受信日:2011年7月15日


事務局のみなさん、

夏の仕事も大詰めを迎えました。
熱い熱い夏ですが、元気に乗り切りましょう。

ガンベリ沙漠の数時間の集中豪雨は、嘘みたいに局地的で、これ以外にまる3ヵ月間雨が降りません。あちこちで渇水が起きています。9月まで、集中豪雨が来る可能性は十分ありますが、晩夏から初秋にかけて、早めに水不足が来るのは間違いないと思います。

現在PMSが取りかかったベスードI取水口も、一時はどうなることかと思いましたが、交通路建設を急がせ、去る7月11日に強行開通させました。堰上げに、籠だけではとても間に合わなくなったからです。いったん異常低水位となれば、いつでも速やかに石材をダンプ輸送、対応できるようになりました。地域住民は落ち着いています。現在、秋の本工事に向けて、用水路主幹(予定)の橋の建設を開始、ラマザン(断食月)前に完成し、一か月後に通します。こうしておけば、動かぬ掘削レベルの基準点ともなり、悠々と本工事にもって行けます。巨礫などの資材搬送が土曜日から始められます。

この一週間で重要な動きは、長い懸案であったベスード護岸の裏法排水路の問題が解決しかけていることです。大切な件なので、少し説明します。普通、堤防の陸側斜面には、ドレーン工が施されます。長雨や河の水位上昇で赤土の堤体が軟化することがあります。日本での決壊被害は、たいていこれによります。この防止は、かつてガンベリ沙漠Q岩盤地帯の貯水池堤防と同じで、堤体に水分が溜まりにくくするために、浸潤線を下げる措置を行い、排水溝を置きます。

ベスード護岸では、もう一つ問題がありました。川沿いの村人が、小さな取水口を危険な場所からとっていたのです。PMSでは3500m全線で小さな側溝を置き、上流側から流して、給排水が行えるようにする予定でいました。しかし、上流側の村が下流側へ水を送らず、川に捨て、下流側の村は危険を冒して河から取水してきたのでした。この背景には、半ば流民化して定着した村々が下流側に多く、先住者たちとうまくゆかなかったことがあります。先住者たちにして見れば、突然、権力を握ったよそ者が入会地を切り売りして利を得、ウロウロされては叶わないという気持ちがあります。しかし、流れて定着した人は、だまされて土地を買わされ、洪水に脅えながら暮らしてきた被害者です。

これは長い対立の歴史があり、容易に話が進みませんでした。しかし、偶然、いつもPMSを助けてきた元保健所長・医師の家が、堤防の近くにありました。彼は、上流側の村の有力地主でもあり、発言力があります。ジア先生が例によって粘り強く働きかけ、やっと7月13日、地元の村長格を集め、手打ち式にこぎつけました。

水を扱う仕事は医療と同様、単なる技術ではありません。時には人々の私欲や独占欲、意地悪や敵対心を治めながら、地域の和解を進める社会事業ともならざるを得ません。アフガン農村では、これは容易でないこともあります。報告書ではほとんど述べられませんが、治水事業の見えない基礎の一つです。

いずれにせよ、護岸・灌漑工事の明るい見通しはつきました。秋の工事に向けて、一段落できると思います。

平成23年7月15日  記


平成23年7月15日

成長する砂防林の遠望

ガンベリ沙漠は東西に延びる長い沙漠で、幅約4.5㎞ある。PMSの防風林植樹は、西側約3.5㎞、南側約2.0㎞を覆っている。ほぼ全て、ガズ(紅柳)の木で、沙漠でたくましく成長する。樹林帯は東西に厚く(300~600m)植えられ、南側は薄い。PMS試験農場はこれらの林に囲まれるように置かれている。

西側樹林の南端に砂丘が出現したが、灌漑予定地の大半は思ったほど砂が堆積していない。今回の砂嵐罹災は、用水路分岐が埋めつぶされることによる渇水が大きな問題だった。

 ガズはガンベリ沙漠の土質が最適で、二年で3m以上成長する。木質が固く、薪としては良品。活着率が高いのは、動物が食べないこと、少ない潅水の方が却って成長しやすいことだ。地面に湿気が増え過ぎると、成長が停止し、矮小化することが多い。それでも、全線約5.5㎞の水やりは大変だったが、上手に潅水路をめぐらし、ずいぶん楽になってきている。樹林は毎年幅を増していき、文字通りの沙漠最前線だ。ともかく広い。180℃の眺めを合成すると小さく見える。向うに見える山が「Q区域岩盤地帯」、手前の枯れ川が自然土石流路。左手の高く見える地面は開墾地より約7㎞先、60mほど高い位置にある。



 写真上:造成中のQ3貯水池。2009年7月25日
 写真下:最近の同貯水池。2011年7月5日

毎日見ていると分からないが、この2年は沙漠で劇的な変化が見られている。これまで、マルワリード用水路沿いで人里の復活が早かったのは、既存の村落(既開墾地)の荒廃後、早いうちに灌漑を施したからだった。

 対照的に、ガンベリ沙漠の場合は全くの未開墾地だった。その分、当然時間がかかるが、決して緩やかな変化ではない。最大の幸運は、沙漠の土質が全くの砂ではなく、砂層の下に分厚い粘土層(粘性シルト)があったことだ。そのため保水性がよく、恒常的に潅水されると、地下水位が上がる。地表では、特に水田らで水を張ると、時間の経過と共に表層に粘土質の土が堆積する。水を張って土がかき混ぜられると、細かな粒子が浮遊し、砂粒のように重いものが先に沈むからだ。

これまで、急傾斜を流れ下る鉄砲水は、逆に肥沃な粘土質を流し去り、無機質な砂質土だけを残していた。ガンベリ沙漠の土質変化は、単に水を注ぐだけでなく、人が住み着いて田畑を作る営みが始まったからである。平坦な田畑は、流水を静水に変える。破壊的だった洪水も、緩流化によって、肥沃な有機物の堆積を促し、更に保水性を増す。植樹による落葉、緑陰がそれに拍車をかける。



写真上:2009年3月25日
写真下:2011年7月5日の同一地点

これが、わずか二年間足らずの変化なのだ。事件を羅列する報告書だけを読むと、悪戦苦闘の連続で、報告する方も疲れるが、実際は、徐々に、しかし確実に自然の恵みを実感する光景が顕れている。自然に無駄なものはない。

 なお、貯水池や用水路周辺は、特に木陰で、気温が4~5°低い。ここで人が住みやすい環境作りとは、電力消費とは無縁な世界。

防砂林の成長。沙漠横断水路1500m地点・平和ヶ丘からの光景。


全てガズ(紅柳)の小枝を挿し木で増やしたもの。
二年四か月は長いようで早く、早いようで長い。自然の時間は、人間の時計時間とは関係ないのだ。自然相手は、ただ根気。

何があってもただ水やり。
褒められても、くさされても、ただ水やり。
誰が去っても倒れても、ただ水やり。
嬉しくても疲れていても、ただ水やり。
風が吹いても日照りでも、ただ水やり。
邪魔されても協力されても、ただ水やり。
誰が何と言おうと、ただ水やり。
魔法の薬はありません。

「水辺の柳、沙漠の紅柳」は、今や心強い定番。数十万本の植樹は数十万人の兵力に勝ります。用水路沿いはかなり正確に数えられます。秋に再調査し、年度内に、「植樹、100万本突破」を祝えるかも知れません。現在、集計し始めているところです。67万本まで正確ですが、防砂林と柳の補植が数えられていないようです。

 このところ、植樹のペースが速くなり、場所も拡大しています。砂防林、排水路や分水路、カマやベスードなどの他の取水口も、半端でない数です。緑化とはこういうことだったと、身近に感じています。



懸案だったベスード取水口(I)の準備工事・交通路は、7月11日に開通、路肩保護の詰めの工事が行われている。あと10日で終わる。2011年7月13日



実工事日数20日目で開通。異例の速さだった。ベスード取水口の渇水が人力で追いつかず、どうしても重機やダンプの進入なしに工事ができないと判断されて、急いだためだ。これによって、石材輸送が可能になり、PMSはいつでも余裕を以て対処できる。2011年7月13日



直ちに重機とダンプを進入させ、資材置き場、一時灌漑路、駐車場らを一気に作らせ、石材らの輸送を開始して秋の工事に備える。2011年7月12日





堰先端への進入も、ダンプ道を敷設、いつでも渇水に対処できる。
8インチ塩ビ管40本を使い、用水路に仮架橋。これで安心して工事を進めることができる。
塩ビ管は、流水抵抗が少なく、普通束ねて数十本おけば、仮架橋として十分用をなす。砂利を50㎝以上被せれば、管が割れることはない。PMS方式。我流だが、十分いける。
2011年7月12日



用水路横断橋の建設開始。横断橋は、重要な準備工事だ。用水路を掘削し始めると、対岸に行きにくくなる。また、仮架橋していても前後でしばしば測量ミスで段違いになることがありえるので基準点。

経験上、基準点をコンクリート構造物そのものしておくのが最適で、最初から作っておく。定点は当然、動かせぬものが良いが、岩壁やコンクリート棒に描いて、後で分からなくなることが稀ではない。

ここを起点として上流側に用水路本幹、下流側に沈砂池のレベルを決めることができる。鉄筋の下は厚さ約1メートルで巨礫層にコンクリートが打ってあり、その上に二重の鉄筋網を張り、橋が置ける。見える物はやり替えがきくが、見えない基礎はやりかえがきかない。

住民が自分たちでできない部分は、これでもか、これでもかと頑丈に作っておく。開通と同時に開始、5日で鉄筋組まで完了しつつある異例の速さ。構造を単純化し、鉄筋加工を前以て行い、無用な紙上の手続きと議論を一切省く。設計・現場施工を一貫し、単純・頑丈なのが鉄則。外科手術と同じ方法論。2011年7月14日



ベスード護岸工事。洪水進入路の締め切り堤の強化地点。より高い上流から、浸透水排水路を兼ねて小さな用水路を裏法(陸側)に引き、灌漑を同時に行って渇水にも対処する予定。これをめぐる住民同士の反目は、元保健所長が介入、落着を見た。本人の家が堤防の近くにあり、自分が有力村民の一人なのだ。2011年7月12日



給排水路の急速な延長と共に、中小の架橋が必要となってきた。先週始まったコンクリート管の量産は、軌道に乗り始めている。写真は使われ始めた「養生用のプール」。2011年7月12日


★Dr.T.Nakamura★
中村 哲


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