今秋から広域かつ大規模な事業展開
「緑の大地計画」の仕上げ――ミラーン堰対岸工事と研修所の設立

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報129号より
(2016年10月5日)
皆さん、お疲れさまです。
今年は異例に長い夏の帰国で、暑い暑いと言っているうちに、秋になりました。やっと現場に戻れますが、日本列島の気候も、ずいぶん以前と変わってきていることを思い知りました。熊本地震に次いで、集中豪雨、一転して極端な少雨、大型台風、河川の氾濫と、まるで現地アフガニスタンの大自然を見るような思いでした。
温暖化をめぐり、少しずつ私たちの訴えが理解されるようになってきていると思いました。

ミラーン堰と対岸の工事
クナール河左岸(ミラーン堰上流対岸)の洪水流入路の護岸堤2,4km。今秋この上流にマルワリード第二堰の建設が開始される
さて、今秋から今冬にかけての工事は、例年以上に広域にわたって行われます。今秋は、ミラーン堰の仕上げに区切りをつけ、その対岸、コーティ、タラーン、ベラ、カチャレイの村々で、8,6kmにわたる大規模な護岸工事が始まり、最上流では取水堰の建設が行われます(資料1. マルワリード用水路U計画地域全体図 参照)。

この工事は各方面とも協力して、4年がかりで行われます。「緑の大地計画」の仕上げであると同時に、その後の広域展開に向け、人員養成を行うことに、大きな意義があります。

また、これまで近づけなかった対岸(クナール河左岸)のベルト地帯全域が作業地に入り、カシコートからカマ地域まで、クナール河沿い約30km、両岸から自在にアプローチできます。両岸からの作業は日本では当然ですが、今まで両岸の仲が悪く、片側だけから無理な工事を進めることが多かったのです。これで河川工事や取水堰建設が非常に円滑に行われることになります。将来の維持改修を考えると、このことは更に重要です。実は建設だけでなく、むしろ維持改修の方が根気も努力も要るからです。次に述べる研修所で、この点を実地に学ぶことを主眼の一つとしています。

研修所の準備
研修所の設立も、大きな課題です。今秋にはFAO(国連食糧農業機関)やナンガラハル州の地域行政とも協力し、将来に向けて建築が始まります。しかし、大切なのは中身です。

当方では、先ずPMS職員を「現場の先生」として更に訓練し、次第に他地域の人々を受け入れていく方針を採っています。これまで、地域参加が徹底しないと無責任に流れやすく、根づかないという、過去の苦い体験があるからです。

もう一つの特徴は、徹底した現場での訓練です。技術者は往々にして、頭の中で卒業してしまい、設計図と測量だけで全てできると錯覚しがちです。取水設備の構造は1時間で学べますが、実際に作るのは5年かかります。現場で働ける者を増やすことがカギになります。PMSは研修所を「実働部隊の養成所」と位置づけ、時間をかけて築きたいと考えています。

既設の取水堰の改修
2003年マルワリード用水路建設開始から長年共に働いている職員及び作業員たち。ミラーン土砂吐き建設現場(2015年10月末)
PMSはこれまで、クナール河沿いに8ヵ所、カブール河本川に1ヵ所、取水堰を建設しました。しかし、年々改良され、最近のカシコート連続堰、ミラーン堰が最善のものとなっています。

現在問題となっているのが河道変化、砂利堆積、砂州移動です。クナール河のような急流河川では運命的なものですが、取水堰前後の河道が安定しないと、安定した取水ができません。2016年度を皮切りに、ひとつひとつ改修を施し、耐久性のあるものにしていく予定です。
マルワリード堰。対岸カシコート堰と連続し505m。両堰とも取水量は安定している(2016年8月24日)
今夏の洪水で移動して来た砂州。ベスード第一堰上流。秋から堰と共に改修工事を開始する
ひと夏の洪水を経たミラ―ン堰。堰や河道、砂州の観察後、秋より改修工事が開始される(2016年8月30日)
ミラーン堰上流対岸の旧取水路と消滅した農地。小規模ではあっても、このように、洪水流入後荒廃する農地が絶えなかった。しめきり堤2,4km(2016年7月)
資料1. マルワリード用水路U計画地域全体図(2016年10月より着工予定/2016.3.28更新)
2016年・秋の陣
グリーンチリを収穫中の家族(ミラーン村、2016年8月)
こうして今秋と今冬は、ミラーン堰を仕上げて区切りをつけ、対岸に主力を集中、その最上流で取水堰(マルワリードU)の造成を開始します。

同時並行でベスード第T堰とカマ第U堰の改修を行い、ガンベリ排水路網の整備、PMS農場の開墾はペースを落とさずに進められます。おそらく今冬が、今までになく広域、かつ大規模なものとなります。

アフガン報復空爆から15年、「緑の大地計画」が始まって13年が経ちました。この間、対テロ戦争、内戦の泥沼化、アラブの春、民主化運動とその挫折、欧米主要都市での爆破事件、危険情報の氾濫、過激組織の世界拡大、…もう、まっぴらです。

「テロとの戦い」を声高に叫ぶほどに、犠牲者が増えました。そして、その犠牲は、拳をあげて戦を語る者たちではなく、もの言わぬ無名の人々にのしかかりました。干ばつに斃れ、空爆にさらされ、戦場に傭兵として命を落とす――アフガン農民たちの膨大な犠牲は、今後も語られることはないでしょう。

私たちは、このような人々こそ恩恵が与えられるべきだとの方針を崩さず、現在に至っています。多くの良心的な人々の支持を得て、事業は着実に進められてきました。PMSは、誰とも敵対せず、仕事を進めて参ります。

際限のない話ですが、決して賽の河原ではありません。長年の努力によって、次の飛躍に向けて、確実に見通しを得ようとしているからです。これまでのご厚意に感謝し、事業が氷河の水の尽きるまで継続されることを祈ります。
平成28年9月15日 記