受信日:2010年04月14日



事務局のみなさん、

 帰国前にマルワリード用水路全行程の点検をしていて、大発見がありましたので、お知らせします。(但し、小生だけ一人、喜んでいるのかもしれませんので、そのつもりで。)
 河は増水期に入り、いつでも送水量を増やせます(現在、1日40万トン)。小麦はまもなく収穫が始まります。ここ2~3週間の灌水が収穫の多寡を大きく決めるので、全工程で32カ所ある分水門を調べ、再度分水量を確認しました。

 驚いたことは、各水門の送水量が年々減っているのに、田畑は拡大していることです。一般に、アフガン東部の土質は、赤土よりもやや粒子が大きい「粘性シルト」と細砂の混合したものが一般的です。その割合で適した作付が決まります。しかし、灌水の仕方によって配合比が劇的に変わることを知りました。
 最も劇的に変化したのはスランプール盆地です。同地は砂質どころか、砂利に近い荒地でした。それが昨年から稲作が可能となり、田んぼの黒土になっているのです。耕作のときにすき込む堆肥や緑肥のためだけでなく、水を張ると粘土質の層が砂層の下から溶け出し、表面を覆うようになります。ちょうどプラスチックが張りつくように田畑の表面を覆えば、それだけ保水性が増します。
 むかし化学で習った「沈降速度」というやつです。コロイド液をかき混ぜると、重いものは先に沈み、軽いものは浮遊します。粘土も、砂も、石も、顕微鏡で見れば大きさが異なるだけで、同じ「石の粒」です。混ぜて静水に投げ込めば、当然重いものが先に沈みます。逆に、流水の中では石や砂が残り、浮遊する粘土が流れてゆきます。
 河原の玉石の大きさで、河の流速をかなり正確に推測できることは、よく知られています。小生も護岸や堰の建設の際に、必ず石の大きさを測って流速を想定、その速さに見合う方法を採用しました。重いものは残り、軽いものは流される。そのことを知っている積りでしたが、芯から解っていませんでした。

 話が飛躍するようですが、用水路の川床に敷いた「ソイル(泥)セメント」の謎も、ついでに解けました。これは優れた素材で、保水性を増すと同時に、急流の洗掘を防ぎます。ソイルセメントなしに、マルワリード用水路はできなかったと言えるほどです。コンクリートより優れた点は、割れても土の性質を残しており、水を吸って「土ぶくれ」を起こし、小さなひびなら塞いでしまうことです。施工の際に気づいたのは、表面から深くなるほどセメント濃度が薄くなり、自然の土に徐々に移行することです。また、ところによってはセメントが表面に浮き出したような場所も多く見られたのです。何故か。これがこの6年間の疑問でした。

 セメントの粒子は極めて細かい石の粉と言えるものです。セメントよりも大きな粒子である粘土が先に沈み、セメントが上澄みに残りやすく、乾くと表面で固まる訳です。施工中の用水路は流れのない静水なので、そうなります。
 田畑も同じで、急流を流すと表層の泥が流されて砂利や砂が残り、非常に緩やかな流れだと浮遊する粘土質の粒子が残りやすくなります。ガンベリ沙漠の開拓では、このことが重要な事実になります。急傾斜でも緩やかな流れを保つには、棚田(段々畑)の流れが最も簡便かつ優れた方法だということです。(重いものは沈みやすく流されにくい。軽いものは浮きやすく流されやすい)

 な~んだ、と思われましょうが、6年がかりで得た定理なのです。それで、田畑が増えても、送水量は比例しては増えない。一見砂地でも、粘土層があれば、棚田を作るとやがて稲作ができる。ソイルセメントはひび割れても漏水しにくい。流れが早ければ大石が残り、淀む流れは沼地になりやすい。人の世も似たような法則で動いているのだなと思いました。


全体を眺めて印象的な写真を送ります(全て4月13日)。

 なお、会計監査の件ですが、市内のNGO連絡会に問い合わせました。カブールの役人が欧米のマニュアルをコピー、勝手に基準にしていることが分かり、「ここはアフガニスタンだ」と、一同激怒。カブール側の余りにひどい対応のため、「地方のことは、ジャララバード地方行政レベルでよい」との合意が、NGOOと州政府との間で最近あったそうです。結局、「診療所に分娩室設置」と同じ低レベルの話で、現地に無いことを義務づけようとしていたらしいです。まじめに監査報告した者は「あり得ないことを報告」ということになり、小さくなったという落ちでした。




完成したモスク。毎週多くの人々が集まる。空色のタイルがきれいだ。
背景の空の模様で印象が変わる。



マドラサ寮の地中梁設置。ディダール技師を建設主任顧問に復帰させて
任せている。(ディダール技師は、元職員で、井戸掘りから水路掘削初期まで
共に働いた。)



マドラサをK池側から眺める。灌漑開始から3年経過。ここが沙漠化していたと
信ぜられない。何だかキツネにつままれたような--。
小麦が熟成期に入り、大量の水が要る。



増水の始った斜め堰を上流から見る。最後の工事が3年前。ほぼ安定水量を送る。川中島のヤナギは5メートル前後に成長。左岸の中州に造成した根固め(低水位護岸)は草が生え、自然の岸辺に見える。



取水口。ヤナギが次第に前面に進入。これも昔からあったような―――。




 下の写真は、D沈砂池と石出し水制。真ん中に見えるのが国道である。並木に覆われて見えないが、この道路が池と共に激流で崩壊しそうになっていた面影はない。クナール河の右岸の緑が全てマルワリード用水路によるものと思えば感慨ひとしお。池周りは柳枝工。道路の並木はユーカリ。米軍との接触が最も濃密な地点。機銃掃射されたり、護岸工事に協力したり、養魚池問題でPRT(地方復興チーム)と衝突したり、政治的に忙しかったところ。

 昨年3月の養魚池問題は、重要な水量調節池なので、PMSは一歩も引かなかった。私はPRTに出頭して、「力ずくでとれ。私は逃げるので、15万農民の反応の責任は君らにとっていただく」と述べてバリケードを築かせた。
 州政府役人よりも米軍将校の方が、はるかにものわかりがよく、その後養魚池計画は棚上げされた。これが元で、讒言がカブール側に行き、吾々の評判は中央政府内で甚だ悪い。しかし、アフガニスタンで「水」はそれだけの力があるということだ。


D沈砂地



石出し水制。これも日本の土木技術の勝利。道路から先端まで70m。80m毎に3基設置されている。水制間に土砂が堆積し、もはや安泰。
ダンプカーにして2,500台分の巨石が輸送された。


 人々の憩いの場になるのは構わないが、兵隊らが来て池の中にワインの瓶を捨てたり、射撃の練習場にされると、水が汚染されてかなわない。郡長の協力を得て、看板をあちこち立てている。「英語がおかしいのではないか」というと、「パシュトゥ語が正しいからこれでよい」との話だった。ゴミを投げ込む者の気も知れないが、「間違った英語では外国人に通じない」と思わぬ現地側も、これまたよく分からない。


「英語がおかしいのではないか?」。「パシュトゥ語が正しいからこれでよい」。…。



第一期工事で最も難航した「G岩盤(4.8㎞地点)」の通過。現在、
ヤナギが生い茂り、延々と緑のベルトを作っている。



D区間(3.5㎞地点)のヤナギの生育状態。植樹から5年経過。高さが分からないので、長身の職員(身長180cm)に立ってもらった。目測で6~7m、こんなヤナギの
巨木は日本ではあまりお目にかからない。
水さえあれば、成長が旺盛なことが分かる。


★Dr.T.Nakamura★
中村 哲


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