寄る辺なき患者さんの「砦」として
PMS病院医師
仲地省吾
ペシャワール会報79号より
(2004年04月14日)
PMS病院屋上からの風景中央はサンダルワークショップの建物
気が抜けない冬の小児疾患
ペシャワールでは2月の中旬頃まで暖房を時々は使います。ペシャワールは緯度で比較すると山口県や福岡県とほぼ同じなのですが、気候は全然違います。真冬では暖房も使用し、最低気温は5度前後まで下がりますが、それは真夜中だけであって、昼間の最高気温は20度近くにまで上昇します。いわゆる砂漠気候で1日の温度差が大きいのです。日本の冬に比べるとはるかに暖かいという印象です。

3月の中旬になると(今、現在)最高気温は30度前半にまで上昇します。しかし、湿度がとても低く20パーセント台なので、日本で感じる温度とは全く違って、30度台前半までならエアコンや扇風機は要らず、とても爽やかです。湿度の低いおかげで日本で感じる温度とは7、8度差があります。

PMS病院で診察を待つ患者さん達
しかし、4月の終わり頃から最高気温は40度かそれ以上にぐんぐん上昇してくるので、さすがに嫌になります。だから3月は日本で言えば5月から6月の梅雨入り前の一番気持ちのいい時期と同じです。

PMS病院では、入院してくるのは小児患者さんが圧倒的に多いのですが、季節で傾向がまったく違います。冬はほとんどの小児の入院は呼吸器感染症です。喘鳴が聴取できる気管支炎、肺炎などです。夏の様に多量の輸液を必要とするような脱水例は少ないのですが、呼吸不全を起こして酸素吸入を要する症例が多数ありました。もともと超低栄養児が多いので、いつでも突然死する可能性があり気が抜けません。しかもそのような子はほとんどが乳児で、PMS病院の設備は乳児の専用設備を備えているというわけではありませんし、小児専門医もいませんので、近隣の大学病院の小児科に転送するという例も時々ありました。

PMS病院の食事 メニューはご飯、ナンと美味しいお肉とジャガイモのペシャワール風カレ
夏は下痢、脱水が大半
その冬も終わり、今は1年の中でも最も気持ちのいい季節ですので、入院してくる患者さんも少なくなる時期です。肺炎の小児の入院も激減してきました。そして、少しずつ出始めてきたのが、夏に増えてくる下痢症の小児です。真夏になると、今度はほんとにうんざりするほどの下痢、脱水の小児患者ばっかりという感じになってきます。

専門医ということで述べると、PMS病院はハンセン病の診療を除けば専門科というようなものはなく、一般的な内科、小児科の患者さんを診るというgeneral physician(一般医)の病院です。ですからいろんな科のスペシャリストという医師はいません。でも外来、入院の患者さんには、珍しい疾患の人、何らかの手術を要する人、難しすぎて診断できない人、診断できてもPMSでは治療ができない人がたくさんいます。重症の乳児やICU管理の必要な患者さんもたくさんいます。そういう場合は日本の状況と全く同じで、専門科、専門病院の助けを求めることになります。

PMS病院の男性病棟
転院をすすめる時も慎重に
日本からパキスタンを見て、PMSの医療状況を想像すると、とてつもないへんぴな所で、殺到する貧しい難民にかいがいしく医療を提供しているという風景を想像されるかもしれませんが、実際の状況はそうではありません。

どんなに貧しくても、住民は健康に不安を感ずれば、たいした症状でなくても病院にやって来ますし、どんなに貧しくても病気になれば、最高の医療を求めて、患者さんはやって来ます。ですから、PMSでの治療、診断がこれ以上無理となれば適切な専門医や大病院を紹介して転送しなければなりません。

もちろん、こちらから申し出る前に患者さんの方から先に(PMSの力量をすでに判断したのでしょう)他の病院に行きたいと告げられることも多々あります。これは私が働いていた日本の中小病院での立場と全く同じです。ちょっと悔しさを感じるところですが、一方で我が病院で悪化して亡くなるのを見ることがなくて良かったと安堵するのも事実です。

処置室で患部の消毒
もちろんただむやみに手に負えない患者さんを他院に送っている訳ではありません。
パキスタンでは公務員などを除いて一般には公的健康保険は存在しませんので、患者さんは全額医療費を支払わなければなりません。たとえば検査や治療に使う注射器やカテーテル類、生検針、点滴・注射薬なども自分で買って来なければなりません。

PMSでは、もちろんそうではなく、入院時に150ルピー(約300円)だけ患者さんが支払えば、後は病状や入院期間に関係なくこれ以上支払うことはありません。ですから、重症化して他院に転院する場合は治療費にかなりのお金がかかることが想像できます。それでもほとんどの患者さん(家族)は、より良い治療を期待して移って行きます。PMSに来院する患者層はほとんどがアフガン難民で貧しい人々なのですが、いったいどんなにしてお金を工面しているのかといつも不思議に思っている所です。家族の病気の為なら全財産を投げ捨ててでも借金をしてでも、という態度です。

ただ中には、PMSが転院を勧めたのは「退院勧告」だと受け取って、こちらとしては他院に移ったものと考えていたのが、実は家に連れ帰って死を看取るというケースもあるのです。ですから貧しい重症の患者さんが大病院に転院して行く場合、「もし、よその病院で治療が受けられなかったら、いつでも我が病院に帰ってきてください。望む時期まで診てあげます」と説明するようにしています。

PMS病院で症例検討会中の仲地医師と現地医師
医療の階級格差
ペシャワールに来た当初は、日本の病院と比較し、設備や清潔度、病院食やいろんなシステムなど、その違いにとまどったり、こんなことでいいのかと考えることがよくありましたが、数ヶ月も居るとあっという間に、まるで日本に居るときと何ら変わることなく働いていることに気が付いて我ながら不思議に思ったりします。上記の「転院」の話もそうです。

ペシャワールは人口200万人以上もいる大都市ですので、大学病院やそれに準ずる病院がいくつもあり、お金がありさえすれば高度の医療をいつでも受けることができます。多くの専門医は欧米で医学教育を受けており、医療技術も劣っている訳ではありません。よその病院にお願いすればCTやMRIなどの高度の検査も受けることができますし、薬も日本で使用されているのはほとんどあるだけでなく、日本ではまだ治験中の新薬なども早々と販売されていたりして驚くこともあるくらいです。しかも超低価格で。

お金がなければ医療を受けることもできないという状況であるからこそ、まだ少なくとも100万人以上はいるアフガン難民や、そしてハンセン病患者さんを始めとして、障害患者さん達の砦としてPMS病院の果たす役割はとても大きいと思います。またペシャワール自体は医療機関が豊富だとしても、地方に行けば医療自体が存在していないと言ってもいいくらいで、その格差は日本の比ではありません。

さらにアフガニスタンの地方の状況は言うまでもありません。PMSの職員はローテーションでそんな遠方の我がクリニックに2、3ヵ月毎に1ヵ月間の勤務をしてきます。それは私たちからは想像もできない過酷な仕事です。そのような職員達の為にもPMS病院は教育を提供し、つかの間のオアシスとして安心して働ける、ペシャワール会のセンター病院としても重要な任務もあるのです。