「緑の大地計画」の仕上げを前に農村の荒廃が進み、飢餓人口が増え続ける
―2015年度現地事業報告

PMS総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報128号より
(2016年7月6日)
それでも、多くの心ある人々が干ばつと食糧問題に目を向け始めたのは、この一年の大きな進展でした。次の段階は、良き訓練の場を提供し、如何にして他地域に希望を分かつかにあります。そのためには、やはり成就に近づいた「緑の大地計画」を確実に仕上げ、地域から流れを起こすことだろうと思います。進行する事態は生やさしいものではありませんが、私たしは絶望しません。神を信ずる者にも、信じない者にも、等しく恵みが備えられていることを知っているからです。
2015年度の概況
異常気象と洪水

ガンベリ農場でナツメヤシ園の造成の着工式が行われた(2016年4月17日)
2015年7月中旬、アフガン東部全域が熱波に襲われ、50度を超える気温となった。7月下旬から8月初旬にかけてクナール河流域に集中豪雨が多発、クナール河、カブール河沿いの各所で氾濫がおきた。「記録的洪水」は、もはや珍しい現象ではなくなったように思われる。

最近の傾向は、異常高気温、集中豪雨、河川の氾濫らが気まぐれで、かつてのように決まった季節に来襲せず、常に備えをしなければならぬことである。

2015年度は、マルワリード=カシコート連続堰を除く全ての堰の改修が行われた。今後を予想し、河川周りの工事(堰と護岸)に機動部隊を常時置き、「緑の大地計画」全域に速やかに展開すべく、緊急事態に備えている。

治安悪化と無政府状態
2014年3月に始まった総選挙は、半年以上をかけて行われ、組閣を終えたのは、2015年春のことであった。長い権力の空白のため、治安はいっそう悪化した。米軍約1万人が駐留を続けているが、改善の兆しが見られない。
2015年は、スピンガル山麓方面で、IS(イスラム国)の動きが活発化し、ジャララバードを一時恐怖に陥れた。住民が自らタリバン軍と連合してこれを撃破したものの、外国勢の暗躍も絡み、混沌たる情勢が続いている。
欧州へ逃れる都市青年層が増え、大きな問題となっている。他方で貧富の格差が一層拡大し、農民層は更に困窮している。飢餓線上にある者は年々増加、760万人(2014年・WFP)と伝えられる。

PMS事業のあらまし
2014年10月に始まったミラーン堰(ベスード第二堰)は、2回の洪水期を経て、ようやく完成しつつあるが、技術的に困難な地形で工事が進められ、新たな挑戦となった。しかし、これに伴って、同河川沿いに適した洪水対策(護岸法)がほぼ確立され、今後に明るい見通しを残した。
農地の乾燥化は依然として進行中で、内外に危機感が高まった。ここに至り、PMSに対する事業評価に伴い、各方面でPMS方式の取水設備を採用する動きが高まり、将来の広域展開が日程に上った。
事態は次の段階へさしかかっている。

ガンベリ沙漠開拓では、各方面の協力で合法的農地の貸与が成り、排水路網完成の見通しと相俟って、開拓が急ピッチで進む可能性が出てきた。職員の自給態勢が整いつつある。

1.医療事業
別表1. 2015年度診療数及び検査件数
15年度の診療内容は別表の通り(別表1)。
ダラエヌールのPMS診療所は対岸のJVC(日本ボランティアセンター)診療所とともに、ナンガラハル州から国際救援組織が消える中、地域で重きをなしている。

2.灌漑事業
主な工事は別表2の通り。15年度は将来の広域展開へ向け、準備段階に入った。「緑の大地計画」は、2020年までに計画地域(安定灌漑面積16,500ヘクタール、人口65万人)を完成し、モデル・ケースとする予定である。

アフガン全国の耕地は360万ヘクタール、そのうち灌漑地はわずか半数に過ぎず、それも減少していると言われる。近年の気候変化と戦乱が大きく関与しているのは、これまで我々が述べてきた通りである。飢餓人口は2000年の400万人(WHO)から、760万(2014年・WFP)に増加し、深刻な状態を作り出している。

灌漑地の減少は、決して技術的な問題だけではない。アフガン復興から15年、干ばつ問題が余り重視されず、現地に適した方法の模索や、長期の取り組みが行われてきたとは言えないからだ。農業、灌漑、治水の取り組みは総合的かつ長期的なもので、地域の社会特性が濃厚に関わってくる。PMSの場合、日本の支えを背景に、住民と一体に仕事を進め得たことが、力になってきた。

特にペシャワール会からの継続的な支えが大きかったことは、疑い得ない。設計、施工、維持管理、改修、住民との交渉に至るまで、自在な動きが保障されてきたからである。このことは示唆的で、今後の広域展開でも、「地域中心」のスタイルを崩すことはできない。
別表2. PMSによる事業実績・取水堰(2003〜2015)
別表3. 「緑の大地計画」の経過と予定表
◎ミラーン堰(ベスード第二堰)と対岸
2014年10月に着工した本堰は、ベスード郡クナール河沿いの大半1,100ヘクタールを潤す重要なものである。しかし、これまでの斜め堰と地形が異なり、建設が難航した。15年夏の洪水で大量の土砂が堆積した上、上流に分流が発生して、一時的に機能が停止した。

2015年10月、大幅な設計の見直しを行い、翌16年3月までに完成したが、新たな対応を迫られるものであった。もともとPMS方式の取水堰は、岩盤を背に安定した単砂州に置かれる例が殆どであった。 ミラーン堰の場合、多列砂州の連なる不安定河道である上、激しい浸食に抗して軟弱地層に取水堰を置かざるを得なかった。
しかし、これによって技術的に新局面が開かれた。砂州を連結した堰造成、連続堤防と植生工を利用した河道固定、分流の処置、土砂吐きの適切な配置などで、ほぼ完成に近づいている。洪水期の観察を経て、16年9月に竣工する。

分流の発生で冠水した対岸(コーティ、タラーン、ベラ、カチャレイ村)は、村落の半分以上が被災、村民は一斉にパキスタンへ難民化した。PMSが新河道の閉塞と約3kmの護岸を行うと帰還し始めた。 両岸の協力がなければ堰の維持は困難である。16年2月、対岸自治会=PMSとの間で協約が成って調査を開始、州行政やJICAが協力、16年10月から4年間をかける対岸地域の復興計画(マルワリードU)が策定された(後述)。

◎シェイワ郡全域の湿地処理の完成
マルワリード用水路建設に伴う湿地処理は、長い懸案であった。ガンベリ沙漠およびその下流は、全体が平皿状の地形である。長い間同地は貯水池として利用されていたが、PMSがマルワリード用水路(2010年)とシェイワ堰(2008年)を完成すると過剰灌水で沼地が急速に拡大、数百ヘクタールが水中に没した。

2015年までに大小約60kmを超える排水路網で湿地が処理されたものの、排水力が限界に迫り、ガンベリ沙漠開拓が危ぶまれていた。また、シギ上流域全体が低地で、ガンベリ開拓による湿地化が懸念されていた。PMSはクナール河へ戻る主幹排水路を拡張し、一挙に全地域の湿地を処理する抜本的解決を提案してきた。しかし、各村の抗争と軍閥の妨害で阻まれ、問題は再三棚上げにされた。

この間、新シギ堰(2015年)、マルワリード・シギ延長路(2014年)が完成、ガンベリ主幹排水路の効果が実証され、住民の間で協力の機運が高まった。16年3月1日、シェイワ下流域とシギ流域の全村の自治会が集結、ジルガ(長老会)を開催、衆議一決で「PMSの保護」が決定された。アフガン農村では、行政以上の強い拘束力で自治会の決定が遵守される。

PMSの計画はガンベリ沙漠からクナール河に至る旧排水路(約1,7km)の大改修で排水力を数倍に増し、ガンベリ開拓における後顧の憂いを絶つものであった。これに伴って、既存の湿害が一掃され、水稲栽培が飛躍的に拡大するので、全村がもろ手をあげて賛同したのである。

計画は直ちに実行され、年余をかけて工事を進める予定である。排水路の恩恵はシェイワ郡約2,000ヘクタールに及び、これによって「マルワリード用水路」が名実共に完成するに至る。

洪水到来のミラーン堰。堰に接続する第3砂州。砂州を安定させるため剣山粗朶柵が試みられた(2016年5月24日)
増水したクナール河。ミラーン堰上流対岸では必死の護岸堤の嵩上げ工事が続けられている(2016年6月20日)
◎PMS方式(取水設備)拡大への準備
2014年度の継続である。
15年度は、FAO(国連食糧農業機関)が関与してミラーン堰付近の研修所設立が計画され、JICA関係者やアフガン政府の山田堰(福岡県朝倉市)の訪問が活発になった。関連機関の関心が高まったことを意味する。日本側では、山田堰土地改良区とペシャワール会(福岡)が協力し、訓練のための教材作成が進められた。

PMS側の方針を再度まとめると、
1.文化や地勢・気候の類似した東部アフガンを中心に、徐々に且つ確実に拡大。
2.実事業を継続しながら、その中で「土着の実戦部隊」を組織的に育成。
3.日本側事務局の機能を強化し、PMS事務所と一体化する。
4.中央集権的な方法でなく、地域中心、かつ住民の自主性を尊重。
以上が基本方針、かつ絶対条件である。ただし現下の不穏情勢を考慮し、「緑の大地計画」が区切りを迎える2020年頃までには態勢を整える。

可能性が十分あると思えるのは、PMS配下の作業員数百名(潜在的労働力を併せると1,000名以上) 現場監督数十名が熟練工の域に達しているからである。地域でこのような熟練労働者と現場の技師を増やすことが大きな目標である。

◎緊急改修班の常設
近年、予期せぬ洪水が頻発し、その都度、護岸や堰の補強・改修が行われてきた。もとより河川周りの工事は竣工の公式通知から5年の観察期間を置き、自然の変化に応じながら強化する方針を採っていた。
だが最近、頻回の洪水が日常化し、各所で速やかな対応を迫られるようになった。15年は、常設の班を置き、機動的に作業地全体にいつでも展開できる態勢をとった。

◎バルカシコート上流への関与
ミラーン堰対岸と共に、カシコートの更に上流側の調査と仮堰の建設が行われた。「マルワリードU」と排水路工事の見通しが立つ段階で、本工事が計画される。

3.農業・ガンベリ沙漠開拓
◎PMSガンベリ農場の土地問題解決
別表4. ガンベリ農園の収穫物
ガンベリ沙漠では、2009年用水路の開通と同時にガンベリ農場を拓き、PMSの自給態勢を整え、用水路維持に役立てようとした。これが「自立定着村」構想である。その後土地所有をめぐって問題が発生し、居住地をベスード郡の一角に移動した。

PMSでは合法的な土地の取得を目指し、難航の末に2016年2月、アフガン政府と協力、開墾地235ヘクタールを農地として将来にわたり借用する契約が成立した。これによってPMSは、自立に向かって不動の位地を得た。契約は20年毎に更新され、PMSの解散がない限り継続される。

排水路問題が解決した現在、急速に開墾が進むと期待されている。農場に至る交通路の整備とナツメヤシ園造成が日本大使館の草の根無償資金協力で進められている。

ガンベリ記念公園は建設を終え、農業部の事務所が置かれている。現在、「干ばつ・水問題」を訴える上で象徴的存在となり、2015年度は国連機関やアフガン政府ら、公的筋の訪問者が増えた。農場では、果樹や穀類を中心に多様な生産が試みられている。畜産も拡大しており、モデル農場を目指して開墾が更に進んでいる(別表4参照)。

◎資材生産工房
資材生産工房の移転が完了、ふとん籠、RCCパイプ、U字溝等の生産らが大がかりに行われ、育苗場の充実で、灌漑事業に必要な資材がほぼ自前で調達できるようになった。常時40名が工房で働いている。

◎植樹
15年1月〜12月の植樹数は46,250本、大半が新設用水路沿いの柳枝工(約60%)とガンベリ農園の果樹、護岸工事に伴う樹林帯造成で占められる。16年3月までの総植樹数は888,697本である(別表6参照)。
別表6. 植樹総数(2003年3月から2016年3月まで)
4.ワーカー派遣・その他
別表7. 2015年度現地派遣ワーカー
現場に中村一名が常駐、ジャララバード事務所に鈴木・石橋の二名が赴いた(別表7)。
しかし、事務量が膨大となり、ペシャワール会事務局内に「PMS支援室」が設置された。専属4名を置き、現地と密な連絡を取りながら業務を分担している。
灌漑・農業事業は極めて長い年月を要する。今後、後続の育成を視野に、現地を支援していく。

2016年度の計画
2015年度の連続である。
河川・用水路工事では、ミラーン堰建設を16年9月までに完了、JICAとも協力して対岸コーティ、タラーン、ベラ、カチャレイの4ヵ村の復興に力を注ぐ。計画は「マルワリードU」とし、約850ヘクタール、3万名が恩恵を受ける(別表5参照)。

本計画の意義は、「緑の大地計画」全体で両岸からのアプローチが可能になり、維持補修が極めて容易になることである。また、これまで培ってきたPMSの灌漑・治水技術(堰などの取水設備、用水路、護岸、河道固定、サイフォン、揚水水車など )が全て投入され、他地域展開への訓練の場所を提供できる。当面の最大目標である。
訓練所の設立はいまだ準備段階であるが、16年度内には着工が期待される。
なお、2020年までに完了が予定される他の計画は別表3の通り。何れも数年以内に機を見て開始し、各年度計画と並行して進められる。
別表5. ミラーン堰対岸の灌漑計画(マルワリード第U堰)

趣旨
共同事業で完成しつつあるミラーン堰の対岸(クナール河左岸)には、4ヶ村に約3万人が居住する。同地はナンガラハル州の中でも辺地にあり、援助が行き届きにくい貧困地域である。同地域はクナール河左岸にあり、上流はカシコート地方(2014年・共同事業で取水堰建設)、下流はカマ地方(2012年・取水堰建設)に連続し、上下流約8kmのベルト地帯を成している。かつては耕地850ヘクタールを擁する大きな村落群であった。
しかし、近年頻発する夏の洪水や冬の低水位で取水・灌漑に困難が続き、次第に荒れていった。特に2010年、2013年、2015年と立て続けに起きた記録的な洪水で、耕地の約80%に相当する500ヘクタールを失い、一時は村民の大半が難民化した。

2015年の洪水では、分流が発生してクナール河を二分、下流にあるミラーン堰(当時PMSが建設中)の水量が激減して取水に困難を来たしている。取水方法にも問題があり、洪水流入と表土の流失を促し、近年の気候変動による河川の変化(洪水と極端な低水位)に適応できないと思われる。
同地の取水設備を整備して適切な護岸を行えば、難民化した村民の帰農を促し、同地4ヶ村の復興を約束すると共に、対岸(右岸)にあるミラーン堰、シギ村落の安定に大きく寄与することは疑いない。加えて、本事業ではこれまで培ってきた技術・経験が全て生かされ、人員の訓練の場を提供して、次の飛躍を期待できると思われる。

水はアフガン難民にとって生命線である。長引く戦乱に加え、気候変動による農地荒廃は、致命的な打撃を与えてきた。同地の復興によって、PMSが共同事業として実施してきた「緑の大地計画」が完成に近づき、以て東部アフガンで農村復興の範となることを期待する。

◎用水路・堰の名称;マルワリード第U堰(村落間抗争を避けるため、特定村落の名を冠せず)
◎期間(第一期);2016年10月から2018年9月(2年間)
◎場所;クナール河左岸のカチャレイ、コーティ、タラーン、ベラ村落/シェイワ郡・ナンガラハル州・アフガニスタン国
◎工事内容(第一期);
・取水堰(石張り式斜め堰、堰幅約200m)
・取水門(二重堰板方式、取水量2〜5m3/秒)
・主幹水路(ソイルセメント・ライニング、水路壁に柳技工・ふとん籠工、全長4,9kmのうち、第1期・約1,7km)
・沈砂池(送水門2、排水門1を備える)
・護岸工事(根固め工を伴う連続堤防、全長8,4kmのうち約5km)
・植樹(堤防沿い樹林帯)
◎裨益人口;約28,000名(同地域住民)、対岸の安定を入れると更に大きい。
◎灌漑面積;約850ヘクタール(既存耕作地を含む)
◎設計者;PMS(Peace Japan Medical Services)
◎施行者;PMS(Peace Japan Medical Services)
◎推定総工費;約7億円
◎全建設後の観察期間;5年間(2020年〜2025年)、PMS現地の責任で実施

2015年度を振り返って
最近PMSの「緑の大地計画」が注目を集めているのは、必ずしも喜ぶべきことではありません。アフガン農村の荒廃が更に進み、飢餓人口が依然として増え続けているからです。
それでも、多くの心ある人々が干ばつと食糧問題に目を向け始めたのは、この一年の大きな進展でした。次の段階は、良き訓練の場を提供し、如何にして他地域に希望を分かつかにあります。そのためには、やはり成就に近づいた「緑の大地計画」を確実に仕上げ、地域から流れを起こすことだろうと思います。
進行する事態は生やさしいものではありませんが、私たしは絶望しません。神を信ずる者にも、信じない者にも、等しく恵みが備えられていることを知っているからです。

虚飾の時代です。利を得るに手段を選ばず、欺き、殺してまで目先の富を守ろうとする風潮が、世界中で目につきます。「近代」は実を失い、道義の上で既に廃頽しました。経済成長という怪しげな錬金術にすがり、不老不死の夢を追い、自然現象まで科学技術で制御できるかのような進歩進行は虚しく、人間の品性と知性は却って退化したようにさえ思われます。

ツケは既にきています。「テロとの戦い」は、世界中で宗教的偏見を煽り、狂気を呼び起こしました。アフガン報復爆撃から16年、今国際世界は暴力化し、得体のしれぬテロの恐怖に脅えています。豊かさを求めて原子力に慄き、貪欲に富を求めてカネの下僕になっていくようです。GDPも防衛力も、恵みを語りません。「景気回復」は至福を約束しません。戦で死者は増えても、貧困と飢餓はなくなりません。

東部アフガンという辺境の一角で、世界の流行に惑わされず、ここまで来れたことに感謝します。今後も変わらず心ある人々と協力し、実のある歩みを続けていきたいと思います。そのことが、次の時代を拓く確実な手がかりだと信ずるからです。
温かいご協力により、無事に一年の歩みを経たことに感謝します。
平成28年6月 記