人と和し、自然と和すことは武力に勝る力
――平和とは理念でなく、生死の問題

PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
ペシャワール会報110号より
(2011年12月13日)

州知事や灌漑省役人が現場を訪れ、ベスード第一取水口施設着工式が行われた。


河との激闘の日々
みなさん、お元気でしょうか。つかの間の帰国でしたが、再び河との激闘の日々です。
嬉しいことに、これまでPMS(平和医療団日本)が手がけた取水ぜき堰・用水路らのかん がい灌漑事業が、少しずつ各方面の支持を得るようになり、「自分の村にも」という陳情が殺到しています。
新たに着手したベスード第一取水堰工事は、去る10月30日に事実上開通、多くの人々が喜びをかみしめました。これによって、農地約二千数百ヘクタールの安定した灌漑が保障され、約10万人の農民が洪水と渇水に怯えなくて済むようになるからです。
近年の気候変動で河川の水位差が極端に変動し、従来の取水方式ではもう対処しきれず、多くの地域で耕地の沙漠化が進んでいることは再々お伝えした通りです。
かつて100パーセントに近い食糧自給を誇っていた農業国は、壊滅的な打撃を受け、今や食糧の半分を外国に頼っています。アフガン人にとって、この数字は絶望的です。殆どが自給自足に近い農民と遊牧民の国で、食糧自給が半分ということは、人口の半分(約一千万人)の生存する空間が失われたということです。このままではアフガニスタンは、戦争ではなく干ばつによって滅びるでしょう。

日本に伝わるのは戦争や政治の話題ばかりで、この大きな厄災が伝わらぬもどかしさがあります。PMSとしては、全力をあげて対処し、過去十年間、医療と並行して灌漑事業に取り組んできました。この結果、ナンガラハル州北部農村地帯、ベスード、カマ、シェイワの3つの郡(耕地計一万四千ヘクタール)で農民60万人の生活を守ろうとしています。計画が完全に成ると、このモデルが更に拡がり、東部アフガン農村の多くが救われることも、決して夢ではなくなります。「人間と自然との同居」は、ここでは死活問題です。 とは言っても、私たちが相手にするインダス河の支流はあまりに巨大で、まだまだ力不足を感じています。

ジャリババ渓谷洪水通路(A地区用水路を横切る)の拡張工事。水を流しながら作業を進める。旧通過路の幅14mを35mに拡張。会報109号の掲載写真と同じ場所。


10月30日ベスード第一水路に通水。作業員も祝いの菓子をほお張りながら、感慨一入。取水門からの主幹水路約170m下流にある沈砂池にて。


自然の理に従う
ベスード第一取水堰と同時に、カマ郡対岸の護岸工事3.5キロメートルが今冬に完成します。護岸は1年2ヶ月に及ぶ大工事になりましたが、ベスード郡の3分の1、約千ヘクタールの安全が守られます。これには石出し水制、かすみ堤など、日本の伝統治水技術が大活躍し、見事に大河の激流を制しました。「自然は征服が不可能で、人が自然の理に従い、与えられた恵みを見出す努力をすべきだ」という優れた自然観が、その根底にあります。実際、水路や護岸沿いに植えられた柳並木は壮観で、道行く人は足を止めて美しさに見とれ、心を和ませます。

先日、甲府の武田信玄の治水事業にふれる機会に恵まれました。筑後川の山田堰と同じく、数百年の時を超えて、胸に迫るものがありました。先人たちの知恵と努力、幾多の試行錯誤、自然との関わり方――営々と築かれてきた成果の延長線上に、私たちの存在があることを改めて知りました。そこで育まれてきた自然観や文化、人の温もり、助け合い、美しい国土が、深く関っています。それは「経済成長」やお金の多寡では、決して計れない尊いものです。

通水後のベスード第一取水門。田畑に水を流しながらの水門上部工事。


砂嵐にむけ植樹大攻勢
一方、ガンベリ沙漠の開拓は、休むことなく続けられています。今秋の突然の集中豪雨は、マルワリード用水路を一時途絶えさせ、忘れかけていた沙漠化の恐怖を思い起こさせました。こちらの方は、超突貫工事で2週間で復旧して開通、現在洪水通過路の拡張工事が続けられています。

5月の砂嵐で壊滅した試験農場は、並々ならぬ努力で復活し、35ヘクタールで小麦の作付けが行われました。来年の目標は、単なる量産ではなく、サツマイモの普及、アルファルファの野草化、果樹園の造成、養蜂の試みなど、バラエティに富んで楽しいものになっています。
しかし、砂嵐対策が最大の仕事で、今冬は植樹大攻勢。防風林を倍増し、水やりのための給水塔を建設、潅水路を張り巡らせています。
かつて忌避された死の荒野が豊かな草地を生み、遊牧の群が続々と集まってきます。この光景の中に「平和」があります。

人と和し、自然と和すことは、武力に勝る力です。だがそれは、戦争以上に忍耐と努力が要るでしょう。実際、10年間鍛えぬいてきたわが作業員・職員600名は、気力と技術において、どんな軍勢にも勝る実戦部隊です。平和とは理念ではなく、ここでは生死の問題です。
寒風に震え、飢餓に直面する人々が求めるのは、猛々しい戦でも、気の利いた政治論でもありません。
近頃、「そんな危ない所でなぜ」と、よく尋ねられます。PMSは、何も好んで国外で冒険をしているのではありません。100パーセントの安全は、何もしないことでしょう。暗ければこそ明かりを灯し、寒ければこそ火をたく価値があります。今を置いて、いつ「助け」があるでしょう。

みなさんの変わらぬご理解に感謝し、この事業を継続すべく、いっそうのご支援を心からお願い申し上げます。
良いクリスマスと正月をお迎え下さい。

10月30日ベスード第一水路に通水後の中村医師と現場職員達。