受信日:2011年3月22日


事務局のみなさん、お元気ですか。

日本は大変な事態だろうとお察しいたします。
しばらく通信ができませんでしたが、近況報告を兼ねて、現地の模様をお伝えします。

 現地に戻った直後の3月11日、悲報を聞きました。折しも河の工事の最中、日に日に水かさが増す中です。先に報告したように、「初夏には平年並みの増水で数千名の居住地に浸水は確実」という緊迫した状態でありました。旧河道の回復が、最後で最大の工事仕上げでした。

 大震災の悲劇は連日アフガニスタンでも報ぜられ、職員・作業員ともども、わが事のように悼み、日本に同情を寄せてくれました。皆よく震災の模様を熟知していて、こちらが驚くほどでした。モスクでは「新年の祝日(アフガンでは春分の日が元旦)でも、めでたいと言うな」と自ら喪に服するような説教が行われ、地域長老会や行政の役人も次々と弔意を伝えに来ました。義援金を募ろうとした職員も居ました。しかし、どうしたら良いのでしょう。「今はただ日本の人々の無事を祈り、動揺せずに目前の責任を完遂せよ」としか伝えようがありませんでした。

 その後も日増しに地震の規模と犠牲の大きさが明らかとなり、これからどうなるのか、日本に全面的に頼るPMS内でも、次第に不安と動揺が広がってゆきました。

しかし、自然は頓着しません。濁流が押し寄せ始めた中です。間もなく河の工事ができなくなります。現場作業の手を緩める訳にはいきません。異常な緊張感で連日突貫工事を続け、増水の始まる中、3月19日、危機一髪で中心河道の掘削、河道分割を終えました。普段なら無事に冬季の工事を終えた喜び、苦労話のひとつも伝えたいところですが、大震災に比べれば、大したことでもないような気がしています。でも、改めて思ったのは、人の命は数や国籍ではなく、目前の困窮した人々に思いを致して手をさしのべること、そのことで当方も救われるということです。

 轟々たる濁流で声も届かず、大音声の叱咤で喉が嗄れてしまい、一段落した翌日から虚脱状態に陥りました。この間にも、やはり東日本大震災に即した現実的な備えを考えざるを得ず、来年度計画の大幅な見直しを始めました。3月21日を以って、暫定的に以下の態勢で臨んでいます。


1.2011年度のガンベリ灌漑事業(給排水路建設、湿害処理など)の規模と速度を落とすこと。

2.河川工事は、JICA委託事業のベスードI取水口(堰・水門・調節池)を除き、新規事業を控える。

3.とりあえず職員・作業員の将来的な食糧自給を目指し、勤倹節約と簡素化を徹底。

4.以上のため、①重機・ダンプの使用台数を大幅削減(ダンプ;50台→6台へ、掘削機9台→2台、ローダー5台→1台、舗装用ローラー3台→1台、水タンク車は全廃)②作業員を600名→400名に減ずる。③農業関係;一部の専門職員は退職、農業の完全なアフガン化、当面の重点を給排水路の充実に置く。特別に「農業専門班」を設けず、職員・作業員が農繁期に手伝う(作業員は皆農民)。④次第に農産物の生産は増えるので、現物支給で給与の一部とする。


 ジア先生の強力な指導で、①は3月16日、②と③は本日3月21日に、大した混乱もなく実施されました。④については、複雑な政治的背景がありますが、無政府状態の中でガンベリ沙漠移住者同士の協力が進み、新しい地縁関係が自然発生しつつあるということでもあります。

 なお、「カマ取水口竣工式」は3月25日前後、カマ自治会とPMSとの間でささやかに行われることになりました。関係各方面には一応通知または招待状を出し、「来れる者は来てよい」とし、派手な催しを避けたいと思います。マドラサ寮は、現在壁塗りの段階で、これも4月初めに譲渡式を終えます。

 一段落したところで来年度予算の再検討を始め、PMS側からの改正予算案を示し、日本側でご検討願いたいと思います。村井・杉山は3月末か4月初めに帰国、小生は4月中旬までに来秋予定工事(ベスード取水口)の最終測量と資材輸送準備を終えて新態勢を見届け、いったん帰国します。内外の動静によっては、来るべき日が近づくことを念頭に、ここ数年の動きを考えたいと思います。

 現地では外国軍の横暴が目に余り、一種の終末的な感情さえ抱かせます。建設したマドラサの脇でわざと派手な実弾演習をして威嚇したり、空爆で罪のない人々を的にしたりします。それでも、逃げる場所のない多くのアフガン人は、黙々と働き、その日一日を無事に過ごせたことに感謝します。その彼らが心からの同情を以って日本を眺めていることが、ことのほか温かく感ぜられます。

日本もたいへんだとは思いますが、頑張ってください。

どうぞ皆さんもお元気で。
平成23年3月22日




河の工事を引き上げて戻ると、ガンベリ農場は一面の麦畑。日差しが強くなり、
既に麦の熟成期に入る。麦畑の間の畝は、スイカの作付けのため。種まきがもうすぐ始まる。
現在約30ヘクタールが灌水され、25ヘクタールに小麦。凄まじかった砂嵐も、
急成長する防風林が効果を表し始め、致命的な影響は受けなくなった。2011年3月19日




騒々しい戦争と政治をよそに、湿地帯処理の作業は今も休みなく、人海戦術で続けられている。
労せずして恵みは得られない。しかし、アリのように地表で働く人々の労働と忍耐によって、
500ヘクタールの湿害地が消え、恩恵がもたらされたのだ。彼らは神に感謝こそすれ、
誰をも責めない。神と自然以外の何ものにも怯えない。当てにできないものに頼らない。
背後に20年ぶりの小麦畑が広がる。2011年3月20日



★Dr.T.Nakamura★
中村 哲


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