。みんな毎日がんばってます。(2005年11月22日撮影)
「ぼんやり眺めればただの荒野、涙をもって眺めれば流民の群、気力をもって見れば竹槍(田中正造)」ではありませんが、人災によって砂漠化した荒野の緑化を実現することによって日本の良心の気力を示し、事実を世に訴え続けたいと思っています。

みなさんの協力に感謝すると共に、事業の継続を願ってやみません。来年もどうぞよろしくお願いします。