患者との意思疎通に苦労と喜びを感じています
PMS病院医師
仲地省吾
ペシャワール会報77号より
(2003年10月15日)
アフガン人医師の相次ぐ退職
PMS病院中庭での朝礼
我がPMSの職員は大半がアフガニスタン人です。彼らのほとんどが、この20年くらいの間の戦争時代に家族と共にパキスタンに逃れて来た難民です。タリバンが崩壊した後、たくさんのアフガニスタン人の職員が辞職し、アフガニスタンに帰って行きました。戦争で故郷を逃れて来て、いつかは帰りたいと思うのは、十分すぎるほど理解できます。その影響で、今PMS病院は特に医療従事者がどの部門も不足気味で、すこしピンチに陥っています。

昨年(2002年)の初めに、私がPMSに赴任した当時、現地医師が二十数名在籍していて、日本でなら小規模の病院に相当するPMSにこんなにたくさんの医師がいることに驚いたくらいです。当時PMSはカーブル市内にも5つのクリニックを持ち、アフガン東部の3つのクリニック、パキスタンの2つのクリニックを合わせると何とPMS病院以外に10カ所のクリニックを運営していたので、クリニックに派遣する医師の数を考えると、20人以上の医師が在籍していても不思議ではなかったのです。
しかし、私が赴任して以来、十数人の医師が辞職しアフガニスタンに帰って行きました。新たに採用したりもしていますが、日によっては、ほんの3人程の医師が外来に座っていることも希ではなくなっています。

PMS病院正門(中央が受付窓口)
中村医師の方針の一つ「誰も行かないところに行く」のもと、世界のNGOが殺到しているカーブルで、PMSのクリニックを閉鎖撤退したこともあって、PMSの負担が少なくなり、数少ない医師数でも何とかやっていけるというのが現状です。我々の活動方針とは相反して、ペシャワールにあったアフガン難民のための外国のNGO医療機関もカーブルに次々と移動しているので、逆にペシャワールに残っている難民にとっては困った状況になっていると思います。PMS以外に2つあった日系の医療機関もカーブルに移動しました。その影響か、明らかに外来に来る患者数は増加しています(後で説明しますが、当院をわざわざ訪れても受診できるとは限りません)。

タンガ(馬車)とバス
診察数制限の苦悩
PMS病院では1日約300人の外来患者さんを診察します(外来診療は午前中だけ)。曜日によっては減ることもありますが、これ以上増えることはありません。たとえ500人、600人の患者さんが門に押し寄せても、診察できるのは、大変酷のようですが、300人くらいなのです。

普通日本では(もちろんパキスタンでも)病院は患者さんを診ることによって収益をあげることができます。患者さんが増えることはいいことであって、利益が出るし、病院も発展拡張させられます。ところが、PMSのようなNGOの医療機関だと、収入は日本の一般の皆様の寄付金だけで、逆に患者さんをたくさん診ることは支出が増えることになります。1年間の予算は決まっていて、診れる外来患者さんの数も自ずから決まってきます。無制限に患者さんを診ていたら、あっという間にお金は無くなっていくでしょう。

ペシャワールにある他のNGOの病院も同様に患者数を制限するシステムを取っているようです。もちろんこれは私たちのPMS以外にもたくさんの医療機関が存在する大都会のペシャワールだからできるのであって、遠隔地域にある私たちのクリニックではすべての来院患者さんを診察しています。

患者さんの受付をしている病院の門では、一定の数に達すると、診察券の配布を停止します。後は重症(救急)患者さんだけを受け付けるということになっています。しかし、誰が救急であるのか、ないのか判断するのは大変難しいことはすぐ想像できます。しかも受付をする職員は医療従事者ではありません。

PMS病院はちょっと不便なところにあります。以前の会報でも書いたように多くの患者さんはバスやタンガ(馬車)を乗り継いで片道1〜3時間くらいかけて私たちの病院にやって来ます。必死の思いでやって来たのに、診察を受けられずに帰っていく患者さんのことを思うと胸が痛みます。診察券をもらえなかった一部の患者さんは、門をすり抜けて診察室に侵入し、私の様な日本人医師を見つけると必死に訴えてきます。「こんなにひどい症状があって、こんなに遠いところからやって来ているのに、なぜ診てくれないのか」と。しかし、私にしてもこの人に診察券を与えて良いかどうか判断するのは大変難しいのです。門の外には診察を拒否されて素直に帰っていく人や、まだ待っている患者さんが大勢いるのです。その人達を全員観察して重症度のひどい人たちから順番に診察券を与えれば、問題ないのかもしれませんが、そんなことをするのは不可能ですし、門をすり抜けて侵入できた人だけに診察券を与えるのも公平さを欠きます。こういうことは日本では全く経験のなかったことです。NGOとして医療をやっていく難しさを改めて感じさせられました。

ラシュト診療所で診察中の仲地医師
直情で潔いパシュトゥン人患者
患者さんが救急であるかどうか判断するのは難しいと書きましたが、実はPMSの外来で診る患者さんは全員急性疾患です。「特別外来」で診るハンセン病などの患者さんは別にして、いわゆる慢性疾患で定期通院しているという患者さんはいません。

PMSの外来で投薬できる薬は四十数種類に限定されており、これには高血圧や糖尿病などの慢性疾患の薬は含まれておらず、すべて急性疾患に対応するものだけです。もちろん診察の結果慢性疾患を合併していることはしばしばです。しかし、当院でその薬は処方できないので、患者さんにはバザールの薬局で買ってもらいます。結局、単に診察を受けるだけのために当院にわざわざ定期通院する人はいなくなります。またもし慢性疾患の患者さんにも薬を配布すれば、あっという間に外来患者数はとんでもない数になり収拾がつかなくなり予算もないので、不可能です。日本の一般病院で外来患者300人といっても普通その内200人以上は定期通院の落ち着いた患者さんですから、PMSの外来の激しさが想像できると思います。

PMS病院での外来診察
医師の仕事はやはり患者さんと会話して初めて成り立つものです。私は赴任した当初は通訳を置いて外来をしていました。通訳といっても現地語のパシュトゥー語を日本語ではなく英語に通訳してくれるだけですから、私にとってはかなりまだるっこく感じることになります。医師としての喜びもあまり感じられませんでした。

もちろん1年以上経っても私にとってはパシュトゥー語を理解するのは大変困難ですが、医療関係の用語だけはなんとか覚えて、数カ月前から通訳無しで自力で外来診療を試みています。当初は私の前に座った患者さんも、全く意思の疎通が取れないとみると、すぐに他の現地医師の席にさっと移っていたのに、最近ではお互いの会話は不充分でもほとんどの患者さんは最後まで私の前に留まっています。時には今診ている患者さんの後ろで次の患者さんが列を作って待っていることがあります。私の診察は現地医師に比べるとはるかに時間がかかるので、私も気になるので、看護師に他のドクターの席に行くように言ってくれと頼んでも動こうとせず、どうも私に診てもらいたいと言っているというのです。ちょっと恥ずかしいような嬉しいような気持ちになります。また次に待っている患者さんが、私のへんてこりんなパシュトゥー語を理解して、今診ている患者さんに同じパシュトゥー語で通訳(?)してくれることもしばしばです。

患者さんの大部分は子供を連れた女性達です。外に出る機会があまりないイスラム社会の女性達なのでおとなしい人たちであろうと、一般には想像するでしょうけど、いやいや、とても激しいです。外来での訴えの激しさは日本人の比ではありません。貧乏だから何とか助けてくれと哀願されたり、こちらの治療方針に納得しなくて、いろいろわめいても私が「この薬を飲みなさい。これで終わり」と言うと、あんなに激しく言っていたのに、あっさりと何事もなかったかのように、すぐに引き下がります。実にさわやかです。ああ、日本と違うなと思ってしまうところです。でも、ここのパシュトゥン人達の「激しさ、あっさり」スタイルがだんだん心地良くなってきているこの頃です。