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各地で異常渇水、ナンガラハル州南部の果樹園全滅
~ガンベリでオレンジ園造成開始
河川工事、渇水で泥沼化~

3月になりました。
おそらく日本では、アフガニスタンの政局の混乱のニュースが時折伝えられているかと思います。「4月の大統領選挙が境目になる」ということしか分かりません。地元の一般的な人は、長く続く混乱に疲れており、「とりあえず安全」だけが期待のようです。

人々が恐れるのは飢餓です。この10数年間、農地の乾燥化が容赦なく進んでいて、農業生産は著しく低下しています。外国軍の進駐後、一見安定したように見えたのは、実は、復興支援や軍事活動による莫大な外貨の流入で、他国からの輸入でしのいできたからです。

食べ物は作るものでなく買うものだという錯覚は、軍の完全撤退と外国援助の引き上げを目前に、微塵に砕かれようとしています。最も悲惨なのは、援助のおこぼれに与らなかった都市貧困層、旱魃で自給自足できなくなった膨大な農民層です。多くの人々の恐怖は、政局よりも旱魃にあります。ひと昔前ならパキスタンやイランに逃れて生活する機会がありましたが、隣国はどこも余裕がなくなっています。政情混乱に食糧価格の暴騰が加わればどうなるか、考えるだけでも背筋が寒くなります。

例えば国内供給を一手に引き受けてきたナンガラハル州の柑橘類の生産は、2、3年前から既に激減していましたが、今やほぼ壊滅状態に至りました。みな、危機的に事態を受け止めています。このような事態を反映して、「ガンベリのオレンジ園」は象徴的な希望になりつつあります。PMSでは、4月以後に起きうるあらゆる事態を想定、せめて自分たちだけでも自給を達成しようと、一種悲壮な危機感が漂い始めています。この事態は敗戦直後の飢餓を知る者にしか分からない――と言ってしまえば終りなので、ここは皆に危機を訴え、少しでも悲劇の構図を知ってもらう以外にないと考えています。

こうしてガンベリのオレンジ園は、暖冬の中、植樹を急いで約5,000本の中苗を移植、最終的に3万本以上の一大果樹園を目指しています。七面鳥や乳牛などの畜産も、小規模ながら試みられます。小麦生産は先に報告した通りです。

大きな力になったのは、アルファルファの定着でした。他にサツマイモや緑茶などいろいろやってきましたが、定着に至りませんでした。農業は地域性が濃厚で、既にあるものを踏襲するのが最善だということです。水さえあれば、みな四苦八苦しながら何とかなる。

これが分かるまで10年かかりました。実際、水稲栽培にしても、水が豊富にあればあちこちで自動的に現れます。品種も、脱穀技術や肥料の事情に合わせて農民自身が熟知しています。

農業支援が無駄だったのではありません。試行錯誤があってこそ、身にしみて得た結論です。あとは水を求めてまっしぐら、そのために取水技術の改善と普及――というのが現在の主な活動となっています。

各地で農地が消えてゆく中、今となっては、灌漑事業に集中してきた吾々の試みが外れてはいなかったと自らを慰める他ありません。

洪水の後始末はまだ続いています。それに追い打ちをかけるように、少雨と河川の異常低水位です。しかし、せめて作業地の飢餓を回避するよう、必死の努力が傾けられています。当たり前でしょうが、食さえ満たせば命は維持できます。今、現地はそのレベルです。

かくて籠城態勢を敷き、混乱を乗り切ろうという意図です。ご理解をよろしくお願い申し上げます。

平成26年3月4日 記

オレンジ園の予定敷地は、長さ約1.6㎞、幅100m以上、面積は160ヘクタールとなる。今年は暖冬の上、潅水路の整備が間に合わず、約5000本を移植した。砂防林は殆ど灌水を必要としなくなったものが多く、地下水が上がっているものと思われる。十分希望はある。
2014年2月24日

まもなく植樹シーズンが終わる。大量の苗木を壊滅したソルフロド郡の果樹園から運び、総動員で作業。
2014年2月24日

一日500~1000本のペースで、一週間で植える突貫工事。今年は5000本で始め、次の冬に更に数を増す。
2014年2月24日

ガンベリ沙漠の排水路整備も着々と進んでいる。洪水と砂嵐被害が遠のき、給排水路の整備が焦点となってきた。写真は排水路の架橋工事。
2014年2月27日

ベスード護岸始点から約50メートル上流側の崩壊。PRT(軍・地方復興チーム)の仕事だったらしいが、誰も後始末しない。角ばった巨石を積んだだけで、根固めがなく、昨夏の洪水で洗掘、崩落したもの。これは恐ろしい。今夏に大決壊を起すのは確実。PMSの連続提も影響を受ける。住民の懇請を容れ、やむを得ず、吾々が作業をして修復する。大きな角石はテトラポットと類似の働きをするが、洗掘が激しい。
2014年2月24日

他人事でない。吾々の護岸もあちこちで修復を余儀なくされた。洗掘は、堤防に運命的なものだ。これまでの捨石工の弱点を見直し、新たに登場したのが籠出し水制。これまでの施工経験では、最も洗掘に強く、ヒトデのように急流に張りついて残る。マルワリード堰で、10年前の籠がそのまま残っているのが確認された。
2014年3月4日

施工は、ひたすら根気。作っては落とし、作っては落とし、深い洗掘部を埋めてゆくのだ。手間はかかるが、巨礫輸送に比べればコストはかからない。
2014年3月2日

水枯れのベスード第一堰。普通なら河川の増水が始まる時期に、これは異常だ。この堰は15㎝の超低水位でも潤せるよう設計しているが、3月2日、3㎝まで低下。さすがに取水は不可能で堰の臨時改修を行った。
2014年3月3日

2日間の動員で水位は40㎝に回復。流域は護られている。ベスード第一堰・取水口は同郡最大の給水場所で、約70%(2500ヘクタール)を潤す生命線だ。2年前にJICA共同事業として完工。現在は公園のような場所になり、美しい木立を作っている。市内から散歩に来るものが絶えない。
2014年3月4日

同取水口の沈砂池(調節池)。洪水からも、渇水からも解放された流域は、最も安心して住める地域となっている。
2014年3月4日

ベスード郡のカブール河流域は比較的穏やかだ。こちらはクナール河のベスード護岸。しめきり提をめぐる攻防は果てしなく続いている。
2014年3月2日

タプー用水路に芽吹くヤナギ。かつて洪水が暴れて人が住めなかったが、続々と移住が始まっている。用水路はもともとしめきり堤防のドレーン工の一環で、排水路として設けられた。しかし、現在不可欠な灌漑路として利用されている。取水量よりも水路の流量が多いのは、浸透水が加わるためだ。
2014年3月2日

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