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カシコート工事、白熱
~水路内は見通しつき、河道の処置が焦点
シギ地域のサイフォン工事、半ばを越える
東部全域で渇水~

寒くなってきました。お元気でしょうか。10月28日のイード明けは、重機の唸りと作業員の喚声で始まりました。

相変わらず河にはりつけです。休みを挽回すべく大攻勢、布石は成り、建設が進んでいます。

水門部は下段の造成が行われています。用水路壁下段もこれに合わせ、今月以内に700mを通水できると思います。

最大の精力は、やはり河道の処置に注がれます。これまでの経験を生かし、取水門から400m上流で流れを二分、マルワリード側にかかる流水圧を減らし、水量の多くをカシコート側に持ってきます。

全体の地形は、岩盤沿いの右岸が深く、左岸カシコート側は浅く広い流れになっています。つまり、洪水時に右岸マルワリード側に流水圧がかかり、同堰の破壊が起きやすく、これを強化すれば左岸カシコートに水が溢れます。

2010年の大洪水の折、取水口から1500m下流(カシコートの壊れた橋)地点の溢水は、確かに狭い架橋が原因であることは確かです。しかし、取水口から400m上流の洪水進入地点は、同部の自然狭窄河道と共に、マルワリード堰が一役買っていたと思われる節があります。この洪水被害を軽減したのが、中州の流失であったことは、今となっては必然だったと肯けます。

そこで、砂州の復旧などで単に堰長を伸ばして堰き上げるだけでなく、高水位期にも河床や河道を傷めず、安定して流下する工夫が求められます。

対策は以下に要約されます。(改訂添付図参照)

1. 河道狭窄部(取水門から上流400m)の川幅拡大(幅平均50mを掘削)と連続堤防
2. 水門前の河道④の河床を強靭な巨礫で仕上げ、かつ急流とし、土砂吐きを兼ねる
3. 水門下流背面にある河道⑤を低水位河道に変え、幅広く(約100m)やや急な傾斜(0.017)にして浅い安定河道にする
4. 上記措置の後、河道③を狭めて流量を減らし、脆弱な河床の洗掘を防止


以上のうち、目下2と3の作業が成否を分けると見ています。河道③は無理に渡れません。河道④に一時架橋して相当量(100m3/秒前後)を流し、河道③の処置を行います。現在のところ、同河道が最も脆弱です。これは2010年8月の大洪水で消えた砂州に発生したもので、流失部分がそのまま、深い中心河道を作っていました。年々拡大しており、マルワリード側の辺縁が崩れれば、8年間の苦労が水泡に帰すると見ています。河道⑤造成と河道④の架橋が成れば、一挙に人員と資機材を渡し、堰の河道全体の水量配分を行うことができます。

半端な工事は流水のバランスを崩し、両岸の取水口に用水が乗らなくなります。無理を押すと、却って事態を悪くします。ここは我慢、二、三週間遅れても仮架橋を確実に行い、全力を投ずる方針です。河は生きており、どんな小細工も効きません。たとい一時的に思い通りに出来ても、大自然の造形を根本的に変えることは不可能です。自然の流れに逆らわず、最低必要限のおこぼれに与ることです。

河と向き合っていると、不思議なもので、いつの間にか人間界を離れ、自然界から人間を見ている気がしてきます。水理学や河川工学という難しい話ではありません。人の世界が余りにどうでもよい事で満ちあふれているように見えてくるのです。

背後のスレイマン山脈では派手な空爆の演習、対岸のクナール州側でもきな臭い事件が起きます。閉口するのは、行政機関が現場を全く見に来ずに、会議と書類だけが回っていることです。上級の役人が恐れて外出せず、的外れな指示が来たりします。ひどいものでは、「診療所に分娩室がない」と非難し、「設置しなければ違法、改善を望む」というものがありました。農村の家庭出産を知らぬ外国人が作成した基準です。

書類作成が上手であれば実がなくとも認められ、真面目に働く者が非難される。こんな事は以前までなかったことです。人々は面従腹背になるだけです。

さてこの無政府状態で、肝心のカシコート自治会は泰然自若、「PMSの工事中断を企図すれば、カシコート8万家族が敵になる」と異例の保護宣言、伝家の宝刀を抜きました。(この事情は説明しても、今の日本で理解されにくいです。「保護」とは、兵農未分化のパシュトゥ農村社会で絶対の掟であり、特別な響きがあります。特に辺境はそうで、彼らは本当に犠牲を出しても約束を守ります。工事妨害に関わる者は誰でも敵と見なされます。)

何れにしても、餓えに脅える人々の生存が最大の人権であり、立場を超えて共に忠を置くべき天意でありましょう。忠節とは、ここでは決して死語ではありません。工事は何事もなく、はつらつと進められています。

しかし、無い知恵を絞りだしながらの河との格闘も、そう長くは続きません。心身の疲労が出る12月中旬までには、見通しをつけたいと思います。

なお、シギのサイフォンは半ばを越え、ベスード郡のタプー堰は復旧しました。河の異常低水位は続いており、雨が全く降りません。他のベスードI、カマII、カマI、マルワリード、シェイワ、シギの各堰は健在です。ベスードII(タンギトゥクチ)流域を除き、PMS作業地の三郡全域で小麦の播種は安泰です。

みなさんもお元気で。

平成24年11月8日 記

作業開始から一か月、ついに水門柱が建てられた。
カシコート自治会の重鎮が現場で祈りをささげた。写真は地鎮祭に捧げられた羊。地面に血を吸わせ、加護を祈る。犠牲祭では富裕な者が羊や牛を捧げ、貧しい者に肉を分配する。旧約聖書のアブラハムの故事に因んだもの。
一般の人々は普段殆ど肉を食うことができない。それほど貧しいということだ。羊には気の毒だったが、人柱よりはまし。
料理されて作業員に分けられ、一同大いに励まされた。やはり異国。
2012年11月4日

本工事から一カ月、やっと全体が見えてきて、方針が定まった。
取水門の柱(堰板を積む溝)が立つと、いかにも水門らしく見える。流失した中州の復活で堰上がりが起き、河の水位は水門床面より92㎝高い。排水ポンプを使いながら建設が進む。
2012年11月4日

激しい流水圧がかかる水門上流側は、大きな円形構造物を置き、鉄壁とする。
特に下段は激しいので超重量級のコンクリート塊とし、水門を保護する。高さは4m、下段はとくに念を入れる。
2012年11月7日

水門部背面。
水門下部の造成と同時に、蛇籠のチームが入り、作業は更にピッチを上げる。それらしく見えてきた。
2012年11月8日

第⑤河道の石張り床(本文参照)。
河道⑤の幅90m、長さ100m、落差1.7mで約9000平米に巨礫を敷き詰める。水門の下流側の背面に位置し、上流端は水門床面より50㎝高く、冬の最低水位水面より30~40㎝低い。夏は水深2~3mの水が下る。浅く広く崩れにくい構造。強さは実証済み。
2012年11月8日

流失中州の復旧作業。
この造成でマルワリード用水路は渇水を免れているが、夏に流されないよう、巨礫や蛇籠を埋設すると同時に、うまく既存河道に流れを配分する工夫が要る(本文参照)。
中州の長さ100m、幅70m、両岸に河道②(右岸)、河道④(左岸)を置く。
2012年11月7日

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