異常少雨の中、マルワリード用水路実質完工
―― 着工から15年、喜びと共に衷心から感謝

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報134号より
(2017年12月5日)
異常少雨と河川水減少
みなさん、お元気でしょうか。相も変わらず川辺の工事で、冬は冷えます。
今アフガン東部は、異例の水不足に悩まされています。昨年に続いて、今年も極端な少雨で、降雪もわずかでした。11月中旬になってモンスーンの第一陣が到来し、やっと小雨が見られるようになりましたが、何と4月からこのかた、わずか数日の降雨でした。

このため、天水に頼る農地はことどとく壊滅、ジャララバードでは、パキスタンからの強制送還難民約100万人に加え、主にクナール州やナンガラハル州東部から逃れてくる避難民が増加、市内は見たこともない混雑となっています。

有数の大河であるクナール河でも、異常低水位が各所で記録されました。9月下旬には既に厳冬期なみの低水位となり、川沿いの村々は取水ができず、荒れ地が急速に広がりました。カブール河本川では、これまで唯一豊富な水量を保っていたパンジシェール川が干上がり、関係者に衝撃を与えました。

マルワリードU用水路調節池TからU池までの主幹水路。通水後でも蛇籠2段目を積む作業や柳の挿し木は出来る。早期の灌漑を必要としているため用水路工事は下流域へと進行中(2017年9月26日)
PMSでは、全作業地の取水堰9ヵ所を点検し、緊急態勢をとっています。そもそも、このような事態に備えてこその取水堰なので、その働きが試される絶好の機会と見ています。今のところ十分な総水量を確保し、作業地全域で渇水は起きていません。

戦火は主にジャララバード北部のクナール州、スピンガル山脈東部方面で広がり、干ばつに追い打ちをかけています。治安は日を追って悪くなり、既に行政がまともに機能しなくなっています。武装勢力以上に、犯罪集団の動きも活発ですが、警察や情報局が上からの圧力でまともに動けず、事態を悪くしています。この中で、PMS職員は誰一人不服を述べる者なく、黙々と作業が続けられています。作業の放棄が住民を皆殺しにするに等しいことを承知しており、明るい話がない中で、この仕事を自らの励みにしているように思えます。作業地での安全対策が最大の課題の一つで、地域自治会との絆を更に強め、防衛態勢を固めています。

現行作業の進捗状況
PMSは現在、大きな作業地を3ヵ所に抱えています。
カマ第1堰、第2堰の位置
1. カチャラ堰(マルワリードU)流域
昨年パキスタンからの難民大量送還のあおりで、新作業地のコーティ、タラーン、カチャラ、ベラの各村の人口が突然増加(推定約4万人)、早急に帰農を促すべく、予定をくりあげて早期全域灌漑を目指しています。「水さえあれば何とかなる」を合言葉に、10月下旬、総力をあげて突貫工事態勢に入りました。万一の工事中断に備え、先ずは生き延びられるようにしておくのです。

既に11月中には、主幹水路4.8kmのうち工事先端は4kmを突破して最終地点に迫り、早ければ年内、遅くとも2018年2月までには全域灌漑が実現する見通しです。また、今回同地に建設された取水堰は完成度が高く、超低水位の異常事態でも豊富な送水ができ、人々に安心感を与えました。最近まで「最悪の危険地帯」との折り紙つきだった当地は、ジャララバード市内よりはるかに安定した地域になっています。主要分水路のカチャラ分水路1、同分水路2、コーティ分水路は既に完成、現在タラーン分水路の工事が急ピッチで進められています。

2. カマ堰改修事業
カマ地域は「緑の大地計画」の中で最大の耕地と人口(約7,000ヘクタール、30万人)を抱える重要な場所です。PMSの最近の仕事は「取水堰建設」が最も重視され、既存水路の復活が主な目的です。普通、完成後5年間の観察を経て地域自治会に引き渡されます。5年間のうちには渇水や洪水が起き、工事や計画の弱点が明らかになり、改修を重ねて安定するからです。観察・改修はPMSの責任で地域自治会(行政ではない)と協力して行われます。

カマ第二堰はJICA(国際協力機構)―PMS共同事業として最初に組織的に建設されたPMS方式の取水堰です。2012年に竣工後、5年間のうちに3回の小規模改修が行われて現在に至っています。実は今でも十分に機能してはいますが、今回は譲渡に当たり、最後の改修工事で万全を期し、住民の負担と不安を減らすことが主眼です(おそらく公的機関からの有効な助力はなく、住民自身だけで維持せざるを得ない体質は今後も変わりません)。

もう一つの目的は、同取水堰の地形が、私たちのモデルとしてきた斜め堰(福岡県朝倉市の山田堰 )のそれに似ており、「生きた模型」を再現、今後の技術拡大に役立てようというものです。カマ地域は治安が良く、人の往来も多いので目につきやすいということもあります。もちろん、全くのコピーではなく、現地の地理条件、使える技術にずいぶん違いがあるので、現地風に換骨奪胎したものです。これまでのPMSの経験と観察の粋を集め、完成度の高いものを目指しています。
2017年11月にカマ第二堰に取り掛かりました。工事は、全てペシャワール会の募金に頼り、2年間かけて行われます。
詳細は次号で紹介いたします。

3. ガンベリ主幹排水路
2016年3月から1年9ヵ月、主幹排水路の全工事を終了しました!
長さこそ1.7km、決して長いものではありませんが、使用したセメント約1万袋、ふとん籠5,000個以上、延べ作業員約3万人、膨大な物量を投入しました。短期の工事としては記録的なものとなっています。

PMSは、これを「マルワリード用水路の実質的な仕上げ」と位置づけ、シェイワ・シギの全村と力を合わせ、全力を投入しました。再々報告しましたが、これによって湿害から免れた地域は約900ヘクタール、ガンベリの開拓地に匹敵します。この排水路の完成によって、沙漠の開拓が他地域に湿害を起こさず、安心して進められることになりました。マルワリード用水路と併せた総工費は20数億円、全て募金でまかなわれています。紙面を借りて、衷心からの感謝と完工の喜びをお伝えいたします。

思えば2003年の着工から15年、当時若者であった者も父親となり、古参の熟練工として腕を振るっています。技師として来た者はディダール、ファヒームの両技師を残して皆去り、気鋭の指導層は長老格となりました。中には、他界した者、病気や高齢で退いた者も少なからず、時の流れを感じています。

―― この間、アフガニスタンの治安は年を追って悪くなりました。マーシャルプランを上回る資金をつぎ込んだ「復興支援ブーム」も、膨大な犠牲者と大混乱―― そして錯覚と恐怖心を残したまま、嘘のように去りつつあります。そしてこの事情は、遂に伝わることがありませんでした。

「対テロ戦争」の始まりもアフガニスタンでした。多くの国が是認した暴力的解決の結末も、私たちは眺めてきました。排外主義と狂気、テロの不安で溢れる現在の混乱は、あの時に種がまかれました。

今、多勢を頼み、武力を頼み、こぶしを振り上げて敵意や憎悪を叫ぶ人たちを見ると、何だか悲しい気分に襲われます。それが一時の満足や姑息な政治的動機から来るものだとしても、そのツケは小さくないでありましょう。まるでゲームのように戦争を語る論調もある現在こそ、平和の尊さを輝せるべきだとの思いを深くします。

寒風の中で震え、飢えている者に必要なのは、弾丸ではありません。温かい食べ物と温かい慰めです。これまでのご協力に感謝し、一層の力を尽くしたいと存じます。
どうぞ飢えに瀕した人々と、悪条件の中で働くPMS職員・作業員のためにお祈り下さい。
良いクリスマスとお正月をお迎え下さい。
平成29年11月 ジャララバードにて