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ミラーン堰周辺の洪水による河道変化と対策

2015年7月17日~8月3日にかけて、クナール河全流域で集中豪雨が頻発、河沿いの各所で堤防決壊、溢水が発生した。洪水規模は2010年、2013年のそれに匹敵する。河の水位は例年なら6月をピークとして漸減するが、今年は、7月初旬~中旬にかけて異例の高気温(熱波)に続く集中豪雨で、7月下旬~8月初旬に異常高水位を記録したのちに、急速に水位が低下した。

PMSの作業地ミラーン周辺では、7月17日夜半に連続堤防の溢水と浸食が危惧され、住民を一時退避させて緊急工事が行われた。来襲は二波に亘り、7月20日に一旦引き、8月1日に更に高水位が襲った。その後、堰周辺で泥土の堆積が著しく、逆に低水位状態となって現在に至っている。

周辺の河道変化と砂州移動(図1参照)

図1.ミラーン作業地の河道変化と砂州の移動・消長。

周辺で観察された主な変化は以下の如し。(2015年9月20日)

1.ミラーン連続堤防始点より約1㎞上流、右岸タンギトゥクチー堰の対岸、カシコート・カチュレイ村で大規模な溢水が発生して主流がなだれ込み、左岸の旧河道が復活、主要河道が二分されている。

2.右岸のミラーン連続堤防付近では、始点から約500m上流で幅の狭い帯状の新砂州(長さ700~800m、幅50m前後)の発生が見られると共に、砂州に沿って対岸の著しい侵食で新たな河道が形成され、旧河道を二分している。

3.旧河道⑤は更に砂利が堆積して埋まり、砂州5と合体、幅広い高水敷と化している。旧河道④は浅い緩流を成して、水量を著しく減じている。

4.旧河道③が主流化し、旧砂州2と3を掘り崩して直進、旧砂州2の下流側が消滅し、流路の一部を成している。旧砂州②の上流側は逆に砂利が堆積し、砂州全体が護岸線に寄りついている。

5.旧河道③の一部は、護岸600m地点付近で分流を旧河道①および②に送る。護岸線に沿う分流は、旧河道②に相当する場所で大きな流れ(幅約100m、長さ約200m)を作り、両砂州の下流端で主流化した河道③に再び合流する。護岸1000m地点から堤防線に沿ってやや深く細い河道(幅20~50m)が保たれ、取水堰の水量を維持している。

6.旧河道①は砂礫が著しく堆積し、緩やかで幅広い流れ(幅約200m)を成す。旧砂州1の下流側は全体に低く、連続する浅い河道と区別がつかない。

考察

以下は新地図(図2)を参照。混乱を避けるため、以後は本地図上の名称を使用(旧砂州2→砂州3、旧砂州3→砂州4、河道③→③Aと③Bに分け、上流の帯状砂州→砂州6、上流主要河道→河道Aと河道Bに分ける)。

図2.ミラーン作業地の現在の状態

作業地をとり巻く全体的変化(図3参照)

図3.ミラーン周辺の基本的な河の変化を示す模式図。幅1㎞の河川敷内で河が暴れる。砂州と河道の消長は千変万化。 左岸カシコート側で土砂が堆積し、砂州と高水敷が融合する。右岸ミラーン側で軟弱な地層の浸食が起き、主要河道が寄りつく。洪水をくり返しながら河川敷が拡大し、河道変化と砂州移動が起きやすくなる。大砂州は堆積が進むと分裂、または対岸と癒合して屈曲河道形成の一因となる。

今夏の大洪水による変化は、これまで観察された一連の自然の動きが、過去の人工的な河川構造物で修飾された結果と見ることができる。

ミラーン付近の「一連の自然の動き」とは;

1.右岸ミラーンの軟弱地層(村落と耕作地)を浸食しながら、氾濫原が拡大する動き。(左岸カシコート側は岩盤で河岸線が固定。)

2.結果として起きる河川敷と川幅の拡大。右岸の侵食が急速かつ大きければ、急流の主要河道を右岸に引き寄せ、相対的に緩流化する左岸に砂利が堆積、砂州が拡大する。

 同周辺部の「人工的構造物」とは、

1.ミラーン堤防始点から約700m上流の右岸タンギトゥクチー堰、右岸の旧ミラーン護岸、および左岸カチャレイ村の石出し水制

2.PMSが施工した右岸のミラーン連続堤防(2,380m)、および堤防上流の石出し水制(護岸線420m)、計2.8㎞。

仮に全くの自然状態であれば、侵食が右岸ミラーン側の岩盤層に達するまで続き、やがて右岸にも砂利が堆積し、河川敷全体に複列砂州または扇状地を形成する過程にあると思われる。護岸工事と取水堰建設は、このダイナミックな自然の動きに対し、最低限の折り合いをつけて村落を護り、一時的かつ部分的に修飾を加えることに他ならない。取水しやすい場所は、洪水にも襲われやすい運命にある。

2003年夏までは、ミラーン側で災害続きではあったが、緩やかな自然の変化と言えた。しかし、一連の河川工事が、この変化を大幅に加速した。2003年に上流でタンギトゥクチー堰がISAN(NGO)の手で改修されると、単純突堤の堰先端で河床低下を起こして取水困難となり、根固めのない堤防で下流右岸(ミラーン)の侵食が進んだ。2012年のPRT(米軍・地方復興チーム)による工事でも、更に浸食を加え、翌2013年、右岸に置かれた用水路約500mが完全に崩壊して消えた。2013年に州政府が改修に乗り出したものの、返って事態を悪化させる結果になっている。

河道の消長と作業地での変化

こうして、2010年頃まで左岸にあったクナール河の分流が途絶え、中央の大きな砂州が対岸と癒合し、主流が完全に右岸ミラーンに寄りついた。

2014~15年に建設されたPMSの護岸は、強靭ではあったが、別の変化をもたらした。ミラーンの浸食は抑えられたものの、それまで浸食でバランスをとってきた流水が対岸にはね返され、河道③の直進をひき起こし、主流が中心側へ追いやられた。この結果、取水堰のある右岸沿いの河道の流量が激減し、浅い流れとなって取水堰付近に膨大な土砂堆積が起きた。

護岸始点付近では、同様の水刎ね効果で対岸砂州5に溢水が起き、同砂州上流部から侵入した流れが背面から洗掘を起こして新河道が発生、河の中央に帯状砂州(砂州6)が形成された。

タンギトゥクチー堰のために分割された河道のうち、左岸に向かう河道が勢いを増し、砂州5の上流左岸側に侵入、脆弱な護岸を突破して左岸の旧河道を復活させた。この結果、クナール河が再び大きく二分された。

これらが今夏の洪水の第一波(7月17~20日)で生じたと思われる。第二波(8月1日~3日)では、クナール河の流量が二分されて右岸ミラーン側の水量が半減したため、流速の遅い河道④、河道③B、河道①で土砂堆積が更に進んだと推測される。実際、洪水第一波で溢水寸前となった連続堤防は、第二波では著しい水位上昇が観察されていない

なお、連続堤防と石出し水制の影響は、1)600m地点で流方向を河道③Aに向け、河道③Bに砂利堆積を促し、同部の河道狭窄に拍車をかけたこと。2)700~1200m地点に線状の洗掘を起こして取水堰への流路と水量が保たれたことである。

当面の対策と取水堰の再建計画

以下が大方針である(図2参照)。

1.斜め堰の延長;2014年に建設された斜め堰を更に砂州3まで延長、中途にコンクリート製の砂吐きを複数個所に設置して架橋、交通路を確保。(堰幅;400~500m、堰長;20~30mの石張り堰、面積約12,000㎡)

2.河道③Bの拡大と主流化;砂州3の対岸(右岸の堤防に接する高水敷)を開放して護岸を強化、取水堰への通過水量を増す。

3.一年間観察して、必要なら上流タンギトゥクチー堰の対岸(クナール河分岐部の左岸側)を措置。または、砂州4まで堰を更に延長する。

予想としては、河道③Aの流量を著しく減らせるので、同河道が安定し、砂州2・3の下流側が守られ、砂州の変化が起き難くなると思われる。河道③Bを主流化すれば当然河道内は不安定となるが、アプローチしやすい。万一洪水による損壊が発生しても、処置はできる。急流に耐える石張りと、交通路確保、砂吐きの設置が大きなカギと考えられる。

9月末までに調査を完了し、直ちに工事に入る。

以上。

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