「広域展開」の準備、着々と進む
―復興モデルの完成と訓練所の開設

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報125号より
(2015年9月30日)
皆さん、お元気でしょうか。
今夏は異例の長さで日本に居て、2ヵ月間があっという間に過ぎてしまいました。しかし、講演会等を通じ、各地の支援者の方々と触れる機会に恵まれ、意を強くしました。
中には、「"緑の大地計画"が終わり、中村も引き上げるのか」と誤解、落胆されていた方々も居たりして、驚きました。
また、平和の問題や中東全体の混乱で、アフガニスタンの現状が余り知られなくなったことにも、ずいぶん戸惑いました。
ここで私たちの計画の現状を伝え、先の長い話であることを再確認し、今後を理解する参考に供したいと思います。

建設中のミラーン取水口(2015年7月)
2003年に始まった「緑の大地計画」は現在、安定灌漑地域の目標16,500ヘクタールのうち、約9割に迫っており、このまま努力を続ければ、数年後に目標に達すると思われます。多くの支援者の方々の心配は、その後どうするかと言うことです。

しかし実は、まだまだ問題が山積しています。十数年前に比べて気候変化の影響がさらに進み、治安の悪化が著しくなる中、今後に予定される「広域展開」の準備を着々と進めています。
具体的には、以下が大目標です。
1. 今後数十年を見据え、既に建設した取水堰や用水路の維持態勢を確立、復興モデルを完成すること
2. 広域展開に備えて、人員(技師、現場監督、重機運転手、事務職、作業員ら)の訓練所を開設、他地域の調査を始めること


すなわち、「緑の大地計画」の途上で、同時に次の飛躍を準備することです。述べれば簡単ですが、これには多大の努力が必要になってきます。

「維持態勢」とは、単に技術面だけでなく、地域社会に密着した人間関係、行政との協力と適切な距離など、地域農民との絆を盤石にすると共に、この仕事に従事するPMSの安定があります。膨大かつ複雑となった事務量をこなすことも不可欠で、日本側事務局との密な協力が求められています。

「広域展開」に備える訓練所は現場に置き、予定地での実戦部隊を育成するものです。現地に即した技術を、紙上でなく、実際に一定期間を現場で働きながら習得する方針です。医療と同様、灌漑の仕事は、河川など自然を相手にするので、臨機応変に対処せねばなりません。徹底した経験に基づく現場感覚が必要です。実際の事業に当たり、石積み、ダンプカーの誘導、蛇籠の編み方等の単純作業から設計や全体の管理に至るまで、経験を積まねば習得できません。過去、医療活動の場合も殆ど同様な方法で人員を育成しています。早ければ年度内に着手する予定です。

蛇籠ワークショップ。2003年、用水路建設当初は賞金つきのコンテストを行い、技術向上を図った。現在はみな熟練工だ。
上のワークショップで編んだ網を、現場で石を積みながら籠にする。用水路の殆どの両壁に使用されている
ジャララバード事務所のワークショップ。堰板の上げ下ろし時に使う道具を作製中。周りに堰板に貼り付ける鉄板や、鉄板をつけ錆止めを塗って干している堰板が見える。水車もここで作った。
堰板方式取水門。堰板の上げ下ろしを指導するエンジニアのファヒーム(左)
広域拡大は一朝一夕にできませんが、余り悠長にできぬ事情があります。農地の乾燥化で農業生産が急速に減少している現実です。飢餓人口は、アフガン全国で400万人(2000年・WHO)から760万人(2014年・WFP)へ増加しています。この数字を裏づけるように、ジャララバード周辺のスピンガル山脈方面で、農地がことごとく荒れ果ててしまいました。

鉄砲水の後の修復作業。約10ヵ所で一斉に作業を進めている(2015年7月)
こういった地域では、生活の道を絶たれた農民層が、家族を養う糧を求めてIS(「イスラム国」)の勢力下に入り、その範囲は今やナンガラハル州の3分の2を覆うまでに至っています。干ばつ地帯と紛争地域の分布が完全に一致することは、訴える価値があります。そして、干ばつと紛争の相乗効果で犠牲が増加しています。

「緑の大地計画」は決して小さな仕事ではないものの、アフガン全土の耕地の数%に過ぎません。我々だけでは当然無理です。各方面の協力が必要と見て、アフガン政府筋はもちろん、全ての勢力に問題を訴え続けています。

洪水で大量の土砂が流入した沈砂池の浚渫作業(2015年7月)
しかし、報道の運命的な性格上、どうしても戦争や政治的事件ばかりに耳目が集中しやすく、背景にある気候変動による農地荒廃=飢餓と貧困は、余り話題になりません。自然の猛威が世界中でささやかれても、戦乱との密接な関係は殆ど意識されないことが多いと思います。この傾向は、改善するどころか、ますます進んでいるようで、不気味です。おそらく世界中で進む都市化で、人間が自然から遠ざかっていることと無関係でない気がしています。

危機的事態を知る者は、早くから警鐘を打ち鳴らしてきました。戦争や難民を自然との関わりから見る視点は、国際的に大きく広がっています、しかし、どうしても目先の経済繁栄に目が行きやすく、具体策が乏しいのも現状でしょう。

現地から我が国を見ると、絶望的な気分に襲われます。字面をいじる非平和的・非現実的な主張は哀しく、さすがに呆然とします。

今年もサトウキビを栽培している
私たちの目の前で起きている事態は、生やさしいものではありません。そして、平和と言い、気候変化と言い、他人事ではなくなりつつあります。
「緑の大地計画」は決して「テロ対策」でも「平和運動」でもありませんが、人が平和に生存する確実な現実策だと考えます。
先は長い道程ですが、これまでのご協力に心から感謝し、今後も変わらず、このフロンティアを守りたいと思います。
平成27年9月 記

(追記)
今夏の洪水は例年になく激しいものでした。しかも、予測できない不安定な気象が増えています。マルワリード用水路全流域が鉄砲水に襲われ、カマ郡・ベスード郡の取水設備や護岸も改修を余儀なくされました。

建設中のミラーン堰では、洪水の直後に渇水状態となり、今冬の工事に向けて調査が進められ、かなり大規模な取水堰建設が予定されています。 今秋から、同時に多数地点での工事を進めざるを得ず、相当な難局と見ています。でも、私たちには希望があります。現地PMSの実戦部隊が着実に力をつけ、突発的な緊急事態への対応が迅速かつ適切になっているからです。

何とかこの流れを維持し、さらに他地域への展開を現実化したいと思います。いっそうの祈りとご支援をお願い申し上げます。