干ばつと飢餓はやまず無政府状態
人の和を大切に力を尽くす

2017年度現地事業報告
PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報136号より
(2018年06月27日)
干ばつと飢餓はやまず、多くの人々が依然として飢餓と貧困にあえいでいます。そのためのPMS方式の普及計画ですが、この終末的と言ってよい状態の中で、この事業が変わらずに続いている、そのことに希望があるような気がしています。こんな時にこそ、人の気持ちが分かります。現場でまじめに働く作業員から、政府高官に至るまで、この仕事を貴いと感ずる人々の共感と心意気が継続の主なエネルギーだと感じています。戦乱の中にあっても、この人の和を大切に、最後まで力を尽くしたいと思います。
2017年度の概要
マルワリードU取水門から見るケシュマンド山脈。積雪が少ない(2018年2月18日)
異常気象と政情混乱

2017年を通してアフガン東部は、昨年に連続して極端な少雨となり、大干ばつの再来が危ぶまれた。春季の少雨は2年続きで、小麦生産が致命的な打撃を受けた。

昨年からの難民強制送還と重なり、農村部はさらに荒廃した。このため、ジャララバード北部(PMS作業地)に州内の人口が集中して現在に至っている。
大規模な爆破事件がジャララバードとカブールで頻発するようになり、人々に恐怖感を与えたが、作業地は対照的に安定を見せている。ほぼ無政府状態に近い。
「イスラム国・ホラサン州」を名乗る集団の浸透が活発となったが、見るべき掃討作戦は実施されていない。東部で実際に対峙して戦闘を行っているのは農民層の圧倒的支持を背景とするタリバン軍である。周辺諸国と米露の思惑も絡み、武装勢力の間で著しい混乱があり、実態がつかみにくい状態になっている。

2018年5月、ジャララバードの治安悪化の責任を問われて州知事、警察(内務省)関係の更迭が行われ、治安維持に国軍が前面に出てきている。

年度事業のあらまし
2016年10月に始まった第4次JICA=PMS共同事業(マルワリードU)は、これまで蓄積した経験が生かされ、完成度が高くなった。2018年9月までに、第一期1,6kmを完工する予定であったが、パキスタンからの難民送還と急速な治安悪化の情勢を受け、緊急事態と判断、工期を繰り上げて、難民の帰農促進が図られた。2018年4月までに、主幹水路4,9km全線を開通、各村への給水態勢を整えた。
ガンベリ沙漠方面では、最大の懸案であった主幹排水路1.7kmの再建を17年12月までに完了した。

巨石や砂利で造成中の洪水流入地点の強化堤防(陸側へ4段)と調節池6の造成(2018年4月25日)
カマ第二堰再建は予定通り17年10月に着工、18年4月、第一期工事を終えた。
普及活動ではFAO(国連食糧農業機関)との協力が進み、17年11月に訓練所が落成、18年1月から第一グループの受講が始まった。
JICA共同事業の調査も始められ、その一環として17年4月と10月に現地PMS技師とジア副院長を日本(東京・福岡)に迎え、交流を深めた。

「緑の大地計画」20年継続態勢
20年継続態勢は、
1.既設のPMS水利施設の維持、
2.隣接地域へのPMS方式普及を目的とする。
マルワリードUの開通、カマ第二堰改修によって計画地域の安定灌漑は目標を達成しつつある。17年度は次の段階である「訓練計画」=普及活動が動き始めた。
17年11月に訓練所が落成、18年1月から第一弾として「PMS方式の紹介・解説」をテーマとし、開講した。

日本側ペシャワール会事務局でも、この事態に呼応して、「PMS Japan(支援室)」を発足させ、事務作業の円滑化に力を注いできた。17年度は更に業務が増え、少しずつ充実してはいるが、将来に備えてさらに強化が必要である。
資金面では、「基金設立」が提唱され、16年度より実行されている。

1.医療事業
17年度の診療内容が別表の通り(別表1)。ダラエヌール診療所は、地域で残る唯一の診療所となり、重きをなしている。

別表1. 2017年度診療数及び検査件数
2.灌漑事業
別表2.「緑の大地計画」の経過と予定表
主な工事は別表2の通り。17年度は昨年に引き続き、将来の広域展開と、そのための「20年継続態勢」へ向け、努力が傾けられた。既設の堰は、5年観察後に住民に譲渡となっているが、この間の経験で多少の改修が必要になってきた堰もあり、改良型に改修して譲渡する方針である。17年度はカマ第二堰の改修が行われた。

ミラーン地域出身者の作業員たちをねぎらう。訓練計画の真の主役はこちらで、彼らがやがて「地域の技術力」の底力となる(2018年5月3日)
16年10月に着工したマルワリードU(カチャラ堰流域)は工事の規模が大きく、4ヵ年の長期を予定していたが、パキスタンからの大量難民送還、治安の急速な悪化で工事の一時中断も危惧された。このため17年7月、非常事態ととらえ、早期灌漑で地域で隈なく給水を行い、帰還難民の帰農を促すべく、準突貫工事態勢に入った。この結果、予定を2年短縮して、全流域灌漑の達成が目前に迫っている。

ガンベリ主幹排水路1.7kmは、17年12月に一応の区切りをつけて完工した。
訓練所は17年11月、ミラーン堰の空き地に建物ができあがり、18年1月から「訓練プログラム」が始められた。今後の普及活動で大きな役割を果たす。

マルワリードUの経過
2018年2月22日、マルワリードUの主幹水路全線、4.9kmが開通した。
本地域はミラーン堰対岸にあり、4ヵ村に3万人が居住する。川沿いに長いベルト地帯で、河道が安定せず、沿岸はしばしば洪水が襲って大被害を繰り返してきた。村民の大半が難民化した状態で、農地荒廃が進むばかりであった。PMSは本地域の安定が水利施設維持の上でも要となると判断、16年10月に第四次JICA共同事業として開始された(詳細は16年度報告参照)。

着工時、4ヵ年をかけて8.5kmの堤防と4.9kmの主幹水路を築く予定であったが、先術のように急速な治安悪化と大量帰還難民発生があり、急遽全域の早期灌漑を目指した(17年7月)。

この結果、18年3月までに主幹水路4.9km全線、カチャラT・U・V、コーティ、タラーンの各分水路を完了、送水を開始した。ベラ村は6月に送水予定である。ただし、送水を優先したので用水路の上部施工や植樹は後回しとなったが、これは時間をかけて今後行われる。
本流域のもう一つの重要点は、洪水対策であった。8.5kmの堤防工事は膨大な物量を要したが、現在6km地点までが完成し、護岸法も完成度を増したと思われる。

取水堰は従来の湾曲斜め堰に加えて、鉄筋コンクリート製の砂吐きが設置され、土砂堆積を大幅に軽減した。これを以て一応の完成形とし、その形式がカマ堰の改修に採用された。建設後2回の洪水期を経て、極めて安定している。

ガンベリ主幹排水路の完成とシェイワ郡全域の湿地処理
1年10ヵ月にわたる主幹排水路工事(約1.7km)は17年12月に完工した(詳細は15年度報告を参照)。
一時、泥沼の様相を呈したが、地形、住民をよく知る職員たちの奮闘で切り抜けた。残るはガンベリ排水路下流、約2kmの中排水路の措置で、18年度に予定されている。

カマ第1・第2堰の改修
カマはPMS方式の堰としては最大で、2つの取水口で50数ヵ村、約7,000ヘクタール以上を潤す。特にカマ第二堰は取水量が多い。
JICA共同事業の第一弾として2012年に竣工したが、その後の経過の中で砂吐き部の改修の必要性が痛感されていた。ちょうど、ミラーン堰横の訓練所で普及計画が始まり、堰のモデルとしても「実物大教材」として研修に供すべく、改修に踏み切った(ミラーン堰はカマ堰と至近距離にある)。

カマ第二堰の全面改修は17年10月に着工し、18年3月に第一期工事を終えた。また、交通路確保のため、対岸から中州への架橋工事を行った。この結果、既存の堰の中では、形・機能共に、山田堰に酷似したものとなった。住民の協力と支持も圧倒的であり、カマ堰流域全体が模範例として他に示し得るものである。
18年10月からカマ第一堰の全面改修を第二期工事として行う。

対岸砂州上流からのカマU。200mの越流線が美しく弧を描いている(2018年2月21日)
カマ第二堰主幹水路の現在。柳並木の緑陰。50数ヵ村を潤す流量は、PMS取水堰のうち最大、小河川を思わせる(2018年5月1日)
普及活動への準備
PMSは以後の工事を「他地域展開への準備」と位置づけ、FAO(国連食糧農業機関)と協力、訓練所の建設と教材の準備が16年度から進められてきた。
日本側では、山田堰土地改良区とペシャワール会が協力し、山田堰の模型やビデオなど、訓練のための教材作成が進められた。教材は普及の上でかなり力があり、特に『緑の大地計画』英訳版は、関心のある多くの人々に親しまれ、希望を与えた。

訓練所は18年1月に開講、予定通りに受講グループを、PMS職員、作業地の農民指導者や水番、作業地外の農民指導者や政府の技術者らに分けて実施、地域指導層の理解が深まった。現段階は事実上、見学にとどまっているが、好評であり、今後少しずつ具体的な項目で技術拡大を図る予定である。また、「水の使い方」なども伝える場となり、「地域農業技術指導センター」の役目も期待されている。

3.農業・ガンベリ沙漠開拓
◎PMSガンベリ農場
今年も麦刈りが終わった。収穫量は79トン。ガンベリ農場畜産場の脱穀作業(2018年5月25日)
開拓は主に小麦と果樹に力が注がれた。17年度の小麦生産は約47ヘクタールで79トン、収穫量を増している(単位面積ヘクタール当たり1.7トンで、目標には及ばないが、新開地の栽培であり、経過を観察)。

水稲は5.8ヘクタールで18トンを収穫した。ヘクタール当りの収量は、開墾直後の土地なので、何れも目標に及ばない。肥沃な土地にするためには、まだまだ努力が必要である。その他、季節の野菜、落花生、スイカなど多様に栽培されている。

オレンジが実をつけ始めているが、果樹園が広大なため、作業は出遅れている。現在集荷態勢を整備中。

別表3. 植樹総数(2003年3月から2018年3月まで)
◎植樹
17年1月〜12月の植樹数は4万869本、大半が新設用水路沿いの柳枝工と護岸工事に伴う樹林帯造成で占められる。18年3月までの総植樹数は95万2,111本である。うち6割がヤナギで、果樹は2,197本、果樹のすべてが柑橘類である(別表3)。

4.ワーカー派遣・その他
◎現地PMSとの交流
現場に中村1名が常駐した。
実情を知る上で現地との交流を活発にすることの必要性が痛感され、17年4月、10月の2度にわたり、JICA共同調査の一環として、ジア副院長、ディダール、ファヒム土木技師、アジュマル農業技師が来日し、交流を深めた。

◎共同調査
JICA共同調査は、各方面の協力を得て、17年4月から始まり、18年12月に結論が詠出される。評価は「緑の大地計画」全体のもので、灌漑前後の農村の変化、水利施設の機能について行われている。

2018年度の計画
柳が活着するまでは、植樹班による水やりが続けられる。ポンプを使うと泥を洗い流してしまうのでバケツの水やりで丁寧に育てる(2018年6月3日)
2017年度の連続である(別表2参照)。
河川・灌漑関係では、予定通りカマ堰改修を完了する。マルワリードUでは、
1.4ヵ村の完全灌漑を早期に終え、
2.護岸堤防8,5kmの完成、
3.植樹の完了を目指す。
ゆとりがあればカチャラ上流のゴレーク堰の調査を始める。
普及計画では、隣接地域(ラグマン州、クナール州など)の指導者や水主との接触を始め、将来の可能性を探る。他の河川流域についても、小規模な交流と研究を始める。
全体に現下の情勢は予断を許さず、短期的に計画の変更や延期が臨機応変にあり得るので、事態を注視して頂きたい。

2017年度を振り返って
土木学会技術賞推薦者の市川新氏(右)と中村医師(表彰式当日、2018年6月8日)
この1年も波瀾万丈でした。無事に1年が過ぎたことに感謝します。
どこで区切りをつけたらいいのやら、次々と色んなことが起きてきます。2017年度は「将来に向けての態勢づくり」が全体の大きなテーマでした。干ばつと戦乱が収まる気配はなく、かつ有効な対策が皆無に等しい現在、PMSが過去築いてきた水利施設を地域と共に維持し、これを一つの範として、隣接地域に徐々にPMS方式を普及していくという方針が出されました。このためにミラーン訓練所が発足し、日本側でも「20年継続態勢」、PMS支援室強化が打ち出され、現在に至っています。

一方、「マルワリードU計画」やカマ堰改修などは着実に行われ、安定灌漑領域は目標に達しつつあります。
だが干ばつと飢餓はやまず、多くの人々が依然として飢餓と貧困にあえいでいます。そのためのPMS方式の普及計画ですが、この終末的と言ってよい状態の中で、この事業が変わらずに続いている、そのことに希望があるような気がしています。

こんな時にこそ、人の気持ちが分かります。現場でまじめに働く作業員から、政府高官に至るまで、この仕事を貴いと感ずる人々の共感と心意気が継続の主なエネルギーだと感じています。戦乱の中にあっても、この人の和を大切に、最後まで力を尽くしたいと思います。
変わらぬご支援に感謝します。
平成30年 5月記