パキスタンからの送還難民100万人
――長期継続の「PMS 20年体制」に向け、今こそ最も支援が必要な時

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報131号より
(2017年4月5日)
みなさん、お元気でしょうか。
昨秋からの動きは非常に大きなものがありました。何から伝えてよいか戸惑うほどですが、現状を紹介し、今PMSが置かれている緊急事態を、少しでもご理解いただければと存じます。

送還難民の激増と作業地の人口集中
昨年6月から12月まで、アフガン東部は殆ど雨がなく、干ばつの危機が蔓延していました。今年になってから突然の降雨が続き、当面干ばつは和らぎました。

だがジャララバード(ナンガラハル州)は、現在最悪の時を経過しています。日本で大きな報道がないので、伝わってないだけです。内戦だけでなく、犯罪集団の動きが活発となり、市内も統制がきかなくなりつつあります。昨年から100万人を超える難民がパキスタンから強制送還され、ジャララバードは大混乱に陥りました。冬の到来で送還が中断したものの、今春、間もなく再開されます。この中でPMSは自治会や地方行政と結んで防衛を強化、地域の生存をかけて全力を投入しています。

パキスタンからの帰還難民(2016年12月)
まさかこれ程だとは思いませんでした。パキスタンからの送還難民に加え、スピンガル山麓方面(アチン郡、ロダット郡、エサラク郡ら)は荒廃して居住環境も治安も悪く、外国から送られる武装組織が蟠踞ばんきょしています。多くの者がジャララバード北部へ逃れ、作業地一帯は、たちまち人口密集地帯となりました。少なくともここには安定した農地があり、食べ物があり、水があり、爆破事件が少なく、贅沢を言わなければ少なからず職にありつけるからです。

北部4郡(ダラエヌール、シェイワ、カマ、ベスード)の作業地がなければ、ジャララバードは大混乱で手がつけられない状態になっただろうと、囁かれています。
私たちの存在が混乱回避の防波堤になっているのは事実で、事業はますます重要性を増していると考えています。

至る所で、村落の人口が2倍、3倍と、爆発的に増えています。帰農できない者は市内に繰り出して職を探し、野菜などの露天商、リキシャの運転手、現場作業員などで生計を立てているようです。このため、国道クナール線は「バザール街道」となって雑踏があちこちに出現、ペシャワールなどから移動してきたリキシャで道路が埋まっています。ガンベリ沙漠・マルワリード用水路付近にも、3,000家族の難民コロニーが生まれ、数を増しています。国連関係によれば、帰還難民の70%がナンガラハル州出身で、アフガン政府は難民を東部にとどめる方針を採っています。

計画は新たな段階に
建設中の訓練所(2017年3月)
帰国時、折に触れてこのことを訴えた積りでしたが、率直なところ、当方の説明不足もあって、日本側の現状認識と大きな隔たりがあると感じています。今が最も支援が必要な時だと再度強調します。

少しお金や地位がある者は欧米諸国へ逃れることができます。しかし、殆どの地元農民はどこに逃げるあてもなく、この状態でも生き延びなければなりません。これを見捨てず、多少の労苦を伴っても力を尽くすべきだと判断しています。安全や政情への配慮は当然ですが、時には死守すべき人間としての道義と誇りがあります。

計画は新たな段階に入り、「PMS20年体制」の確立に向け、現地は必死です。夫々それぞれの立場で、惜しまず協力をしてくれています。植樹を奨励する武装組織さえあります。それほど、誰の目にも過酷な事態だということです。

マルワリードU取水堰、送還難民の受皿
さて、パキスタン国内で起きた爆破事件を受け、2月17日にトルハム国境が閉鎖され、3週間が過ぎました。ジャララバードは工事資材の流通が滞っていますが、事務所の機転でセメント6,000袋を速やかに確保し、今のところ作業全体に大きな影響は出ていません。

この冬の最大の仕事がミラーン堰対岸地帯(マルワリードU)の取水堰建設でした。この事業は、先に紹介したように、これまで活動が及びにくかったクナール河左岸に展開し、将来の治水と取水堰維持を両岸から可能にするもので、「緑の大地計画」の要衝です。昨年10月に着工、一気に取水堰の仮工事を完了、主幹水路1kmを開通、現在、灌漑路の整備と沈砂池の最後の詰めの工事が行われています。

送還難民が次々と戻ってくる中です。農地回復=帰農を早急に促すべく、異例の速さで工事が進められました。このため、極度の疲労で一時は虚脱状態に陥りましたが、現在、態勢を立て直し、春の増水期を前に、護岸工事に力を注いでいます。また、なるべく人海戦術を採用し、雇用機会を増やすよう配慮しています。

今年1月下旬に水門を開放し、送水試験を行いました。これまでにない美しい堰です。各村代表が集まってささやかな祝賀会を開き、喜びを共にしました。洪水で多大の耕作地を失った人々が、これで生きられます。九死に一生を得た思いだったと言います。技術的にも完成度が高くなり、村民とPMSとの絆が更に強まりました。この様子は、また別の機会に報告します。

ガンベリ主幹排水路工事、湿害地を一掃
クナール河の本流。堰、取水門、主幹水路(画面左)が見える(2017年1月)
対岸では、ガンベリ主幹排水路工事が進められています。この工事は「マルワリード用水路事業」の延長です。実際には2009年に計画が開始され、2014年までに約80kmの排水路網を築いた後、主幹排水路再建が必要となりました。その後、各村の利害調整で延期され、昨年3月、やっと流域全体の自治会が衆議一決、着工に至りました。排水路が貫通する各村は、収穫の犠牲を払って交通路を提供(これは現地で異例の出来事です)、この1年で約1.8km中1,6kmを開通しました。難工事ですが、あと少しです。

ここでも帰還難民が村にあふれ、工事が急がれました。しかし、昨年末までに全ての湿害地を一掃、数百町歩を回復しました。それまでの仕事を併せると、一千町歩に迫る広大なものです。また、この排水路がないとガンベリの新開地の開墾が進められません。主幹排水路の完成を以て、マルワリード用水路27kmが事実上成ると言えます。

この二つだけでも大工事ですが、今冬はこれに訓練所の建設が加わりました。負担ではありましたが、時期的に始めておくべきものです。これにはFAO(国連食糧農業機構)が協力し、日本側でも教材の作成が進められています。しかし、専門家を増やすのではなく、実戦部隊の養成を主眼にしています。これには学歴や読み書き能力は関係なく、写真、画像、ビデオらの教材を備え、実際的な技術習得を目的としています。夏までには宿泊できるようにしたいと思います。

「長期継続・20年体制」に向けて
以上のように、私たちを取り巻く事業環境は、一昔前と比べて一変しております。
一方、灌漑と農業の必要性は増すばかりです。とても一代で終わらず、幾世代にもわたって継続されるものです。そして、それが可能だと見ています。

現地PMSでは「長期継続・20年体制」へ向け、着々と内部改善が進められています。ペシャワール会事務局もこの動きに合わせ、業務態勢をさらに強化、継続性を目指して決意を新たにしています。

――完成した美しい堰と大河の流れは、悠久の自然と、一瞬の人生を告げます。この世界に生を受け、自然の恵みと先人たちの努力の上に現在があります。ここに遺す一つの種子は、その御礼です。それが確実に芽生え、より平和な世界につながるよう祈ります。言葉だけが空転する軽薄な世相と当地の絶望的な状況にあればこそ、実を以て報いたいと思います。
これまでの多大な協力に感謝します。
平成29年3月
ジャララバードにて