受信日:2011年1月5日


事務局のみなさん
明けましておめでとうございます。

新年は冒頭から人災で始まりました。


マルワリード用水路取水堰の工事中断、対岸指導者との確執

 マルワリード用水路取水堰改修は、あとひと押しという所で、対岸(左岸)カシコート住民(正確には小軍閥化した指導者)の横やりが入りました。12月6日に開始された工事は、用水路流域の15万農民の生命線の確保、最大の緊急事として、何はさておき、必死の努力を尽くしました。しかし、あと数日、最後の仕上げを急いでいたところ、12月30日夜半、ダンプカー4台、ローダー1台、掘削機2台を対岸住民が拿捕、文字通り動きがつかなくなったのです。

 カシコート側の要求は、「洪水で崩れた橋の場所に起きた数百メートルの洗掘部を補修せよ。これも『緊急事態』ではないか」というものでした。これには、対岸同士7年来の争いの背景がありますが、長くなるので、割愛します。普通なら、郡長と警察署長が赴いて解決になりますが、新しく赴任した郡長は子供のようにあしらわれ、警察署長自身が陰で糸を引いているという噂もあります。

 1月1日、彼らの要求する現場を見ましたが、これは明らかに欧米団体が行った主流閉塞工事、無理な架橋の結果です。吾々が徒にいじれば、今度は出資者側の団体や外国軍が面白くないでしょう。しかも、作業工程まで指示するありさまです。無政府状態です。それでも、ここは如何に敵を作らぬかの問題、職員の安全も考慮せねばなりません。「翌日午後2時、シギ村の現場事務所で再開、話合いと調査をする」と約しました。

 翌1月2日になって、午前中のてんてこ舞いの時間に「すぐ現場に来い」との知らせがありました。「今は動きがつかないので、約束の時間、約束の場所に来い」と返事をすると、今度は向こうの方が「来れない」と断ってきました。ここは復讐社会です。おそらく、「同じように自分たちも拘束されるのでは」という不安があるようです。ひるんだと見るや、すかさず拿捕されていた重機やダンプを全て引き揚げさせ、工事を中断させました。

 かくて、「威嚇すれば思い通りに動かせる」という彼らの思惑は、完全に外れました。幸い主要工事は終わっており、残りは右岸ジャリババ側からできます。かくて、とりあえずは一件落着、75日過ぎて話合いを再開いたします。もともと、同カシコート村は、1993年のマラリア騒動の時からの縁、無視された陸の孤島です。彼らにしてみれば、どこに陳情を持って行っても断られ、非常手段で政府にアピールすることを狙ったのが動機のようです。カシコートからも作業員がたくさん来ているので、ほぼ筒抜けです。PMSは、以前から残るカシコート取水口の改修を考えていましたが、しばらく頭を冷やす必要があります。

 これでやっとカマ取水堰、ベスード護岸工事に全力で集中できます。要は、自然相手に急がぬことです。山や川は何十万、何百万年もかけて出来たもの、少し人間が手をかけても消える訳ではありません。今年はともかく大丈夫、一夏過ぎて駄目なら、またやれば良いのです。予定通りできた河川工事は今まで殆んどありませんでした。それでも、増水期まで2カ月、取水施設と護岸は今しか工事ができません。


ガンベリ沙漠開拓地・有機農法、無農薬の完全実施

 他の仕事は、今のところ順調に進んでいます。農業関係では、農薬・人工肥料の全廃を徹底しようとしています。カマ・ベスード・マルワリード取水口の河川工事に忙殺されて目が届かず、せっかくの30ヘクタールの小麦畑に窒素肥料が入ってしまいました。「急ぐことはない。それで君らが食えなくなる訳ではない」と、芽吹いた小麦の畑を全部つぶし、シャフタル(シロツメクサ)などのマメ科植物、肥料の油粕をとるための菜種らの作付けを断行しようとしましたが、小麦の種を得る際、農業省の協力があったようです。それで、政治的配慮で「今回だけは目をつぶる。以後は、肥料も自分で作る」ということになり、新たな開墾地は全て菜種、豆類、雑穀らを植えつけ、堆肥や家畜の糞を集めます。

 有機農業、無農薬農業と言っても、ここでは特別なことではありません。「カネがなくても食える」のが農業であり、アフガン農村です。要するに、目新しいものに惑わされず、目先の現金収入の多寡にとらわれず、アフガニスタン本来の農法を主流にすることです。試験農場であればこそ、できる試みです。でなければ、いずれ農民たちは人工肥料と農薬、農業機械の購入に追われる破目に陥り、農業の商品化で借金返済に追われるでしょう。もう生産量だけを競う時代ではありません。収穫量が多いにこしたことはありませんが、安心して食べられ、美味しいこと、手間をかけても余りカネをかけないことが必須条件です。その意味でPMSの広大なガンベリ試験農場は、無限の研究課題と可能性を秘めています。

 取水堰問題が落ち着いたものの、仕事は多岐にわたりますが、何とか元気にこの冬を乗り切りたいと思っています。

 末尾になりましたが、ご協力に感謝し、謹んで新年のあいさつを申しあげます。
 (次回にカマ第二取水口、通水試験間近のお知らせ)
平成23年1月2日




マルワリード取水堰改修。河道の分割処理。主流を4つの流れに分け、夫々を処置するもの。
旧中洲背面に発生した主流を縮小し、第二川中島、第三川中島として残した。
武田信玄の時代にさかのぼる工法(釜無し川の工事)。ほぼ九割方できている。
一夏を越してから確認予定だが、十中八九大丈夫。カマ方面の本工事に
主力を集中する幕切れを、対岸住民が作ってくれた。残余工事は自然にまかす。
絶妙のタイミング。2011年1月1日



変貌のガンベリ沙漠。第二試験農場の小麦畑30ヘクタール。
今年は河川工事で忙しく、目が行き届かなかったが、無農薬、有機農法の完全実施を
打ち出した。開墾地は増え続けているので、全て菜種、シロツメクサらの肥料生産にあてる。
2011年1月2日



開墾と言っても、分水路なしにできない。第一試験農場は長辺1.35㎞の長方形で、
これまた努力が要る。写真は9カ月をかけて開通した分水路。長さ1.3㎞で、全部を潤すのに
計5本が要る。「練り石積み(セメントで石を接着)か、空石積みか」で意見が分かれたが、
ここは試験農場、夫々作らせて様子を見る。セメントをやたらに使う癖はよくないと説いても、
分からない。五感と経験で記憶してもらう。写真は練り石積み。


★Dr.T.Nakamura★
中村 哲


← 前の報告へ ○報告トップへ○ 次の報告へ →

Topページへ 連絡先 入会案内