温暖化と干ばつと戦乱は密接に関連
―絶望を希望に変えるPMS方式の普及活動

PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報137号より
(2018年09月26日)
農地の乾燥化と壊滅
暑い夏でした。世界中で温暖化と気候変化が実感された夏でした。 作業地のナンガラハル州は6月に記録的な猛暑となり、室内気温が連日、40数度を記録しました。熱波でずいぶん犠牲が出たようです。5、6月のラマザン(断食月)中は日本で過ごすつもりで、逃れるように帰国すると、日本でも異常高気温が続き、激しい集中豪雨で異例の災害が起きていることを知りました。西日本では、広範囲にわたる豪雨で200人以上が亡くなり、普段氾濫が考えられない川が溢れました。昨年7月、山田堰のある朝倉で激しい水害があったばかりです。これには驚きました。

またエアコンなしには過ごせないような暑気が2ヵ月以上続くなど、以前では考えられなかったことです。他人事ではなくなってきたと思いました。

涸れた地下水路(カレーズ)2001年8月
気候変化はアフガニスタンにおいて、全体に土地の乾燥化=沙漠化を促します。集中豪雨や洪水被害も頻発しますが、全体としてはこの乾燥化が最大の問題です。東部アフガンでは、地下水を利用する灌漑がほぼ不可能になり、クナール河などの大河川からの取水に頼らざるを得ません。ナンガラハル州では全農地のうち、天水に頼るもの65%、灌漑農地35%とされ、そのうち地下水利用のカレーズ灌漑が5%とされています。今年の異常乾燥で天水と地下水に依存する地域が全滅したので、全体で70%の耕地を失ったことになります。残る農地はカブール河、クナール河ら大河川からの取水によるものです。

普及活動へ向けて ―PMS方式と訓練所
マルワリードU主幹水路1600m地点。酷暑の中、冷たい水に浸かることのできる植樹は作業員の中で人気がある(2018年6月21日)
この取水の際に障害となるのが、不安定な川の水量です。急流河川に加えて、気候変化によって渇水と洪水が同居する状態で、取水口がすぐ壊されて1年と持つ例はなく、技術的に難しくなっていたのです。

改修後のカマ第二堰。山田堰に機能を形状も似ており生きたモデルとなっている(2018年2月28日)
これまでPMSは、「実際に使える単純構造の取水設備」をめざしてきました。アフガンの実情に照らし、地域で維持できるよう、低コスト・単純でありながら十分機能するものを理想としてきました。
この結果、最近ではかなり完成度が高くなり、多くの地域で成功しています。初めの頃と比べると、格段に強く機能的で、かつ安定したものになっています。建設の手順や材料と石材輸送らも安定化し、より一般化した形で設計ができるようになりました。

マルワリードUの護岸線は全長8.5km。6km以降の護岸工事。締め固めをしながら、ただひたすら土砂や砂利を積む(2008年8月8日)
PMSでは、今後設計条件などを詳しく検討し、ある程度の柔軟性を持たせ、どこでも使えるものにしていきます。この普及活動の一環で、今年1月から「訓練コース」が始まっています。
現在は、PMS方式の紹介と現場見学で、地域の農民指導者、水主、地方自治体の技術者らを対象にしています。種まきが始まったばかりですが、大変好評です。

干ばつは至る所で厳しく、受講生はみな、水のある農地を夢見て参加します。その結果、絶望的な気持ちで来たところが、「これでやれば、何とかなる」と、確信に近い希望を得て、村に帰ります。
次の段階では、実際に石の並べ方、用水路のライニング(床面敷設)、蛇籠の作り方や詰め方、植樹管理などの実作業をしながら訓練する計画を立てています。

沈砂池V近くに水門番小屋を建設中(2018年8月7日)
訓練所でPMS方式について講義をする中村医師(2018年7月2日)
訓練の終了時にはスコップや鎌、長靴などを支給(2018年8月16日)
マルワリードU主幹水路4.8kmまでの通水を祝う中村医師と職員や作業員たち(2018年5月3日)
堰の教材は山田堰(福岡県朝倉市)の模型と写真の多い手引書が活躍しています。また、最近改修を終えたカマ第二堰は機能的にも形の上でも山田堰に近く、見学時に説明しやすくなっています。普及は水系が同じ隣接地域から行うのが効率的で、現在近隣のラグマン州、クナール州などに働きかけています。
計画はFAO(国連食糧農業機関)とPMSの共同企画で行われ、少しずつですが現実味を帯び始めています。

秋の工事
秋には現在のマルワリードU(カチャラ堰流域)の継続と共に、カマ第一堰の改修が始まります。カチャラ堰流域は、主幹水路5.5kmと5ヵ所の主要分水路を完成、全域が灌漑可能となっていますが、10km以上の植樹、3.5kmの護岸など大きな工事が残っており、今後約2年をかけて仕上げていきます。カマ第一堰は第二堰と同様な作りですが、これによってカマ郡7,000ヘクタールは安定灌漑を長期に保障できるものとなります。

問題の先送りは許されない
著しく浸食が進んだペラ村。護岸工事が急がれる(2018年7月5日)
最近の研究で、東部アフガンの過去60年間の気温上昇は約1.8度、他の地域の約2倍の速さで温暖化が進行しているという恐るべき報告もあります。

今思い返すと、2000年に始まる大干ばつの顕在化は、世界を席巻する「気候災害」の前ぶれでした。既に海水面上昇による島嶼(とうしょ)の水没、氷河の世界的後退、北極海の氷原融解などが伝えられ、陸上では台風とハリケーンの巨大化、森林火災の頻発、大規模な洪水と干ばつなどが各地で報ぜられていました。

それでも、責任の所在がはっきりしない「気候変化」は真剣に問題にされにくく、CO2削減を敵視する経済至上主義も、依然として根強いものがあります。それは自然を無限大に搾取できる対象と見なし、科学技術信仰の上に成り立つ強固な確信です。実際、近代的生活は、産業革命以来の大量生産=大量消費の流れの上にあり、それを一挙に覆す考えは、多くの人々にとって俄かには受け入れ難いものがあるからです。

だが問題の先送りはおそらく許されないでしょう。放置すれば事態は不可逆の変化になり得ます。温暖化と干ばつと戦乱の関係は、もはや推論ではありません。治安悪化の著しい地帯は、完全に干ばつ地図と一致します。その日の食にも窮した人々が、犯罪に手を染め、兵員ともなります。そうしないと家族が飢えるからです。

‐ 一連の動向は世界の終末さえ連想する絶望的なものがあります。干ばつの克服は、生易しいものではありませんが、力を尽くして水の恩恵を実証し、希望を灯し続けたいと考えています。
よろしくご協力のほどを切にお願い申し上げます。