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スピンガル山脈、ダラエヌール渓谷、遅い雪化粧
ガンベリ開拓が活発化

去る3月8日から、断続的に降雨があり、遅まきながらナンガラハル州各地を潤しました。特にスピンガル山脈方面で、わずかに残る耕地にしがみつき、天水だけを当てに生きる農民たちは、しばしの安堵で胸をなでおろしました。昼間の市街は警察官や国軍兵士であふれてものものしいですが、日没と共に静かな闇と無政府状態が覆います。

河の増水が始まり、河川工事が急がれていますが、限られた物量で思ったより難航、ようやく焦りの色が見え始めています。昨年6月からまる9ヶ月、洪水対策が終局に向かうと思った途端、再び洪水の季節が近づいています。でもお陰で、各取水堰や護岸は強靭さを増し、今夏は何とか無事に過ごせるのではないかと、励みにしています。短気な者は、この仕事に向きません。

ガンベリ沙漠開拓は、予定通り主力が移り、給排水路の整備や農産物の生産管理が進められています。河川工事が落ち着けば、しばらく大工事を控え、4月前後に予測される混乱を乗り切れるかと考えています。砂嵐や鉄砲水の危機が遠のいた現在、やっと本腰を入れて食糧生産に励むことができると思います。

報道では政情のことばかり伝えられ、何だか戦場の中で暮らしているような印象を与えますが、日常は決してそうではありません。問題にするから問題になることが余りに多く、人々は辟易しております。予測される政情混乱は確かに脅威ですが、みなは「考えても仕方ない」と諦め、まるで台風や洪水が過ぎ去るのと同様にしか考えてない節があります。大地に根ざすこの不敵なたくましさが、アフガニスタンを支えてきたと最近思っています。

みなさん、お元気で。

平成26年3月13日 記

作業地から見るダラエヌール(ケシュマンド山脈)の降雪。遅かったが、これで一カ月は山麓の水が持つ。悲壮な飢餓の危機感は少し薄らいだ。作業地はカマ堰とベスード護岸改修の最終段階。砂州I・II間の河道(2B)の開放(先に送付した、2月20日報告書②の地図参照)。
2014年3月12日

PMS農場F区。小麦畑の地平線。今年の小麦作付けは180ジェリブ(36ヘクタール)。予想収量は140トン、約1000名を一年間養える量。
2014年3月12日

生育は良好で、開墾後初めての播種にしては驚くべき。
2014年3月12日

米の脱穀風景。
2014年3月12日

昨年のコメ収穫は、約15トン。今年はさらに生産を拡大する。水稲栽培はまだ研究の余地が大きいが、ここでは荒れ地を肥やす手段として奨励している。印象では、水田の後に作った小麦の生育が抜群に良い。アフガン人は根っからの百姓で、収穫を手に顔をほころばす。責任者のアジュマル君は農学部出身。
2014年3月12日

全てアフガン産の長粒米。2種類の品種で比較したが、大きな差は見られなかった。日本種は全廃し、基本的に現地の栽培法に従う。脱穀・保存の方法や調理、嗜好が異なるためで、やはり何百年も作って食べてきた地元の人々に任せるのが最善。
2014年3月12日

肥料の生産も自分たちで行う。写真はアルファルファによる堆肥作り。数ヵ月埋めて発酵させて肥料にする。
2014年3月12日

排水路架橋工事。PMSが湿地帯で手掛けた架橋は大小20以上、全体では100を超える。大河川でなければ、もはや苦も無くこなせるようになった。
2014年3月8日

クナデイ村の揚水水車一号機。水受けを高くして改良。直径4メートル、用水路底から3.2mの高さまで揚水できる。カンレイ村2号機は直径6メートルなので、小ぶりに見えるが、揚水量そのものはこちらの方が多い。一日1200~1500トンを給水。
2014年3月8日

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