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ミラーン、秋冬に向けて準備工事を開始
~他の取水堰も改修が進行~

酷暑が去り、朝夕の空気がひんやりしてきました。ミラーンの調査が難航しましたが、やっと再設計を終え、工事が始まりました。(なお昨年の堰は一時的な設置で、計画では「ひと夏観察後に完成」でした。)「運よく」というべきか、今夏の予想せぬ大洪水は改めて堰の難しさを印象づけました。急いては事をし損ずる。クナール河に関する限り、「時間をかけて造り、観察を続けて改修を繰り返す」という方針は、正しいと思いました。

それでも、以前ほどの大きな試行錯誤は少なくなっています。当方が人の都合でなく、河の都合に合わせて動くのが習わしになり、河の性質を熟知するようになったことが大きいと思います。他の取水堰は案外強靭になっていて、年々改修の手間は減っています。連続堰、ベスード第一堰、カマ堰も安定してきていて、当面楽観的に考えています。

ただ、同じ河でもずいぶん河道特性が異なるのが、今夏の強い印象でした。ミラーンで新たな局面は、砂州移動への対処です。これまで扱ってきた堰は、砂州の安定が施工条件の一つでした。マルワリード、シェイワ、カシコート、カマ、ベスード第一堰(カシマバード)らは皆そうでした。河道分類で最も急流に属する場所でも、人々が昔から取水をしてきたところは、岩盤を背面に、自然砂州が思ったより固定していたのです。それを考えると、ミラーンで年々後退しながら転々と取水口を移していくのは、ある意味理に適っていた訳で、人工的介入をどこまでするかの折合が問われていると思いました。

マルワリード用水路工事中、あちこちで遺跡に遭遇し、かつて栄えた場所が沙漠に埋もれているのを見てきました。2000年以上前のバクトリア王朝の時代、かなりの人口がクナール河沿いに集中していた形跡があります。今にして思うのは、気候や地理条件の変化による水利用の変遷です。河の変化と文明の消長が一体であったと推測しています。大げさに言うと、私たちの仕事は、文明史と自然史の交差点に当たる訳で、より本質的なものに迫ってきたと思います。

とは言っても、当面の事態をどう切り抜けるのか、技術的な課題があります。「砂州と河道の部分的固定で、取水口付近の変化を遅らせる」が、現在の総論的な結論です。数年で変わるものを数十年、数百年とし、人里を安定させて時間を稼ぐこと―――中世の治水思想かも知れませんが、実は現代でも同じことで、大禍なかろうと思います。

ここは、実行あるのみ。神の加護を祈ります。

平成27年10月2日 記

クナール河沿いのPMS取水堰の水位変化。洪水来襲は二波にわたり、軒並み高水位を記録したが、ミラーン堰だけが、逆に水位低下を来たしている。詳細は前回の報告を参照。

予定される工事の概要。砂州1~3を一体化し、河道③の流量をB>Aとして主要河道を引き寄せる。排水力の大きい砂吐きを河道①に複数個所に設け、河道の流れを速め、砂利堆積を防ぐ。観察を続けて、必要なら将来砂州3と砂州4の間に堰を延長または上流からの水量を処置。

同鳥瞰図。上流から同部への水量が半減した現在、大きな砂州移動の可能性が少ないとの予測に基づいている。砂吐きは交通路確保と同時に、流量調節の機能を目指し、現山田堰の砂吐き(倒伏式の流量調整)と、中舟通しの着想を生かしている。

砂吐き(1)・(2)平面略図。取水門と同様、二重堰板で開閉し、流量を調節できる。排水能力は厳冬期の低水位期で約200m³/秒、河道③Bのほぼ全量を通し得る。低水位期だけ架橋して交通路を確保できる。連続堰と同じ手法。堰板は増水前に撤去し、夏は水没する。河道内の土砂堆積を減らす苦肉の策。

土砂吐き(1)の平面位置。ほぼ現山田堰の模倣。かなりの流速で土砂を排出可能。土砂吐き(2)は砂州2の中央に置き、砂州1・2・3の表面を流れる夏の流れの水位を下げて、掃流力を減らす。(1)・(2)併せて排水能力は200m³/秒、冬の河道水量を流し得る。

ミラーン堰工事予定地の全景。2015年10月1日

交通路敷設で干上がった昨年の堰。石張り面の下流端は必ず弓状に弧を描かせ、流水を中央に集める。こうすると砂州との接合部が安定しやすい。これも最近の定番となっている。2015年10月1日

ミラーンでも水位は40~50㎝もあれば十分で、今年は水稲栽培が多くの場所で増えている。2015年10月1日

土砂吐き(2)の基礎工事を開始、来週中に床面の工事が本格化する。2015年10月1日

西送水門の下流側。現在、最後の水稲への潅水。10月に入ってから水量を落とし、野菜栽培用だけで済む。西送水門はロシアの作ったサイフォンを潜らせ、かなりの水田を潤す。子どもの水死事故がないよう、鉄筋で網を組んである。2015年10月1日

黄金の稲穂。今年は安定した潅水で、流域の水争いは見られなかった。アフガン人は米作を好む。水さえあれば、水田はまたたく間に広がる。地形上湿地化しやすいところは、村同士の話し合いで、トウモロコシとの輪作が行われる。PMSが作付けまで介入することはない。2015年9月20日

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