朝倉の豪雨災害とアフガニスタン
――「故郷ふるさとの回復」、これが国境を超える共通のスローガン

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報133号より
(2017年10月11日)
暑く長い夏が終り、やっと秋の気配です。皆さん、お元気でしょうか。

朝倉の水害とアフガニスタン
今夏日本で、いろんなことに遭遇しました。7月5日の福岡県朝倉市の洪水被害(九州北部豪雨災害)は寝耳に水で、まさかと思いましたが、帰国後訪れて驚きました。災害のパターンがアフガニスタンに似てきているのです。現地PMSにとって、朝倉は伝統技術のモデルを提供してくれた地でもあり、典型的な「日本の故郷」の一つです。無関心ではおれません。

第一に、支流域の大被害です。これは集中豪雨が特定の地域(渓谷)に限局して大きな被害を起こし、他の地域では時に水不足さえ起こすほど、降雨が少ないことです。
以前から知られていた「ゲリラ豪雨」の巨大化です。私たちがマルワリード用水路流域で悩まされてきたパターンに酷似しており、現地ではいかに土石流や鉄砲水を避けるかで多大の労力を割きました。

今夏は2010年規模の大洪水が予想され、村や田畑を守るため必死で護岸工事が進められた。マルワリードU用水路周辺クナール河(2017年7月25日)
元来「水害」といえば、本川の水があふれて、流域に被害をもたらすものが大半でした。治水の重点は本川の堤防強化に置かれていました。それが、いつ何時、背後をつかれるか分からない状態になったということです。

第二に、膨大な流木です。日本は森の国です。国土の3分の2を占める森林は、アフガニスタンの万年雪に比肩されるほど貯水能力が高く、河川水の安定に寄与してきました。それがあっけなく削り取られ、尋常でない量の流木を生み、凶器として人里を荒らしたことが印象に残りました。

敗戦直後に植林されたスギやヒノキらの針葉樹は、今や森林の半分以上を覆っています。自然の雑木林と異なり、手を加えないと根が浅くなり、保安林として機能し難くなります。治山が治水と一体であることは、以前から強調されてきたことですが、これほどの被害を体験したのはおそらく近年なかったことです。
植生に乏しいアフガニスタンは流木こそありませんが、巨礫の塊が音をたてて鉄砲水と共に谷を下ってきます。朝倉の被害地の流木の山は、それを彷彿させるものがありました。

温暖化による洪水と沙漠化
治山から見えるもの
村民たちは、籠、練石積み、砂利の山など様々な工夫を凝らし洪水から村を守って来た。コーティ村(2017年7月26日)
以上が気候変化=温暖化に由来することは間違いなく、危機的な状況は日本も同じだと感じています。更に、飢饉こそないものの、日本では深刻な問題が加わります。
里山の衰退です。アフガニスタンのように、水さえ引けば多くが回復するという単純な図式ではなくなっています。

象徴的なものが流木の処理で、これには改めて愕然としました。アフガニスタンでは流木も大変な貴重品で、洪水となれば村落は活気づき、一家総出で流木拾いに熱中する光景が普通です。薪や建材を「収穫する」絶好のチャンスだからです。

対照的に日本では、ゴミとしかみなされない現実があります。加工すれば十分に材木や薪として使用できますが、加工や輸送に高い費用がかかり、安い輸入木材に太刀打ちできないのです。ここ数十年、外材輸入が林業に従事する人々の生計を圧迫し、日本の林業は大打撃を受けました。最近になり、やっと3割の自給率を維持する程度なのです。

マルワリードU用水路底にソイルセメントを敷く職員と作業員たち(2017年9月17日)
しかも、大量の外材は南米や東南アジアなど熱帯雨林のある国々から来ます。熱帯雨林の急速な減少が温暖化を加速していることは、以前から危機的に述べられています。しかし、商業上の利益や市場(消費)の動向だけで「国の富」が考えられがちな世情で、このような流通のあり方こそが危機的な悪循環を作っていると言えます。おそらく農業も同様な構造であろうと思われます。安い、儲かると言っているうちに、自分たちの古巣を壊し、食べ物を作る人が居なくなってしまう事態になりかねません。

マルワリードU用水路から送水されるカチャラU分水路建設(2017年8月13日)
このところ北朝鮮のミサイル騒ぎや世界的なテロ事件の広がりで、危機管理や国防が頻りに語られます。しかし、長い目で見れば、本当に怖いのは郷土の荒廃です。
私たちの先祖が営々と築いてきた郷土は、単なる「日本の領土」ではありません。そこで息づいてきた文化――自然と折合って生きる知恵、多様性を許す寛容さの源泉であり、戻る者なら誰をも慰め、受け容れる故郷です。どうしていいかわからぬ時に、とりあえず戻れる拠り所、大地と人間を結ぶ接点、それが伝統や故郷であって、決して売り渡せないものです。

世界は、更に加速度を増しながら変貌し、破局への道を歩んでいるようにさえ見えます。生半可な手段や慰めでなく、郷土回復への真剣な努力が、今こそ必要なのは、アフガニスタンでなく、日本の方なのかもしれないと思いました。

PMS秋の陣 マルワリードU
活着しているナツメヤシの木。冬季に移植する予定。PMSガンベリ農場(2017年8月13日)
さて、現地の方も「20年存続体制」へ向けて努力が続けられています。今秋・今冬の大きな取組みは、先の年度報告で述べたように、以下の通りです。

1.マルワリードU(カチャラ村)取水設備の完成。前年度に大きな工事は終えていますが、洪水期を経て観察、仕上げを行います。また、村民(帰還難民)の急増に備え、仮灌漑を急ぎ、年度内に流域全体(約800ヘクタール)の耕地回復を図ります。このために、全長8.4kmの仮送水路を早急に確保する予定です。

2.カマ堰の最終改修。観察期間5年を経て、これまでの知見を活かし、維持がより容易になるよう、2つの堰の大掛かりな改修工事を行います。今冬最大の仕事なので、詳細は次号で紹介致します。

3.ガンベリ主幹排水路(約1.7km)の完工。事実上十分機能していますが、仕上げに蛇籠じゃかご工と柳枝りゅうし工が行われます。

4.ガンベリ農場の事業。懸案であったサツマイモ栽培拡大の試みを再開します。農場の整備に追われて中断していましたが、水稲栽培と並び、大きな目標として掲げたいと考えています。

5.JICA(日本国際協力機構)アフガン事務所との共同調査。これも将来に備え、不可欠のものです。技術的調査と社会的調査に分かれていて、何れもこれまでの活動の総合評価となり、灌漑地拡大に向けて、「PMS方式」の確立につながるものです。

ガンベリ農場で農業責任者のアジュマルジャン(右)と果樹の観察中の中村医師(2017年7月13日)
6.FAO(国連食糧農業機関)関連事業。
訓練所の建設を完了、教材として「技術手引書」の英訳出版、技術解説DVD(英訳およびダリ語版)の出版、斜め堰の模型製作などが年度内に完了します。

PMS改組と今後
これらの動きに関連して、現地PMSを中心とする改組が進められています。日本側ではどうしても現地活動を支えている「ペシャワール会」の名が中心になりますが、実戦部隊である「PMS」を前面に押し出し、「20年存続体制」を明確にしようとしています。日本側では、PMS・Japan (支援室)の発足で、ようやく現地事業の新局面が理解され、実質的な取り組みが始まったと見ています。治安悪化で現地への渡航がむずかしくなっているため、今後折を見て交流の機会を増やす工夫が必要となっています。

行政からの視察団を案内中のジア医師はじめ各責任者(2017年9月11日)
自然相手の灌漑事業、それも戦乱と気候変化という二重に不利な条件の中で、長い時間を覚悟しなければなりません。世界全体で見ても、人間の新局面に挑むフロンティアと呼んで過言ではないと思います。国家ではなく、故郷を思う気持ちは世界中同じです。「故郷(ふるさと)の回復」、これが国境を超える共通のスローガンです。

アフガニスタンの「緑の大地計画」は、こうして普遍性を帯び、真の共同作業になっていくと確信しています。
これまでと変わらぬご協力をお願い申し上げます。