水路現場写真(2009年5月1日受取)


カマ取水口Ⅲ  その後/6年をかけた根固め工の工夫


知られざるを憂えず、知らざるを憂う

 取水口建設の三大要素は、 ①堰の建設、 ②対岸の処置(根固め工)、 ③取水門の建設 である。このうち、最も努力を要するのが①と②である。予算もコンクリートの水門より10倍はかかる。取水口の工事をしてきて抱く率直な感想は、人は見えるものばかりに気を取られ、見えない重要なものには気がつかないのが普通であることだ。どうしても見える水門ばかりに皆の眼は行く。
 
 苦労した側としては、やや不満が残る。だが、最近では諦めてしまった。余り他人のことは言えない。「他人が分かってくれない」と嘆くのは愚かである。他人に知られたくないことも随分あるからで、結局、都合のよい所だけ知ってもらいたいのだ。しかし、「見ようとするものしか見えない」という事実を知っておけば、人は謙虚になれる。分かった積もり、見た積りが大怪我の元である。

 講釈はともかく、相手が人であれば、説得や言い訳、交渉や話合いで何とかなることもある。だが自然は違う。人の都合など待ってはくれぬ。ひたすら観察と試行錯誤を重ね、天意を祈るように聞くのである。聞くといっても、しゃべってくれるわけではない。応分の答えを無言で返してくる。川との関わり、特に人々の生命線である取水口の建設は、人為と自然とのきわどい接点であり、真剣勝負とならざるを得ない。



対岸の処置

 直ちに開始したのは対岸の処置である。これはPMSが独自に確立した定石のひとつで、対岸を先に処置してから、最も手間のかかる河の堰上げを行いつつ、水門の建設を並行させる。対岸の処置とは、護岸と根固め工である。


対岸の根固め工。人海戦術で石を集める。 工事初日。2008年12月15日。


 根固め工とは、川につかる低い位置で岸辺の浸食を防ぐ工事一般をさす。増水時に見えなくなることが多い。単に岸辺だけを固い構造物で覆うと、その直下に速い流れを生じて洗掘され、構造物が崩れてしまう。そこで、岸辺に沿って幅広く石などを敷き、激流が岸辺に与える流水圧を軽減、浸食を防ぐのである。


工事前の堰先端の深掘れとえぐられた中心の川底。水深が5.5mあった。


蛇篭による根固め工。礫石の大きさに注意。 2008年12月18日。

 根固め工に際して、どの程度の施工をするかは、河原と岸辺の状態によって千差万別である。しかし、一般に遊水地を無人の中州に置く場合は、浸食の防止に集中し、洪水を越流させ、中州全体を遊水地とすれば過たない。対岸側に村落がある場合でも、昔からの住民は洪水の及ぶ範囲を知っていて、危険な所は余り耕作していない。また、日本の河川のようにしっかりとした堤防を築くことは殆どない。巨大なクナール河は制御が困難で、広い河川敷や中州そのものを遊水地として放置、自然の流れに任せるのが早道である。

 いわゆる「洪水被害」とは、後から住みついた人間の側の見方である。人類を誕生させた自然は、それ自身の理によって動く。河にものが言えるなら、「勝手に危ない所に住むからやられる。少しは分限を弁えよ」と述べるだろう。しかし、河は恵みをももたらす。人間側としては、「収まるところに収まりいただいて、おすそ分けを少しばかりお恵みください」という以外になかろう。川の工事に関する限り、それが天意を汲むということだ。アフガニスタンの農民たちが自然災害に対して余りとやかく言わないのは、このような自然観と人間観があるからだと思える。「洪水を溢れさせるべき遊水地」という治水の基本思想が、案外すんなりと受け容れられている。

 河原を通過する流れが速い場合はしっかりと重量級のものを置き、緩やかな場合は過度に行わない。洪水時の流速を知るのは、河原の石の大きさ(粒径)で凡その判断をつけるのが実際的である。粒径と流速の関係は経験的に知られており、当然、流れにくいものが残るわけで、取水口対岸の中州は、推定流速が毎秒3~4mであった。

 日本の一級河川では、テトラポットやコンクリート・ブロックが一般的であるが、製造・運送・設置に膨大なコストがかかる。現地PMSでは専ら捨石と蛇篭で代用し、成果を上げてきた。


筑後川上流で見られる根固め工。小国町付近。
流速を落とすため、様々な工夫が凝らしてある。

蛇篭工が特に有利なのは、対岸の交通路が確保できない場合で、網と作業員を筏で対岸に渡せば、簡単に施工できることだ。


PMSが最初に行った根固め工。マルワリード用水路取水口の対岸。石の粒径が小さな場合は、セメントを流し込んで各蛇篭間の一体化を強化する。(2007年1月)


シェイワ用水路取水口対岸に建設された根固め工。捨石工との組み合わせ。(2008年1月)


上図対岸を近くで見る。 蛇篭に詰める石の粒径が大きい場合、セメント流しこみはしない。 ひと夏の激流へて、表面に砂と砂利の堆積が起き、 表面が分からなくなるが、河岸の浸食はない。

 写真にあるのが、これまでPMSが手掛けてきた堰対岸の根固め工で、一般に石が大きいほど安定している。流されにくく、水通しがよい。普通、ひと夏、洪水を経ると表面に砂が堆積し、自然の砂浜のように見えて安定する。

 このスタイルが確立するまで、6年間の試行錯誤が必要であった。しかし、こうして作業員たちも運転手たちも場数をふみ、労働の質が著しく向上した。実際に仕上がる頃には、「技術者」と称する人々は居なくなっており、低賃金で働く人々の方が作業工程をきりもりしてきた。この点がPMSの土木事業の著しい特徴といえる。

 これらの作業の主力が、ブディアライ村からの40名で、いつものように底冷えのする寒風をつき、氷のような水にぬれながら元気よく作業が進められた。率いるのはヤールモハマッドという巨漢の現場監督で、自身が農民である。
(つづく)


★Dr.T.Nakamura★
中村 哲


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