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1月27日にジャララバードに着き、再び河に戻りました。今年は数年ぶりに正月を日本で迎え、一族郎党、久しぶりに再会の機を持つことができました。
生まれる者あり、老いる者あり、中には既に葬儀が終わった者あり、時の流れを感ぜずにはおれませんでした。

いつもなら河川工事に追いまくられて冬季の帰国が困難でしたが、例年に比べて準備周到、ベスード堰の主要工事が済んだからです。とはいうものの、歳月も川の流れも、人を待ちません。河川工事は最後の追い込みに入っています。

ジャララバード空港に着いたとき、米兵の姿が見えないのは驚きでした。尋けば、1月27日を以てナンガラハル州の部分的な「治安権限移譲」が行われ、外国兵多数が撤収したとのことです。

州内の撤退地域を聞いて驚きました。シェイワ、ベスード、カマ、ソルフロッドの四つの郡で、何れもPMS作業地ではありませんか。10年前、「農村復興による民生安定」を打ち出し、荒廃した村々をよみがえらせてきたことと無関係でもないらしく、感慨深いものがありました。

以下、作業の現状です。

1.ベスード第一取水堰;植樹など、小さな仕事を残すのみ。3月中に竣工式を行って、公園化を宣言する予定。

2.ベスード護岸;1年4ヶ月を経て完成に近づいている。主要工事はタプー地域の灌漑(河道復活と中規模の取水堰工事)を以て年度内に終わる。しめきり堤のドレーン工を兼ねた小水路は工事終了。植樹チームが2000~3000m地点に作業を集中している。

3.カマ堰の残余工事;超低水位にもかかわらず、必要一定量(冬季40~50万トン)を取水している。しばらく観察を続け、必要なら第二取水堰の補強を行う。植樹は90%以上、活着を確認。

4.ジャリババ対岸・カシコート護岸;秋の取水堰建設に向け、今冬の最大作戦を準備中。工事はこれまでの報告通り、短絡路を無人の右岸・ジャリババ側に作り、長さ500m、幅200mの中洲を左岸カシコート側へ約80m移動、掘削の際に出る多量の巨礫で護岸工事を行うもの。短絡路は既にでき、来週中に開放、主流を乾す。

増水まであと一か月、来週より総力を集め、一大決戦となる。短期の物量投入としてはPMSの工事史上で最大規模、「G岩盤周り工事(2007年1月)」、「シェイワ河道復活(2007年12月)」以上、ガンベリ沙漠の「Q2大池造成」に匹敵する。極めて限られた時間となったが、予算上不可抗力。夏の洪水を思うとゆとりなく、かなり心臓に悪い工事。天運をお祈り下さい。

5.ガンベリ開拓関係;

a: 排水路;第三排水路の再掘削は、試験農場からシギ地域チュクレイ村まで4㎞以上、2ヶ月をかけて開通。これによって、開拓による湿害発生の危険は消えた。現在、砂嵐対策の一環として、初めの1.3㎞までの最終仕上げが進んでいる。

b: 植樹;平和ヶ丘給水塔はいつでも送水可能。最大の防砂林は、今冬に倍増の予定。果樹は第一試験農場を中心に、柑橘類・イチジクらを約1000本、ザクロ2000本を予定。

c: 定着村;行政の変化を考慮し、居住は時期尚早と判断。別の安全地帯に職員居住区を設けて機を待つ方針。

d: その他(農業関係など);現在、開墾された農場の総面積は約45ヘクタール。うち30ヘクタールに小麦を植え、新開地はことごとく豆類を播種、一部に肥料用の菜種を植えている。分水路は造成が進められているが、排水路工事を待って灌漑可能。



なお、ベスード第二堰(タンギ・トゥクチー)について、JICAへ建設要請の「直訴状」が送られたそうですが、住民の要望通りにPMSが関わるのは、物理的に無理。しかも、既に他団体が手を付けているので、彼らに任せるべきです。「2014年以降、もし取水困難が続くなら、『改修工事』として可能」と住民に説明しています。
取水堰や護岸などの河川工事は、不確定要素が多く、外見単純でも想像以上に膨大な手間がかかります。そのことが理解されにくい。これは地元も同じで、安易に考えられる傾向があります。灌漑事業の継続性の上で、この点は強調したいところです。

以上

平成24年2月3日 記

カシコート灌漑計画(河川工事用)

ベスード主幹水路の調節池とスピンガル山脈。公園化の話は3月に具体化する。管理上でも公共化が欠かせない。しっかりした取水が確実になると、次に来るのが土地争いと取水量の調節。ベスードは比較的民心が安定した地域だったが、移住者が増えている。2012年1月29日

ベスード堰を下流から見る。既存堰46mを約2倍の116mに広げ、砂吐きを設けている。留守中、上流ドゥルンタ・ダムの浚渫で膨大な砂が流されたが、タイミング良く、「砂吐き・堰板方式・排水路」の自動浚渫システムで、流路内の堆積を免れた。
2012年1月29日

造成道路も、公園化を意識して、こぎれいにしている。2012年1月29日

ベスード護岸・河道回復工事。護岸線1700m地点で直進河道が著しく深くなり、ベスード側に屈曲する河道は秋に途絶えた。主流が中心へ移り、洪水対策としては望ましいが、今度はベスード側の取水が困難に陥っていた。洪水地点はしばしば取水地点でもある。ここに取水堰の難しさがある。そこで一旦途絶えた屈曲河道を回復して、中規模の取水施設を置く計画。深掘れを起こした分岐点に人工的な砂州を設け、堰きあがった水を再び屈曲路に返すもの。12月中旬から一か月半、巨礫に近い砂利を入れ続け、河の水量の四~五分の一を屈曲路に流す。夏に流失し得るので、更に大きな巨石でくるむように作っている。ダンプカーで約7500台分の砂利を入れ、夏場の変化を見る。昨年のマルワリード取水堰と同様の対策。2012年2月2日

工事開始直後と現在の変化。左写真;2011年12月20日。右;2012年2月2日。
直進河道に置いたかすみ堤の威力は凄まじく、河床をひと夏で2~4m下げた。そのため、両岸の洪水の危険性は遠のいたものの、砂州回復に必要な物量は膨大となった。人工砂州を拡大すると共に、砂州の右岸側を削って左岸側へ移す。砂州の流失を半減させるため、巨礫を選んで沈める。これでも一年経過しないと、正確なことは言えない。PMSの場合、マルワリード堰対岸の中洲回復工事があり、ある程度の類似変化を推測できるだけだが、成功の見通しは十分にある。ただし、即席の結果を期待すると博打と変わらない。自然は割り切れることの方が少ない。年単位で時間をかけることだ。

ベスード護岸、2300m地点。人工中洲によって回復した冬の取水口。ここから3か所の小取水口があり、タプー地域十数ケ村を潤していた。護岸工事は洪水を遠ざけたが、取水が不能に陥っていた。12月から始めたドレーン工は、ここを起点としてしめきり堤末端まで700mあり、側溝は同時に用水路として使える。1月30日から本格的な堰の造成と共に、水門設置工事を始めた。2012年1月29日撮影

タプー地区取水門の基礎工事。小さいからと言って侮れない。基礎工事は、一人前に必要だ。これでも数万の人々の命綱なのだ。一週間で下部を作り、水を流しながらの工事を進める。2012年2月1日

クナール河の四分の一の水量通過(ベスード第一堰とほぼ同量)を想定するが、急流となるため、これまでと同じスタイルの斜め堰250mを設置中。2012年2月2日

ベスード護岸、しめきり堤裏法のドレーン工。表面は赤土だが堤体の半分のコアは砂利で作り、増水時の浸透水が多くなると側溝から排水される。こんな所から三か所に水門を設置するのは危険で、上流2300m地点一か所にまとめ、側溝を利用して灌漑する。側溝の水位は冬のクナール河より約1メートル低い。異論はあろうが、苦肉の策。最大の予算をつぎ込み、多くの村々の生活を守ったことは、地域住民だけが知っている。2012年1月29日

しめきり堤を上流側から見る。長さ400mの堤を4つの水制が守る。新設水制で更に強固となり、2010年並みの大洪水なら、溢水は考えにくい。背景はスピンガル山脈。正面から襲う第三分流は、今回の屈曲河道回復で、流水圧を減らせる。また連続水制で河床が年々深くなり、タプー地域は守られるだろう。二重三重の防衛をめぐらしている。2012年1月29日

しめきり堤に加えられた新設水制(45m)。正面から襲ってくる主流の第三分流は、直進河道、屈曲(第一)分流にも分散され、堤体破壊の危険性は遠のいたと思われる。また護岸の影響で取水が難しくなった地域は、2300m地点の中規模取水堰と700mの側溝造成で潤うことになる。これによって全線3.5㎞のベスード護岸は、1年5か月の時間と2億円の予算、幾多の協力と妨害、好意と敵対を飲み込み、終局に向かっている。この工事から学んだのは、河は嘘をつかないということだ。正面はケシュマンド山脈とダラエヌール渓谷。2012年1月29日撮影

カシコート護岸。短絡路の掘削。間もなく堰を切り、短絡路へ流し、大工事が始まる。2012年1月31日

中洲全体を上流側から見る。長さ約500m、幅約200m前後。これを一か月で左岸カシコートまで移動させるという壮大な計画。話としては面白いが、実際の仕事は、さほどロマンチックなものではない。いかに速やかに砂利や巨礫を移動するかだ。これまでの河との関りから推測して、おそらく右岸にたまった巨礫層が水制の役を果たしてB岩盤に深掘れを連続、自然の理によって橋を処理する。当方もまた、分に甘んじ、その理に従う。2012年1月31日

中洲上流端からマルワリード取水堰を望む。カシコート堰は、マルワリード堰と事実上一体となり、ここに10年余にわたった「緑の大地計画」が大団円を迎えることになるだろう。私たちが得たものは、60万農民の生活の保障、そして何よりも、欺かぬ自然、人の世の虚実の知識である。変転する情勢の中で不易を実感できるのは、役得である。ペシャワール会総力を挙げて取り組むことを望みます。

中洲を構成する巨礫。こいつは流されない。頼りになる素材。2012年1月31日

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