緊急干ばつ報告!
アフがニスタン、空前の規模の大干ばつ
PMS(平和医療団・日本)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報138号より
(2018年12月05日)
3年続きの少雨
「アフがニスタンではカネがなくとも暮らせるが、雪がなくては暮らせない」とは、有名な諺である。アフガニスタンは山の国で、ヒマラヤ・カラコルム山脈に連続する世界の屋根の西端に当たり、国土の大部分が7,000m級の高山をいただくヒンズークシ山脈に覆われる。2,500万人といわれる国民の8割が農民で、山間部の狭い土地でオアシス的な農業が営まれる。農業を支える水の大半は高山の雪解け水で、川沿いに豊かな恵みを約束する。雪は巨大な貯水槽で、アフガニスタンの生命線である。冬の積雪次第でその年の水の状態が決まる。冬の厳しさの分だけ、夏の恵みを期待できるのだ。

2018年春も、暖冬に加えて少雨が続いた。すでに3年目である。人々は不安気に高山の白雪を仰ぎ始めた。既に起きていた大地の乾燥化が加速度を増していた。4月、ユニセフ、WFP(世界食糧計画)などの国連機関が一斉に注意を呼びかけた。「餓死線上100万人」、「数十年に一度の規模の大干ばつ」で、アフガン国民の3分の1に相当する900万人〜1,200万人に影響が出ると警告、国際NGOらが救援を訴え始めた。

実際には2014年の段階で「飢餓人口760万」(WFP)とされ、飢餓は慢性化していた。そこに2016年、17年、18年と連続して異常少雨による不作が重なり、問題がにわかに急性化したのである。 雨はほとんど降らず、大都市カブールも深刻な水不足に陥った。犠牲と被害予測は月を追って増え、10月、OCHA(国連人道問題調整事務所)は、「緊急層」330万、「危機的状況」830万人と飢餓の急増を訴えた。水不足は全国に及び、全土の3分の2、34州中20州に食糧危機警報が発せられている。空前の規模である。
ここで東部を中心に、現在までの動きを概観し、我々の展望を伝えておきたい。

西部・南部で難民化26万人
今回、少雨の影響をじかに被ったのは大河川のない南部と西部である。6月から7月にかけて、アフガン全土が熱波に見舞われ、連日観測記録が更新された。西部のヘラート周辺、南部のヘルマンド、ファリャブ、ニムローズ州などの各地で住民が村を捨てて難民化し始め、その数26万人とBBC放送が報じた。現在ヘラート周辺でテント生活を余儀なくされているのはこの集団であるが、これは氷山の一角で、その何倍もの予備軍が農村にとどまっている。

南部全域の水源を成すヘルマンド川の水量が激減し、同流域であるカンダハルの地下水利用のカレーズも影響が伝えられ始めた。地下水は軒並み100m以上、場所によっては200mに下降、飲料水の欠乏も起き始めている。10月、反政府武装勢力のタリバン指導部が異例の布告を出し、国際支援団体に難民の緊急救済を訴えた(タリバン農業牧畜ザカート委員会・2018年10月)。これも今までになかったことだ。

パクティア・パクティカらの他の南部諸州も長い間水不足に悩んでおり、難民を受け入れるゆとりがないのが現実である。WFPを筆頭とする国連団体とアフガン政府が緊急食糧配布を実施しているが、被害は拡大しつつあり、焼け石に水であるのが実情である。

東部に被災地から人口集中
難民帰還で混雑するジャララバード市内(2017年4月5日)
東部のナンガラハル州では、既に18年前の大干ばつ以来進んでいた農地の乾燥化が更に進んだ。スピンガル山脈・ケシュマンド山脈方面の農村地帯(地図参照)―アチン、ロダット、ツァプラハル、ソルフロッドの各郡の大半が土漠と化したが、これらは4,500m以下の「低い高山」の現象であり、ヒンズークシ山脈の7,000m級の山々を源流とする大河、クナール河は安泰であろうと考えられていた。
しかし、昨冬の段階から河川水量の異常パターンが記録され、高山の融雪に異変が起きていることが示唆されていた。前後してヒンズークシ山麓のヌーリスタン各地で湧水が涸れ始め、食糧危機が発生したことが伝えられた(FAO=国連食糧農業機関・2018年2月フィールド報告)。

ナンガラハル州の激しい干ばつ地帯
18年前に大干ばつを体験していた我々は、ジャララバード北部農村地帯で「緑の大地計画」(2003年〜)を実施、現在までに9カ所の取水堰と計数10kmの主幹水路を建設し、広範な地域で安定灌漑による干ばつの備えをしてきた。この結果、ベスード、カマ、シェイワ各郡で計約16,000ヘクタールの安定灌漑地を確保し、60万人の生活を保障した。

これを範として隣接地域で農地の回復を計画していた矢先、3年ほど前から同地域内で人口の異常な集中が観察されていた。州内の被災地からたたき出された人々が、隣接のラグマン州、クナール州からの人の流れと合し、職を求めて殺到した。ジャララバード北部の10数キロの国道は、突如出現したバザールが林立し、閑静だった郊外に雑踏を作り出している。零細の露天商、季節農業労働者、作業員、リキシャの運転手など、不十分ではあっても、なにがしかの職にありつけるからだ。いつもなら多くの者がパキスタンに職を求めていくが、パキスタン自身も記録的な干ばつで窮し、2年前からアフガン難民の強制送還を進めている状態だ。ジャララバード周辺に流入した東部の国内避難民は、優に100万人を超えると思われる。

最近の一連の人の流れは、もはや他に逃れる場所がないことを示している。今や東部最大の人口を擁するナンガラハル州でも、高山のごく限られた小村落、ソ連時代に建設されたカブール河のドゥルンタ・ダム流域、PMSが建設したクナール河沿いの堰周辺のみが辛うじて残り、これ以外にまともに耕せる農地が消滅してしまった。我々の不安は恐怖に変わりつつある。

干ばつはニュースの死角
かくて2000年夏の大干ばつを凌駕する大被害が次第に明らかになってきている。一連の出来事は、事情を知る者にとって世界の終末さえ彷彿とさせる。しかし、干ばつはニュースの死角で、あまり外部に知られることがない。

干ばつは時に国家の存立さえ脅かすが、地震や戦災のような緊急のイメージに乏しい。怒涛のような難民の群や、バタバタと目の前で人が斃れるような衝撃的な場面がなく、人口移動が緩慢に起きる。人々はすぐに村を空けるのではなく、先ずは外部への出稼ぎで家族を養い、飢餓を解消しようと努める。死亡は栄養失調が背景にあり、病死とされることが多く、餓死という病名はない。これら数カ月、時に数年をかける緩慢な過程は、事件としては報道されにくい。

さらに、アフガニスタンは気候の統計記録がほとんどなく、温暖化被害の例としては説得力に乏しかった。報道関係者が短期滞在しても、それ以前の変化が分からないから、「こんなものだ」で済まされる例が少なくない。実際に飢饉を体験したことのない人々には、干ばつはなじみが薄く、想像しにくい。

我々PMSの灌漑事業さえ、「沙漠の緑化」という牧歌的なイメージで見られる。公園作りに来ているのではないが、「飢餓対策」という切羽詰まった事情は、都市空間で育った人々にはしばしば伝わり難い。干ばつといっても、オーストラリアや北米の大農園が不作だったというのと意味が違う。食糧という商品が失われるのではなく、生活と生命が失われるのである。

伝わらない干ばつの悲劇
戦争の報道も紛らわしい。2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロ以来、アフガニスタンは「対テロ最前線」と位置づけられてきた。かつてアルカーイダを匿った旧タリバン政権が敵視され、同年10月米国が報復爆撃を強行、欧米軍がタリバン政権を駆逐してカルザイ政権を擁立した。その後「アフガン復興」が世界的な話題となり、巨額の資金がつぎ込まれたが、期待された成果には至らず、治安が一層悪化し、一時は外国軍兵力12万人まで膨れ上がった。2016年に約1万人を残して欧米軍(国際治安維持部隊)はひきあげたが、内戦はいよいよ激しく、過去最悪の状態にある。人々の困窮が専ら戦火によってのみもたらされたような印象を与えたことは否めない。

最近では危険地帯として報道関係者の出入りが制限され、安全対策を強調する余り、実情が更に伝わり難くなっている。復興を阻む主な理由が内戦による治安悪化とされ、干ばつに焦点が当てられなかったのは、アフガン人にとって悲劇であった。実際には、2000年以来、干ばつは動揺しながら進行していた。かつてタリバン政権の弱体化も干ばつが大きく関与していたが、このことは当時から殆ど問題にされなかった。麻薬地帯や治安の悪い地域は完全に干ばつ地図に一致している。出稼ぎの仕事の一つが傭兵で、みな家族を養うために、仕方なく銃を握らざるを得ないのだ。

PMSの対策と現状
既述のように、PMSの転機は2000年に発生した大干ばつで、2003年から「緑の大地計画」を打ち出してジャララバード北部穀倉地帯の復活を計画、第一弾として25kmの用水路建設を開始、沙漠化した農地の復興に努めた。初めはカレーズの復旧を手掛けたが、地下水位の著しい低下に遭遇、大河川クナール河からの取水が主な取組みとなった。

ガンベリ横断路の浚渫。黒い泥土が堆積している。泥土は有機物を含み、肥料として貴重(2018年10月16日)
ところが気候変化の影響は地下水減少だけではなかった。河沿いで洪水と渇水が同居し、各地で取水困難が続いていることを知った。急流の大河川は更に暴れ川となり、しばしば洪水が村々を襲った。水が豊富なはずの川沿いでも、農民が難民化し、廃村が拡大しつつあったことを知った。このため2010年からは既存水路の復活と洪水対策を主な課題とし、クナール河沿いに8カ所、取水堰を建設し、併せて洪水対策にも力が注がれた。この結果、2018年現在までに計16,000ヘクタールの農地に安定送水できるようになり、60万人の生活を保障できるようになった。

これを範としてアフガン政府、JICA(日本国際協力機構)やFAO(国連食糧農業機構)のアフガン事務所とも協力して、更に安定灌漑地を拡大すべく、「戦よりも食糧自給」をスローガンに掲げ、PMS方式の取水堰の普及計画が進められてきた。一NGOの手には負えぬ問題だと思われたのである。

温暖化で進行する乾燥化
確かに今回のように、少雨が干ばつに直結する傾向は当然あるが、必ずしもそれだけではない。過去、少雨が続いてもこれほど酷い事態が頻繁かつ長期に起きた訳ではなかった。我々が2000年に川沿いの廃村の調査をした時、乾燥化は一般に5年、10年をかけて徐々に進行しており、少雨の続く時期に一気に荒廃したように見える例が多かった。いったん村民が難民化すると灌漑路の整備が放棄され、村は更に荒れる。原因はひとえに灌漑用水の欠乏である。
一般に農地の灌漑水源は、以下に分けられる。
1.カレーズ(地下水利用の灌漑路)、
2.ジューイ(小河川からの小水路)、
3.大河川からの取水堰 
に大別される。このうち、標高の低い山脈から流れる川が涸れるとジューイの水が失われ、次いで地下水の減少が起きてカレーズが枯渇する。一方、7,000m級の高山を源流とする大河川では、取水困難は水量の減少ではなく、流れの不安定化―洪水や河床・河道の変化によって生ずる。渇水よりも、記録的な洪水が頻発して取水口や村落が荒廃し、村民が難民化した例も多かった。干ばつが洪水を伴って発生するのだ。

我々の観察では、高気温が少雨の影響を増幅する。局地の夕立や結露が減少し、広範な地域の水分がわずかな場所に偏在する。その結果、大部分の地域が乾燥し、ごく限られた地域に激しい豪雨がしばしば鉄砲水を発生させ、地下に浸透するゆとりを与えない。雪線の上昇と急激な融雪が加わり、地域の保水力が著しく低下、これに少雨が重なると乾燥が一気に進む。ある程度は回復しても二度とは戻らない。そんな動揺をくり返しながら沙漠化が進んできた。今回の干ばつも、突然現れたものではなく、「長い過程の中の急性憎悪」と考えるのが自然である。

アフガニスタンの年間降雨量は約200ミリ前後とされ、非常に少ないが、降雨降雪の絶対量が近年になって減少したという確証はなく、偏在と言う方が正しい。ヒンズークシ山脈の雪線の著しい上昇と低い山脈の地下水の枯渇は、少雨よりも高気温による可能性が強い。最近の研究で、アフガン東部の温暖化は過去60年で1.8℃、実に他の2倍の速度で進んでいるという恐るべき報告(* 河野 2017)もある。 * アフガニスタン東部の干ばつ原因について 2017 河野 仁 kono気象・大気環境研究所

当面の対策(東部の例を中心に)
先ずは広く干ばつ問題の重要性が認識され、十分な研究と取組みが提唱されるべきだ。問題があまりに大きく、かつ捉えどころがないので、ややもすれば政治的ポーズや議論で終わってしまう。アフガン国内で出来ること、国際的に協力すべきことを分け、計画を具体化すべきかと思われる。どこに消えたか分からないような支援はもう止めるべきだ。

干ばつを直ちに解決するのは不可能である。これ以上の気温上昇を抑えることさえ危ぶまれている。世界中がCO2排出規制で協力するのは当然だが、それに加えてアフガニスタンのような事例に何らかの救済措置を以て臨むべきかと思われる。つまり援助内容を温暖化被害の脈絡の中で焦点を当て、当面をいかに凌ぐかという試みに取り組むべきだ。

対策は地域によって大きく異なるが、アフガン東部に関する限り、大河川の水量はそれほど減ってはいない。隣国に大きな影響を与えない規模の灌漑施設で、農業生産を回復することがまず試みられるべきだ。いわば地域の延命策である。全部が水の恩恵に与らなくとも、健在な地域があれば、そこでなにがしかの職を得ることができる。国外への流出を減らし、食糧価格高騰の防波堤となり得るのは、我々の試みが示す通りである。

この他、我々が望みをつなぐ手段として、乾燥に強い作付がある。荒れ地でも簡単に栽培できるサツマイモを試みているが、いまだ研究・試行の段階にとどまっている。

人と人、人と自然の和解
確かに温暖化については異論があり、「それほどの危機はない」とする意見も根強い。我々は地獄の淵に立っているのか、アフガンで垣間見る終末的な現状が果たして日本の将来になるかどうかは、その時になってみないと分からない。しかし、それを否定して世界とアフガニスタンの現状を放置することが正しいとは思えない。たとい温暖化の極端な推論が誤っていたにせよ、現在世界中で描かれる対策は、単にCO2排出を規制して気温を下げるにとどまらない。化石燃料を基礎に作られてきた近代的生産を問い直し、大量消費=大量生産のいたちごっこを絶ち、持続可能な安定した社会と安全な自然環境を実現しようとする建設的なものである。また、それ以外に未来を描き得ないほどに、切迫した事態が伝えられている。そして、それは努力次第で可能だと多くの識者は述べている。

ここまで相互依存が深まった世界で、アフガン内戦の平和的解決も重要である。戦争は最大の消費かつ浪費である。紛争の遠因が経済活動や地球温暖化、干ばつと関係しあっているなら、その取り組みを通して、世界の融和と安定に寄与することにもなる。「テロに屈せず」と称して徒に拳をあげるのはもはや時代遅れで、解決にならない。

地球規模で進行する将来の危機を考えるとき、我々の進むベクトルが何れに向いているかで、破滅か安定かの道筋が決まっていくのであろう。その意味では、アフガニスタンの大干ばつは極東の我々にとっても、決して他人事ではない。我々が干ばつのアフガニスタンで「人と人の和解、人と自然の和解」を説く理由もここにある。